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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
一章

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20/22

女装と地雷と約束

「つーわけで夕木、お前とはこれっきりだ。あとは自分でうまいことやってくれ」

「ボクが寝てる間に世界って終わった?」


 今日も未有の家でメイクの勉強、と意気込んでいたところに、索理は冷や水を浴びせられた。


 日本史か世界史かの授業で意識がブラックアウトしてから、いつの間にか時刻は放課後になっている。


 索理は昨日もうちに帰ってから、未有の施してくれたメイクを参考にして試行錯誤を繰り返していた。鏡の前でああでもないこうでもないとこねくり回しているうち、時計の針は早送りのように進み、気づけば新しい朝日が昇っていた。好きなことに熱中していると時間の経過が早い。それは昼寝についても同じことが言えるかもしれない。


 昼休みを待たずに眠り込んでしまったため、今日は未有との約束を取り付けることができていなかった。起きた時にクラスから人が消えていた時は、今日はおあずけかあ、と肩を落とした。


 しかし未有は相変わらずの様子で、放課後になっても自分の席に留まってスマホに意識を向けている。それを見て索理の期待はぴょんと跳ね上がったのだが、そんな期待も未有のあっけない言葉に再度、奈落へと叩き落されることとなった。


「どうして、何がどうなったらそうなるの!? ボク昨日何かやらかしたっけ!? クレープがお気に召しませんでしたか!?」

「クレープは絶対リピートするつもりでいるくらいには文句ねーが……二人ほど、お前の熱狂的なファンがいるらしくてな。そいつらによると、あたしが夕木を家に入れてるのが気に食わないらしい」


「どういうことなの」

「確か、藍、真宵ちゃん、って呼び合ってたはずだ。心当たりあるだろ?」

「……あー」


 正直なところ、二人、と言われて大体の予想はついていた。索理がこのクラスで関わりを持っている相手といえば藍と真宵くらいのもので、そこに一昨日からようやく未有が追加されたところだ。


 だが、その二人がどうして索理と未有のことを知っているのかが腑に落ちない。一昨日も昨日も、二人は索理が未有に話しかけるよりも早くに帰宅、または部活か生徒会に向かっていったはずだ。


 さらに藍と真宵は、索理が未有にメイクを教わることに対して苦言を呈してきたのだという。索理にはその理由に心当たりがなかった。


「とにかく、あたしも面倒に巻き込まれるのはごめんだ。恨むならあたしに突っかかってきた二人を恨んでくれ」

「そんなこと言われても、ボクはこれからどうやって勉強すれば……」


「あたしが教えなくても、今の時代メイクの方法なんかいくらでもネットに落ちてんだろ。あたしだっていろんなところから情報拾ってきた結果の自己流だしな。実際地雷メイクしてやった写真もあるんだし、あとは自分でなんとかしてくれ」


 索理が涙目で縋りつくが、未有は歯牙にもかけぬ態度でスマホから目を離さない。


「さて、あたしはそろそろ帰るからな。お前が起きるの遅いからこんな時間になっちまった」

「……ボクのこと待っててくれたんだ?」


「別に。スマホ触るだけなら家でもここでも変わらねー。だったらさっさと言うこと言った方がいいだろ。それだけだ」


「ボクに伝えるだけなら、DMでもよかったと思うけど」

「あーDMな。毎日バカみたいな数が来るから、どれが夕木のアカウントかわからなくなっちまった。返信できなかったのもそれが理由だ」


 わり、と未有は小さく謝罪する。


「それじゃあ……ボクらの師弟関係はこれで終わり、ってことなのかな?」

「師弟って、大げさだろ」

「そんなことないっ」


 索理がいきなり語調を強めたので、未有はびくりと身体を震わせて顔を上げた。


「確かにたった二日だけだったけど、ボクは黒河さんのこと、師匠みたいに思ってた。ネットの記事はもちろんいくつも見て回ったけど、下瞼からアイラインを引くだとか、そんなことを書いてくれてる記事は一つもなかった。初めてボクの顔を仕上げてくれたのも黒河さんだった。昨日だって、ボクはメイクされながら、技術を全部盗むぞ、って必死になって黒河さんの指の動きを見てた。──黒のネイルがかわいかった」


「ネイルかよ」


「それに服だって! 実はああいう服、ちゃんとした地雷メイクができるようになるまでは買わないようにしよう、って思ってて、でもいつまで経っても納得いく顔に仕上がらなくて……いきなり着ることになってびっくりしちゃったけど、憧れの地雷系女子みたいになれて嬉しかった! その服だってもらいっぱなしで──そうだ、そうだよ、黒河さんにはなんでもかんでも、してもらいっぱなしだ」


 胸の内から出てくるままを声にした言葉。その言葉に気付かされ、索理は消えかけていた瞳の光を蘇らせた。


「黒河さん、まだ昨日のメイク講座のお礼、できてないよね。もらっちゃった服の分もあるし、上乗せしないと」

「いや、だからお前と関わったら面倒なことに──」

「でもこのままじゃ納得できないし。……ねぇ、藍と真宵は、ボクたちが二人でいるのが気に食わないって言ってたんだよね?」


「正確にはお前がうちに来てるのが納得できねーって風だったが、まあ概ねそうだろーな。夕木を家に連れ込むな、って言われて、あたしはそれを呑んだ」

「だったら、二人も一緒について来れば問題ないってことだよね?」


 未有と藍や真宵の間でどういう経緯があったかは分からないが、二人きりに文句があるのなら、彼女たち自身にも出張ってもらうまでだ。


「確か、真宵も今週の土曜はまるっと空いてたはず……黒河さんはどう?」

「あたしはスマホさえありゃー割と融通が利くが……」


「藍は実家の手伝いだけど、頼めば午前中で切り上げられるだろうし、決まりだね」

「おい、あたしの巻き込まれてそうなことをあたし抜きで決めるな」


 イラついた声で反駁する未有。索理は片目を瞑って口角を上げ、人差し指をぴんと立てた。


「この前言ってた、カラオケのスイーツのこと覚えてる? あれって期間限定で、確か今週末までしかやってないんだよね」


 索理がチラつかせた餌に、未有が眉だけで反応する。


「もちろんボクの奢りってことで、一緒にどうかな? 三時間ドリンク飲み放題付きで歌い放題、スイーツもたくさん頼んでいいよ。多分言い合いになるだろうけど、ボクに加勢してくれなくていいし。座って見てるだけ。迷惑はかけないよ」

「んな状況で美味しくスイーツが食べられるわけねーだろ……じゅるり」


 眉根を寄せながらも、未有の口の端からは涎が漏れそうになっている。その様子を見て、索理は目元を緩ませ、両手でガッツポーズを作った。


「今度こそ決まりだね。よーし、そこで絶対思い直させてやる」

「下心丸出しじゃねーか。ただの礼って話だったろ」


「そりゃあ、また黒河さんにメイクを教えてもらえるに越したことはないですから。こちらも全力を尽くさせてもらうよ」

「一体何を仕掛ける気なんだよ……」


 索理の異様な気合の入りように、未有は得体の知れないものを見る目で不気味そうに肩を抱いていた。

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