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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
一章

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5/20

男子VS女子          →女装男子

 夕木索理には男友達がいない。


「このアイドルのグラビア、やっぱサイコーだよな。反則だろあの胸、ビキニからこぼれ落ちそうだったぞ」

「わかるわぁ、そんでさ、表情がまた最高なんだよ。ちょっとはにかんで頬を染めてるのとか、ほぼ彼氏目線みたいなもんだろ」

「おまけに袋とじじゃ、そのビキニも脱げかけだったし。あのおっぱいに興奮しないやつは、もはや男じゃないね。ちんこついてるだけの何かだ」


 休み時間の教室では、そんなやかましい声が一番に目立っていた。


 どうやら男子生徒の一人が青年向けの雑誌でも持ち込んだらしい。思春期まっしぐらを突っ走る男子たちは、そのたった一冊を聖典として崇めるかのように、教室の一角に団子を作っていた。窓の外からは青臭くも熱を持った風が吹きこんでくるにも関わらず、それ以上の熱量がそこにはあった。


「てかさてかさ、青年誌ならもっとガッツリ見えてもよくね? 乳首とか、下の方とかさ」

「この布一枚を隔ててるのがいいんだろうが。ナマモノが見たいならネットでいくらでも、って時代に、このフェチさがたまんねえんだよ」

「あれ、お前勃ってね?」

「バカっ、こら、触るんじゃねえよ、ホモかお前は」


 互いに肩をどつき合いながらも、彼らの顔にはニヤニヤとした笑みが貼り付いたままだ。ある意味、思春期男子としては健全な姿なのかもしれない。


 索理はれっきとした男子だ。だが、その騒々しい輪には加わっていない。


 単純に不快だからだ。薄着の女性が映った写真を眺めて、それをネタに集団で騒ぎ立てて何が楽しいのか。分からせられるものなら分からせてもらいたい。


 ましてここは学校だ。休み時間とはいえ、そのような下品なものを持ち込んでいい道理はない。せめて放課後に誰かの家に集まるなどして、ひっそりと楽しんでもらいたいものだ。


 とはいえ、もしもここが男子校だったのなら、大っぴらにそんな会話をしていても問題なかったのだろう。


 だがここは創設以来共学の天橋高校。騒ぎ立てる彼らの背中には、強烈な視線がいくつも突き刺さっている。


「これだから男子は……ああいうの見るなら隠れてやって欲しいよね。教室はあいつらだけのものじゃないんだけど」

「ほんっと聞くに堪えないよね。おまけにあの顔でグラビアアイドルの彼氏面とか、何様のつもりだっての」

「鏡見てからにして、って話よ。あの下品な男子たちには向こう三年、一人の彼女だってできないでしょうね」


 教室の雰囲気は概ね二分されている。肌色の占める面積が大きい雑誌を囲んで鼻息を荒くする男子生徒たちを横目に、嘆息と軽蔑をはっきりと示す女子生徒。


 そんな女子たちの侮蔑的な声を、一人の男子の耳が拾ったらしい。


「はっ、女子連中がなんか言ってら。あいつらだってアイドルやら俳優やらに夢中なくせによ。あーあ、いいよな女子は、合法的にアイドルの上裸が見られるんだから」

「何言ってんのキモっ。あんたらみたいな性欲まみれのサルと違って、私らは断じてそんな目で見てないし。ただ推しをまっすぐ応援してるだけだっての」

「どうだかなあ? この前だって裏アカで、バラエティで脱がされたアイドルの写真拡散してたろ」

「なっ、何で知ってんのマジでキモいから! 鍵アカ内通してんの誰、ほんっと許せない!」


 まるで男女間で戦争でも起きかねないようなバチバチと火花を散らす空気感の中で、索理は机に突っ伏したまま、我関せずの第三者として気配を潜め、嵐が収まるのを静かに待っていた。


 (うるさい……)


 索理がどちら側かと問われれば、難しい話だ。


 男子が群がっているいやらしい本に興味があるわけではないし、かと言って女子たちのようにその集団を咎めるつもりもない。


 ただひたすらに、眠りの邪魔をする声が少しでも早く静まってほしい、と願いながら、自分の腕の中で目を閉じているだけ。


 そんな索理の頭の上で下品な論争が飛び交う様子は、さながら傾国の美女を奪い合っているかのようだった。実際のところは、両陣営の主張に索理は一切関与していないのだが。


 今日に始まったことではない。これに似た言い合いは、話題を変え攻撃対象を変え、毎日のように繰り返されている。


 どちらに正義があるでもない、終わりもない、フラストレーション以外に何も生まない言葉の暴力。生まれた軋轢は、今や第三者の橋渡しすら許さないほどの溝になってしまっている。


「埒が明かねえや。おい、中庭行こうぜ。どうせ女子は日焼けが気になって出られねえからよ。ブスが日焼けなんか気にしたって無駄なのにな」

「はあ? 別にアンタらのために肌質保ってるわけじゃないし。てか出てくなら早く行ってくれない? 汗臭いのがこっちまで届いてて不快なんだけど?」


 その後も何度かの応酬を繰り返して、ようやく互いに罵倒の球数が切れ始めたらしい。互いの不干渉が一番の平和だという論理が伝播され、騒ぎが下火になったところで、索理はようやく顔を上げた。

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