女装と地雷とネットリテラシー
「……ふぅ、まあこんなもんか。今日は夕木の持ってきた道具でやったから、いつもとはちょっと違う仕上がりになった」
「おお……まさかボクの持ってるメイク道具だけで、ここまで地雷化できるとは。弘法アイライナーを選ばず、って感じ?」
索理が持っているアイテムは全体的に彩度が控えめなものが多く、今日の未有は限られた手札の中で勝負してくれた形だ。とはいえその技術は健在で、索理の顔は泣き腫らしたようなデカ目にマットなお人形肌、顔に溶け込むような鼻筋に仕上がっている。また昨日とは違った雰囲気の地雷顔に、索理は鏡に映った顔が自分のものであることを一瞬忘れかけた。
「あたしみたいに黒髪だったら、もっと赤くてダークな感じのリップの方がいーんだがな。夕木の髪色に合わせるとしたら、違和感なく溶け込むようなピンク系しかねーな」
「特にこだわりがあるわけじゃないから、いずれ黒髪のウィッグも用意したほうがいいかな。メイクで使い分けられるし」
気分で髪色を変えられるのがウィッグのいいところだ。夏は蒸れるのが難点だが、そこもやはり、オシャレは我慢だ。
「メイク終わったし、録画はここまで、っと」
昨日撮った写真一枚では、未有のメイク技術を盗み取るのは難しかった。そんなわけで、索理は未有からスマホスタンドを借り、メイクの一部始終を録画していたのだった。
「夕木が黒髪になったら、いよいよ双子みてーに写るかもな」
未有は適当な軽口を叩きつつ、流れるような手つきで自分のスマホを取り出す。昨日も見た流れだ。
「ちょっと待った」
昨日と同じくツーショットを撮ろうと考えているであろう未有に、索理は伝えるべきことを思い出してきっぱりと言った。動作を遮られたことに目を丸くし、次に口の端を曲げる未有。
「んだよ。ネット嫌いの母親かお前は。昨日だってあげたんだから今更だろ。てかそれより、見たかよあのいいね数。思ったより拡散されたし好評だったんだよ、あの写真。バズったもんは何度でも擦り倒していくべきだろ」
「昨日は普通に撮っちゃったけど、冷静に考えてSNSに制服の写真上げるのってまずくない? 特定材料になりかねないよ」
「そうか? あたしは何回か制服のままで投稿してるけど、特にそういうコメントが来た経験はねーが」
「いつもより拡散されたっていうんなら、より気を付けるべきだと思うよ。とりあえず昨日の写真は消して」
「えー、今更だろ。もう個人的に保存してるやつだっているだろうし」
「放置してたらより危険度が上がるでしょっ!」
索理が真剣に訴えると、未有は不満げながらも、「わーったようっせーな」の一言でイラつきを飲み下してくれたようで、索理の目の前でツーショットの投稿を削除した。
最近のSNSは、投稿を見られた回数で収益を上げることができるシステムもある。実際にそういった手段で稼いでいるであろう未有からすれば、爆発力のある投稿は残しておきたかったはずだ。なんとか自分の意見に納得してくれてよかった、と索理は胸を撫でおろした。
それに加えて、今の索理たちも学校帰りの制服のままだ。今の会話の流れからして、この状態のままでツーショットが撮られることはない。もちろんネットに投稿もされない。悪目立ちしたくない索理としては願ったり叶ったりだ。
そう思っていたのだが──
「あれぇ、どこにしまったっけな……」
気づけば、未有がクローゼットに身体ごと突っ込みながら、山のような量が保管されている服をがさごそと漁っている。
「黒河さん、何探してるの?」
「んー? この前アパレルブランドからのプロモーションでもらった地雷服。サイズ間違いでデカいのが送られてきて着られなかったんだが、向こうから返さなくていいって言われて扱いに困ってたんだよ」
「ふ、ふーん。そうなんだ」
索理の頭に一瞬、嫌な予感がよぎる。
「それで、その、地雷服? を引っ張り出して、どうするつもりなのかな?」
「決まってんだろ、制服で撮るのが嫌だってんなら、お前を制服以外に着替えさせりゃいい」
「なぜゆえっ!?」
「制服じゃなきゃ、特定リスク低いから問題ねーだろ?」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど!?」
撮影そのものを回避しようとしていたはずが、どうしてこんなことになった。文句のつけ方が悪かったのか。いっそのこと、制服で撮影した方がまだマシだっただろうか? いや、そんなネットリテラシーに欠けるような真似は二度としたくない。
索理が頭を抱えて一人反省会をしているうち、やがて未有は目的の服を見つけ出したようで、引っ張り出したての服を今すぐ着ろとばかりに差し出してきた。
「一応聞かせてほしいんだけど、サイズ間違いに気付いたのって着る前だよね? タグに書いてあるサイズを見て気付いたとか」
「あ? んなもん着てみないとわかんねーに決まってんだろ。着てたのはせいぜい五分くらいだし、そのあとちゃんと洗濯してある。ついでに言えば、あたしもサイズ違いの同じのを着て写真に写る。これ以上文句あるか?」
「……ありません」
結局のところ、索理は未有にメイクを教えてもらう立場だ。正当な理由もなしに彼女のやりたがることを妨げる訳にはいかない。それでへそを曲げられては、せっかくできた師弟関係が失われてしまうかもしれないのだ。
(というか、着替え発言のフラグ思いっきり回収しちゃってるし!)
もちろん、索理が真面目に地雷系を目指していくのなら、いつかは着ることになる服ではある。それどころか、これこそが正装と言っても過言ではない。
黒いリボンがついたピンク色のブラウスに、リボンと色を合わせたミニスカート。もはやテンプレと化した地雷系ファッションを前に、索理は冷や汗を流しつつ半笑いを浮かべるしかなかった。




