地雷ぼっちと女装男子
「男、男ねぇ……」
先ほどまでとは打って変わって、未有が索理の顔を凝視している。やり返されている形なのだから文句は言えないが、顔に穴が空いてそこから火を噴き出しそうだ。
「見た限りじゃ全然わかんねー。まずもって制服が女子だし。顎の骨格とか意識して影つけてんだろうけど」
「あ、わかっちゃう?」
「だからわかんねーって。予想ってか、男の顔でその顔面が成立してる原理を考えてただけだ」
索理はれっきとした男だ。やや物足りない身長にほっそりとした体型だが、喉仏は第二次性徴を迎えて飛び出してきているし、肩幅や胸板は意識的に鍛えているわけでもないのに少しずつ発達を見せている。クラス名簿でも男子の欄の一番後ろに名前がある、紛うことなき男子生徒だ。
だが索理の普段の姿を一目見て、一瞬で男だと断言できる人間は、そう数がいないだろう。
男子にしては薄い肩をさらりと流れ落ち、肩甲骨までもを隠す髪は薄桃色。後頭部でまとめられた一束の結び目には、かわいらしいシュシュが鎮座している。柔らかくもハリのある頬には常にうっすらと紅が差し、水色の瞳を内に秘めた瞼は、黒く艶のあるまつ毛が包み込んでいた。形のいい鼻に、手入れの行き届いた爪、窓から入ってくる風に吹かれてもまとまりを崩さない髪束──
極めつけに、索理が着ているのは未有や他の女子生徒たちと同じ、半袖のセーラー服だ。ゆるい袖口や短めのスカートから伸びる華奢な腕と脚は、日本人の限界を追求したかのような、ほくろの一つも存在を許さない白さを持っている。
そんな索理に、なおも遠慮のない視線を向けてくる未有。衝動的に目を逸らしたくなるが、同時に彼女の手際を至近距離で拝見するチャンスでもある。これ幸いと、索理も目元を中心に、未有の顔をつぶさに観察した。
「クラスの連中は知ってんだよな」
「まあ、名簿見たら一発でわかるしね。体育の時の着替えとかも一緒にしてるし」
「色々と問題がありそうな絵面だな……」
「初めは変な目で見られてたけど、今はどっちかっていうと、見ないふりをされてるかも」
「さもありなん」
やがて、満足したらしい未有は、嘆息して頬杖を入れ替える。
「メイク教えて欲しいってんなら、さっそく今日でも構わねーが」
「いいの? というか、教えてくれるんだ。男なのに」
「このレベルで擬態されたたら男も女もねーよ。それに約束ってのはさっさと消化しないと面倒くさいだろ。んで暇なのか、暇じゃねーのか?」
「ヒマですっ」
未有は腰を抜かすほどのサプライズにしばし震えていたものの、メイクを教えてくれる、という約束は生きていたらしい。
幸いにして、索理は帰宅部で特に習い事があるわけでもない。放課後はいつも暇を持て余しているので、突然の誘いでも都合が悪いということはない。
索理が鞄を手に取ると、タイミングを合わせるようにして未有も席を立った。
「……」
取り立てて会話もないまま、人通りの少ない廊下を歩く。
(まあそうだよね……今まで関わりとかなかったし)
索理もそこまで交友関係が広い方ではないが、未有のぼっちぶりは筋金入りだ。周りから避けられているというよりは、意図的に他人との関わりを断っている節がある。今のクラスが発足して数か月、彼女が誰かと会話を交わしているのを見た記憶がない。もし積極的に友人を作りたいのなら、あんな風にいつも窓の外を眺めていたりはしないだろう。
だからこそ、索理は未有に声をかけられた時にびくりと反応してしまったし、少しばかり挙動不審な態度になってしまった。
メイクについては共通の話題になりそうだったので、使っている化粧品などについて早速質問してみてもよかったのかもしれない。
だが未有は隣に並んで歩こうとするのではなく、妙に一歩引いた位置をついてくるのだ。前を歩く索理としては話しかけづらいことこの上ない。
もし未有がそういった心理を狙っているのだとすれば、今は話しかけるな、という意思表示をしていることになる。結果として、索理は聞きたいことを胸の内に貯めこんだまま、悶々とした時間を過ごすこととなっていた。
(このままだと気まずいけど……でもこっちから話しかけていいのかわからない)
索理がちらちらと後ろを気にしながら歩いていると、未有がつやつやとした唇を開いた。
「後ろから見てても全然男だってわかんねーな……」
「そ、そう? そう言ってもらえると嬉しいけど」
「男的には、そこは複雑だって言っとけよ」
「こんなにはっきり女装してるのに男っぽいって言われたら、それは結構心にダメージを負うことになると思う」
それもそうか、と、未有は後頭部で手を組んで納得した様子を見せた。どうやら索理との会話を拒絶していたというわけではなく、後ろから一挙手一投足を眺めて違和感を探していたらしい。
「つーことは、それなりに仕草とかも意識してんのか。ぱっと見じゃまとまりすぎてて逆にわかんねーけど、歩幅とか、鞄の持ち方とか?」
「その辺りは、周りにいる子の真似をしてるかな。家でも学校でも、女の子に囲まれることが多くて」
「女の兄妹が多いってことか?」
「うん、上にも下にも」
「それでそういう趣味に目覚めたってわけか」
「否定はしないけど……あはは」
愛想笑いで誤魔化しておく。隠しているというほどのものではないが、初めて言葉を交わす相手にいろいろと話すことははばかられた。
「でもさ、マジで完成度は高いと思うよ。他に女装してる奴とか知らんから絶対評価になるが」
「ありがとう、そう言ってもらえると自信になる。ちゃんと可愛いかな」
「可愛い……んじゃねーの。女装男にしては」
「それはレベルが低い時に出てくる言葉では……」
「冗談だ。流石に顔面的に無謀そうなら、あたしもメイク講座を引き受けたりしねーよ」
「講座、っていうくらい真面目にやってくれるつもりなんだ?」
「引き受けたからには中途半端で終わらせるかよ」
見た目に反し、未有は案外律儀で責任感の強い性格だったらしい。
とはいえ、今まで誰に対してもつっけんどんだった未有の姿を見ているので、索理の中の違和感は拭えない。
「どうして教えてくれる気になってくれたの? いきなりのお願いだったし、正直断られると思ってた」
「意外か? ……って、これはあんまりあたしが偉そうにしていい話じゃねーか。実際クラスじゃほぼ喋らねーし」
自嘲的に呟き、未有は小さく笑う。
「ま、一言で言うなら面白そうだったから。女装男子にメイクする機会とか、それこそ一生に一度もないかもしれねーし。それに、自分のメイク褒められて悪い気しないってのは、お前もわかるだろ?」
「それは確かに」
面白がられている、というのはやや不服だが、その気持ちは理解できる。メイクは一朝一夕にして成らず、索理だって今の顔を作り上げるまでに、それなりに試行錯誤を重ねてきた。
それに形はどうあれ、メイクを教えてもらえることに変わりはない。
索理の心は、久方ぶりに躍っていた。




