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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
一章

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3/20

地雷メイク講座

 索理が案内された未有の部屋は、学校からほど近い手狭なワンルームだった。


「えっと、実家じゃないんだ?」

「悪いか?」

「いや、そんなことはないけど……」


 未有の服装に呼応するかのように、彼女の部屋もまた、典型的な地雷系のそれだった。


 まず第一に、ぬいぐるみが多い。とんでもなく多い。ベッドの半分以上はぬいぐるみに占領されているし、棚にもクレーンゲームで取れるような小さいものがぎゅうぎゅうに並べられている。それでも収まりきらなかったらしい分は、床に直接座らされていた。


 パソコンデスクもある。白いキーボードと二枚あるモニターの背後がぼやっと光っているのが一番に目を引く。手前にあるのは、パステル系のピンク色と白とがあしらわれた椅子。首元にクッションがあり、全体的にレザーっぽい素材が使われた、いわゆるゲーミングチェアというやつだ。いくらするのか分からないスケルトンのマザーボードの中には、何かのキャラクターフィギュアが封じ込められている。空いたスペースにも小さなフィギュア群が所狭しと並び、ごちゃごちゃとした雰囲気だ。


 壁紙やカーテン、絨毯やクローゼットは全体的にピンク色。どこを見ても情報量が多く、一目見ただけでは片付いているのか散らかっているのかよくわからない。


 そんな中、未有は部屋の真ん中にある低いテーブルに、トートバックサイズの入れ物をどさりと置いた。


「ほら、メイクの練習するんだろ。そこ座れよ、やってやるから」

「う、うん」


 索理は言われた通り、テーブルのそばに用意されたクッションに腰を落ち着ける。すると未有が横から小さなスタンドミラーを滑らせてきて、そこに索理の顔が映り込んだ。


 いつも通りのナチュラルメイクが施された自分の顔だ。日本人らしく画一的で周囲から浮かない、それでいてほのかに彩りのあるメイク。それこそが索理の得意とするところだが、未有の趣味全開の部屋の中で改めて目にすると、どうも浮いているような気がして落ち着かない。


「とりまメイク落とすところからな。目閉じろー」


 後ろから未有の声が降ってきて、索理はぎゅっと目を瞑る。そこに化粧水がひたひたに染みこんだメイク落としのコットンが当てられ、索理は突然のひんやりとした感触に思わず声を漏らした。


 何度かメイク落としを交換しつつ、索理の仮面が剥がされていく。やがて手を止めた未有は、あっけにとられたような声で呟いた。


「……一応確認したいんだが、夕木お前、本当に男なんだよな?」

「? そりゃもちろん。気になるなら胸でも確認する? 下はさすがにアレだけど」

「いや、そこまでする必要はねーけど……」


 索理の背後から鏡越しに目が合う未有は、索理が男だと気づいた時ほどではないにせよ、それなりに驚きの表情を浮かべていた。


「化粧落としてもそこまで違和感ねーとは……髪も自前か?」

「さすがにこれは被ってるだけだよ。ウィッグまで取ったら普通の男になっちゃう。見たい?」

「いや、誰かの夢がぶち壊れそうな気配がするからやめておく」


 未有は一度、自分の胸に手を当てて、目を瞑って心を落ち着けている。


 改めて化粧道具を握ると、未有は調子を取り戻したようにはきはきと宣言した。


「さて、早速始めるとするか。あたしと同じ地雷メイク、ってことでいいんだな」

「うん、お願いします」


 未有が扱いやすいよう、索理は首を気持ち前に出して再び目を瞑った。


 下地が丹念に塗り込まれ、続いてファンデーションがかぶせられる。


「リキッドタイプなんだ。高くない?」

「カバー力がダンチなんだよ。一度使ったらもう戻れねー」


「もちろんそうなんだろうけど……なんか、ボクに塗ってもらうの悪いなあ。うちの化粧品持ってきて任せればよかった」

「気にすんな。化粧ってのは芸術家が作り上げる作品みたいなもんだ。他人の顔だろうが、妥協した時点で心にしこりが残る」


「あ、その気持ちはちょっとわかるかも」

「ほら、次目いくぞ。アイライン引き終わるまでは開けるなよ」

「はーい」


 未有は化粧慣れしているらしく、その手際は見事なものだ。会話の間にうっすらとした桃色のチークまで終えている。初めてメイクを施す索理の顔に対しても、一切迷いのない落ち着いた手つきだった。


「……」


 とはいえ、相当な集中力を発揮しているのが雰囲気で伝わってくる。やはり目が命だ。さっきまで無駄口を叩いていた未有だが、今は吐息が索理の頬に当たるのも気にせず、顔を寄せて慎重にラインを引いている。


 そしてそのアイラインが奔る位置は、もはや目と呼べる場所を越え、こめかみに触れるかと思うほどだ。慣れない箇所へのペン先の感触に、索理はくすぐったさから身体を震わせそうになった。


「次、反対な。動くなよー……」


 上の空とも取れるようなふんわりとした声が、至近距離から索理の耳に届く。その感触がまたこそばゆい。索理は足元にあるクッションをぎゅっと握りしめ、どうにかその時間を耐え忍んだ。


 永遠にも思えるような、ある種拷問じみた時間だった。それにたとえ筆が止まったとしても、せっかく書いた線がぼやけてしまうので痒みを解消することができない。オシャレとは我慢なのである、とは、索理が女装を始めてから理解した、世の中の女子が遍く持っている矜持だった。


「っし、終わった。アイシャドウとかはまだだから違和感あるだろうけど、とりあえず確認しとけよ。後から見返すのに写真も撮っといたらいいんじゃね?」

「おー……」


 鏡に映った自分の目元に、索理は感嘆の声を漏らした。


「ラインの基準は上瞼じゃなく、実は涙袋の膨らみ方なんだよ。下瞼に違和感のない線を引いてから、その線と自然な軌道で交わることを意識して、上瞼のラインを決めてる。ま、この辺は試行錯誤だし、あたしも一発で引けずに苦労する日があるわけだが」

「なるほど、勉強になる」


 確かに未有は、下瞼から順にアイライナーを動かしていた。索理の手順にはない方法だったので、感心しつつ脳内メモ帳に刻み込んでおく。


「こっからは、書いたラインを元にして、目元をまとめてくだけだ。一番の山場は終わった」

「うん、引き続きよろしくお願いします」


 未有が操るアイシャドウのブラシが近づいてきて、索理はまた目をつぶる。


 次に目を開ける時の自分の顔が楽しみだった。

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― 新着の感想 ―
【職人のこだわりが光る、至近距離のメイク講座!】 「化粧は芸術」と言い切る未有のプロ意識と、慣れた手つきで仮面を剥いでいく 工程のリアリティに引き込まれました。 吐息が触れるほどの距離で、くすぐった…
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