女装と地雷とお持ち帰り
あんまりこういうことには気づきたくなかった、と早くも後悔しつつ、索理は渡されたブラウスに袖を通す。
というのも、未有が寄越してきた服は、索理にとっては少しばかりサイズが小さかったのだ。
正確に言えば、布面積そのものには問題はない。ただ、一部が──かわいらしいフリルのついた胸元が、ややキツめと言わざるを得ない。
未有のバストサイズにわざわざ注目したことなどない索理ではあるが、服の上から見た様子を思い出す限りでは、彼女の胸は主張が控えめな方だったと思う。
さらに言えば、索理はどこまでいってもやはり男なのだ。女性に比べて身体がたくましくなりがちなのは避けられないことで、結果として胸元の布がやや突っ張っている、という状況に陥っていた。
(まあ着られなくはないけど……正面がパツパツだとなぁ)
肩口から真下に降りるフリルのせいで、肩の位置も強調されてしまっている。比較的ゆったりと着られていた制服ならば誤魔化せていた肩幅も、気になってしまう要素の一つだ。
持って生まれた骨格や成長ホルモンに関してはどうしようもない。もし索理が今後こういった服を買うのであれば、もうワンサイズ大きいものを注文することになりそうだ。
「夕木ー? 一人で着られそうか?」
そう問いかけてくる未有の声は少しばかりくぐもっていて、反響している。ドア越しの廊下から聞こえてきているからだ。
「だ、大丈夫!」
まだスカートに取り掛かれてもいない索理は、急ピッチでブラウスのボタンを留めていく。
事前に言及しておいたことが功を奏したか、未有がいきなり自身のセーラー服をめくりあげて着替え始める、などという事態が訪れることは回避した。着慣れている未有がスペースの限られている廊下で着替えることになり、索理は渡された地雷服と共に未有の部屋に取り残された形だ。
とはいえ、同じクラスの異性が、ドア一枚を隔てた先で服を脱いでいることには変わりがない。ドア一枚程度では、衣擦れの音を完全に遮ることもできないわけで──
(やっぱり黒河さん、ボクに対する認識か貞操観念がぶっ壊れてるよねぇ!? 普通は鍵がかけられるトイレとかに入るべきだと思うけど!)
何よりも緊張感が凄まじい。もし今この瞬間、あのドアがいきなり爆発して吹き飛びでもしようものなら、着替え中の男女がめでたくご対面することになる。いや、わざわざ吹き飛ばすまでもなく、人間は量子力学的にドアをすり抜けてしまう可能性すらあるのだ──
まずい、頭が変な方向に沸騰している。とにかく、ドアが爆発するにしろすり抜けるにしろ、下半身が下着だけの索理がここに存在していること自体が危険だ。さっさと着替えてしまわねば。
幸いにして、腰回りには余裕があり、スカートは問題なく履くことができた。ソックスは自前。過去の投稿を見るに、未有はメイクを強調するためにバストアップで撮ることが多いようだ。足元は多分、画角には入らないだろう。
「着替え、終わったよ」
索理の呼びかけに、向こう側からドアノブが傾く。
「おー。けっこういいじゃん、似合ってる。だいぶ遅くなっちまったし、さっさと撮るか」
「一応確認してほしいんだけど……肩幅とかギリギリだけど大丈夫かな」
「その恰好で出かけるならやべーけど、写真だけなら加工すりゃいけんだろ」
未有からのゴーサインが出たので、索理たちはスマホに顔を収めるべく肩を寄せ合った。服が変われば印象も変わるもので、部屋の雰囲気も相まってか、まるで別の世界の住人になったかのようだ。
昨日の反省を生かし、索理は表情を作ろうと躍起になっていた。女装男子特有の顎ライン隠蔽ピースは外せない。素直に笑顔を作っていたら、未有からディレクションが入った。
「あひる口、って言ったらわかるか? あざとく写るから地雷メイクとはベストマッチだ」
「こ、こう……?」
「もうちょい下唇持ち上げてみ? それでいて目もぱっちり開ける……そうそう、そのままなー」
未有の指示に従いつつ、ポーズと角度を変えて十数枚。ようやく未有が満足した頃には、索理の表情筋はぴくぴくと突っ張っていた。慣れない表情を維持したせいで、頬のあたりに変な力が入っていたらしい。
撮影を終えて少しだけ休憩を挟んでから、索理はいそいそと腰を上げた。
「もう遅いし、そろそろ帰ろうかなぁ。着替えるから、また廊下に行ってもらってもいい?」
「いや、別に着替えなくてもいいだろ。そのまま着て帰りゃいい。もう暗いし、多少パツパツでもバレやしないだろ」
「え?」
「それ、やるよ。どうせあたしが持ってても着られないし」
ばっ、と素早く未有の方へと振り返るが、冗談を言っているような様子でもない。それどころか、どこからか取り出したアパレルブランドの袋を広げ、索理の脱いだ制服を次々と畳んでは詰め込んでいく。
「な、な、ななな、ななな」
今日何度目の驚きか。索理が固まっている間にも、着々と帰宅の準備は進められていく。やがて未有は制服を入れた袋と索理の学校鞄を合わせて持ち、索理の胸元に押し付けた。
「ほら、早く帰って寝ないと、また授業中に恥かくことになるぞ」
そんな台詞と共に、索理は押し出されるようにして未有の部屋を出ることとなった。
──帰り道。
外で着替える訳にもいかず、索理は結局、ピンクブラウスと黒スカート、おまけに地雷メイクという完成された姿で夜道を歩いていた。
途中、手慰みにスマホを見てみれば、さっき撮影したばかりの写真が未有のアカウントで投稿されていた。文字数のギリギリまでつけられたタグがインフルエンサーらしい。閲覧者からの反応もいいようで、いいねと拡散の数を表す数字は、まるでストップウォッチを逆再生しているみたいにどんどん回っていく。
昨日と違って制服ではないし、口元もモザイクで隠れているのでそれ自体に文句はない。懸念していた肩のあたりも、自然に見えるよう、上手く加工を施してくれたようだ。
むしろ文句があるのは、写真に写っていて、今なお着たままの服のほうだ。
「これ、この服、黒河さんの匂いがする……っ!」
部屋にいた時はその匂い一色で気が付かなかったのだろうが、外に出てなお、特徴的な甘い匂いは索理を包んで離さない。
未有とは何度か距離が近づく場面があったが、これほど直接的に香ってきたことはなかった。柔軟剤なのか、それともルームフレグランスでも使っていたのか。
不快感があるわけではない。むしろいい匂いの部類である。あるのだが──
「お、落ち着かない……これ、違法だったりしないよね……?」
部屋を後にしてなお胸の内をざわめかせてくる未有の行いに、索理は少しだけ恨みを募らせた。




