地雷メイクとSNS
「ほい、完成っと。我ながらなかなかいい感じじゃね?」
その声に索理が目を開けると、そこには見違えた自分の顔があった。
「おお……これがボクの顔……!」
同じ化粧品を使い、同じ人間が施したということもあって、完成した見た目は未有とほとんど変わらない。地雷メイクは大体同じような顔になる、と未有自身が言っていた通り、鏡の中で並んでみると姉妹のようにも思えた。
ただ一つ、顔は瓜二つではあるのだが、索理の薄桃色の髪はそのままだ。未有が自前の艶々とした黒髪であることを羨ましく思う。ウィッグを揃えれば同じ髪色にすることもできるだろうが、少なくとも今手元にはない。
しかしそれを差し引いても、索理は未有の鮮やかな手際に拍手を送りたい気分だった。
先ほど描かれたアイラインの内側には薄い色のアイシャドウが塗り込められ、どういう原理か目尻の白目が延長したように見える。途中で目を開けるように指示されてカラコンを入れられたのだが、拡大された瞳の大きさに違和感がないレベルで、索理の目には延長工事が為されていた。
さらにその上から赤系のシャドウを被せ、あの特徴的な泣き腫らしたような目は完成していた。単体では違和感しかないそれらも、技術次第でこうまでまとめることができるのだ、と索理は心から感動する。
もちろんベースは同じなのだが、メイクひとつでここまで変化がある、というのが化粧の醍醐味でもある。索理もそれは理解しているつもりなのだが、こうして改めて自分の顔が憧れの地雷メイク一色に染められてみると、思わず肩が震えだしそうだった。
「どう、かな。可愛い?」
「そりゃ、あたしがメイクしてやったんだからな。可愛いに決まってるだろ」
「それもそっか。ふふ、ありがとう」
「ぐぬ」
素直にお礼を言っただけなのに、未有は苦渋の声を漏らして顔を歪める。
「どうしたの? 納得いかないところでも見つけた?」
「いや、一瞬夕木が男なのを忘れかけて、ちょっとイラついた」
「なにそれ」
口元に手を当てて笑う索理を見て、未有はまたもぐぬぬと八重歯をむき出しにする。
「というか、いきなり話したこともない男を部屋にあげてもよかったの? 親とかがいるならともかく一人暮らしみたいだし、普通は嫌がるものだと思うけど」
「あー、確かにそれもそうだな。見た目のせいで完全に無警戒だった」
「危険だと思うよ、中身はしっかり男なんだし」
「ま、地雷メイク好きに悪い奴はいねーからな」
「だいぶ世間のイメージとはかけ離れてるね」
「別にいいだろ。実際、夕木はそんな下心なしでついてきたんだろーが」
「もちろんそうだけど、教室だと誰に対しても敵愾心むき出しなのに、意外だなあって」
「それを言うなら、夕木だってそこまで人と話す方じゃねーだろ」
言い返された言葉に、索理はなじられたことに腹を立てるよりも先に、驚いて目を見開くことになった。
「そういうところに気付いてるのも意外かも。てっきり黒河さんって、他人に興味がないんだと思ってた」
「興味はねーよ、実際。耳に入ってくるから覚えちまっただけだ」
「案外友達が欲しかったりして?」
「ぶちのめされてえのか?」
「せっかくメイクしてくれた顔をもみもみしないでよう……」
先ほどまで華麗にメイク道具を操っていた未有の細い指が、索理の頬を掴んでぐにぐにと弄んでいる。微妙に痛いが、ここで涙でも溢そうものならせっかくのメイクが崩れるので、必死にまばたきを繰り返して耐久。オシャレとは我慢なのだ。
しばらくの間されるがままになっていると、「あ」と、未有が思い出したように声を上げた。
「そういや、完成したら写真撮ろうと思ってたんだった。別にいいよな?」
「もちろん。というか、参考のために自分でも撮ろうと思ってたし」
索理が快く許可すると、未有はスマホを内カメラ設定にして横向きに構え、索理の肩に顔を寄せてきた。
「……あ、あれ、ボクの写真を撮るんだよね?」
「せっかくの地雷メイク仲間だからな、ツーショは残したいだろ」
