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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪


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19/19

地雷メイクとWストーカー

 黒河未有は今日も今日とて、スマホだけが唯一の友達、という昼休みを過ごしていた。


 新しいメイク用品に、新しい服のブランドに、新しいアクセサリー。ネット社会が作り出した息もつかせぬ情報の渋滞に、未有はいつも通り逐一目を通していく。特に美容業界においてはその渋滞が顕著で、流行は一分一秒を争う勢いで変化していく。最先端でこの上なく魅力的だとされていたものが、次の瞬間にはダサさの筆頭に上がっていたりもする。常に情報をアップデートしていくことが、未有自身が時代遅れにならないためには何よりも重要なのだ。


 そんなわけで、未有は暇さえあれば各種SNSの巡回に勤しんでいる。ファッションデザイナーの記事を読み込んだり、新たに生み出されたアイテムのチェックをしたりと研究に余念がない。そんな普段の行いが影響してか、学校で話しかけてくるような友人はおらず、この重要な時間を誰にも邪魔されることは滅多にない。


 まあ、このところは未有のメイクを勉強したい、という珍しい──しかも女装の──人間が現れ、放課後は人と話す機会もできたのだが、それはそれで悪いものでもない。趣味を同じくする人間と話すのは楽しいものだ。


 だが、今日は少し状況が違う。


「黒河さん、ちょっといいかな?」

「邪魔をする。少し話を聞かせてもらいたい」

「あ? なんだお前ら」


 スマホに視線と意識を集中させていた未有は、そんな風に声をかけられるまで、目の前に二人の女子生徒がいることに気付いていなかった。


 反応して顔を上げてみれば、片や藍色の髪と栗色の瞳をした女子が、片や水色の髪と紫色の目をした女子が、各々の態度で怒りを露わにしていた。クラスメイトということで顔くらいは把握しているが、肝心の名前が出てこない。


(あたし、こいつらに何かしたか……?)


 高校に入学し、このクラスが発足して数か月が経過している。その間に未有が構築した人間関係は皆無だ。業務連絡的に必要事項を伝えてくる生徒がいる程度で、基本的には一日の中で口を開く機会はない。


 そんな状況で話しかけてくる生徒がいるとすれば、少なくとも好意的な態度である可能性は低い。とはいえ関係値がまったくないのだから、好意だけでなく、これほどまでに明確な怒気を向けられる謂れもない。未有はそんな二人に対し、敵意と訝しみを孕んだ威圧的な半眼を向けるが、そんな未有を見ても彼女らが怯む様子はなかった。


「昨日のあれは一体どういうことなのかな。説明してもらおうか」

「昨日……?」


 未有が記憶を掘り起こしながら首をかしげれば、僅かな隙も与えない、といった様子で、藍色髪が間髪入れずに机を殴りつける。


「とぼけないで欲しいな、サクを数時間も自分のおうちに連れ込んでおいて。一体何をしていたの、って聞いているんだけど」

「サク? サク、索……ああ」


 思い当たるワードが出てようやく繋がった。偶然か必然かは知らないが、彼女たちは昨日、未有と索理が一緒にいる姿をどこかで目撃したのだろう。


 それを目にして怒っているとなると、さしずめ彼女たちは夕木索理の恋人、あるいはその座を狙っている友人といったところか。


 となれば話は早い。未有の口から説明する必要はない。


「だるい。夕木の方に聞いてくれ」

「索理はいつも通りあの調子だ。いや、いつもより早いか。今日は藍手製の弁当にも箸をつけず、四限の途中から一度も目を開けていない」

「ああ……そういやそうだったな」


 直前の授業において、索理は机に額をぶつけるという派手な音でクラス中の注目を集めていた。周囲の生徒や教師が肩を揺すったのだが起きる気配がない。気絶しているわけでもなく、気持ちのよさそうな寝息を立てていたので、教師もいつもの夕木か、と諦めの表情で授業を再開していた。


 つまるところ、今の彼女たちは未有を問い詰めるほかに選択肢がないのだ。未有は仕方なく、手元のスマホを裏返しにした。


「……別に、大したことはしてねーよ。夕木がメイク教えてくれって言うから、うちで勉強してただけだ。ああ、メイク講座代だ、つってクレープ屋にも行ったか」


「だったらどうして、家を出るときにサクの服装が変わっていたのかな? これってさあ、黒河さんのお部屋の中でサクが着替えてた、ってことで確定だよねえ?」


「いや、そりゃああたしがタンスの肥やしになってた服を押し付けただけだし、夕木はちゃんとあたしのいない部屋で着替えてたぞ」


「そんな荒唐無稽な話を私たちが素直に信じるとでも? 年頃の男女が一つ屋根の下にいて、少なくとも一度は服を脱いだタイミングがあった。その上あんな遅い時間まで索理になるまで索理は出てこなかった。事に及んでいた、と第三者が考えるのは自然なことだと思うがね」


「いや、どう考えても突拍子もない話だろ。あたしらが初めて話したのも一昨日だし……つか、うちの外でずっと張ってやがったのかよ」


 二人の行動力及び粘着力、そしてそんな性質の人間たちに家を特定された、という事実にやや恐怖を覚える。なおも言い分に納得しない強情な二人に、未有はため息をつくしかない。


「大体、お前らはあたしが何を言えば納得するんだよ……」

「む……」


 実際にメイク講座以上のことは何も起こらなかったのだし、ありもしないことを口にしたとして、二人の感情が収まるとはとても思えない。そんな未有の言葉に、水色髪の方がやや冷静さを取り戻したように牙を引っ込める。自分たちが魔女裁判じみた追及をしていることに気が付いたらしい。なおも食って掛かろうとする藍色髪を制止しつつ、顎を指で挟み込んで思考をまとめている。


「……仮に、そのメイク講座という話を信じるとしよう」

「マジなんだけどな」

「そのメイク講座の話を、今後は断ってもらいたい」


 水掛け論をしていても仕方がないと察してか、水色髪は今後の話に切り替えてきた。


「ちょ、ちょっと真宵ちゃん、それじゃサクに手出したのを不問にしてるみたいなものだよ!」

「落ち着け。ここでやったやらないを言い合っていても不毛なだけだ。それよりも今は、後顧の憂いを確実に断つべきだろう」

「それはそうだけど……」


 藍色髪を冷静な声色で諭す水色髪。どうやらそちらの方がまだ話が通じそうだ。


 未有は小さく息を吐き、理知的な女子生徒と視線を合わせた。


「それでいい」

「すまないが、内容をはっきりさせて話してもらえないか」


 律儀で抜け目のない奴だ、と未有は片目を瞑る。そして、その求めに応じてはっきりと自分の意志を口にした。


「お前らの言う通り、あたしは夕木に今後メイクを教えない。うちにも入れない。それでいいか?」


 未有のはっきりとした物言いに二人はようやく、一言目以来ずっと放ち続けていた怒りのオーラを鎮めた。

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