言われてみればそれもそうか、と索理は納得させられた。もう少し都会ならばともかく、この辺りでは未有のようなメイクは滅多にお目にかかる機会がない。だからこそ索理も手本となるような相手を見繕うことができずにいたのだから。
スマホの画面に収まった二人は、髪の色を除けば姉妹のように同じ顔をしていた。髪の色が地雷メイクらしくないことに対し、索理は少しだけ辟易していたのだが、二人で並んでみればそれもコントラストのようになっていて悪くない。お揃いの制服というのも高得点だ。
「撮るぞ。笑うなら笑えー」
考え事をしていたことに加え、未有が気の抜けたかけ声を発したせいで、索理は表情を作るタイミングを失った。結果、シャッター音が鳴った瞬間の索理は、口が半開きの間抜けな顔になってしまっていた。
「っし。いい感じに盛れてるな」
「ちょ、撮り直し、流石にこの顔は……」
「まあまあ、どうせこのあとアプリで加工するんだしさ。あ、SNS上げていい? 上げます」
「待てぇい! ほんとに待って!」
索理は必死に止めようとするが、勝手も分からない他人の家で暴れることはできないし、索理とは違って本物の女の子である未有にむやみやたらと触れる訳にはいかない。結局決め手のない索理を未有はひょいひょいとかわし続け、その片手間で加工を済ませたようだった。
「ほい、投稿っと。……お、もう反応きた。『隣の子かわいいですね』って、あたしのことも褒めろや! 『双子ですか?』、全然違ぇけどどっちもあたしが生み出した顔だし、まあ、双子と言えないこともないか」
「ぐぬぬ……」
二重の意味での恥ずかしさに唇を噛む索理。
「人の顔を勝手に晒すのって、非常識っていうんじゃないかなぁ……?」
「分からないくらい加工してるから大丈夫だって。リア垢じゃなくてメイク垢だから住所とかも晒してねーし。あたしの顔も載ってるんだからいいだろ」
「……それならせめて、アカウント教えて。炎上したり、リアルバレしないか監視する」
「いいけど。ほれ」
無抵抗にアカウントプロフィールを見せつけてくる未有に、索理は渋々IDを打ち込むと、出てきた自撮りアイコンのアカウントをフォローした。
未有のスマホの中で、ぴょこん、とアカウントのフォロワー数が増える。その数、五桁。
「……フォロワー多くない?」
「普通じゃね? しばらく続けてたら勝手に増えた。フォロバしなきゃそのうち減るだろと思って放置してる。あ、夕木はフォロー返した方がいいか?」
「謹んで遠慮いたします……」
二万を超えるフォロワー数に対して、フォロー数は数百人しかいない。まさに有名人のアカウントといった具合だ。そんなアカウントに一般アカウントの索理がフォローされては、何か繋がりがあると疑われてもおかしくない。最新投稿に表示されているツーショットの片割れが自分だと特定されないためにも、索理は全力を以て提案を拒んだ。
一応、口元は薄いモザイクで隠れているし、普段とは全く違うメイクなので、索理だと割れる心配は少なさそうではある。バレることはない、と自分を納得させ、熱くなった頬が冷めるのを待った
「はあ……なんかどっと疲れた。時間も時間だし、そろそろお暇しようかなあ」
「おう。その顔で帰るのか?」
「メイク道具はあるけど、今から元に戻すだけの余力がない」
「分かる。いちいちメイクするのって面倒だよな。今から顔作り直しても帰るだけだろーし」
索理が荷物をまとめて玄関に向かうと、未有も見送りのために後に続いた。
「それじゃ。いきなりお邪魔させてもらって、メイクも教えてくれてありがとう」
「別に。知りたいことがあったらまた教えてやるよ」
「うん、またお世話になるかも。……学校ではあまり話しかけない方がいい?」
「好きにしろ。連絡ならDMでも送ってくればいい。他にもいろいろ送られてくるから、たまに埋もれてるけど」
「わかった」
最後に軽く手を振って、索理はすっかり暗くなった外へと踏み出した。




