女装と地雷と水着下着談義
なんだ、水着だったのかぁ。
それなら下着と見間違えても仕方がない。ビキニタイプともなれば、形そのものは下着とほとんど違いがない。装飾が多かったのも頷ける話だ。
ちょうど季節は夏、プールや海で泳ぐにはうってつけの気温だ。そういった時期にインフルエンサーが水着写真をアップロードするのは自然なことだし、『まいんちゃん@はたらきたくない』のフォロワーたちだってそういった供給を待って──
「って、んなわけあるかぁーっ!」
「うおわ!? いきなり叫ぶんじゃねーよ、近所迷惑だろうが。そこまで壁厚くねーんだよ」
「ご、ごめん……」
未有の真っ当な指摘に、索理は素直に首をすくめる。
ひとまず、ベッド以外にもいくつか散らばっていた下着改め水着は全て、索理が顔を背けている間にしまい込んでもらった。視界から危険な面積の布地が片付けられ、索理はようやく心の平穏を取り戻し、一息ついて腰を落ち着けることができた。
「……でもさ、いくら投稿してるのが匿名のアカウントで、それが下着じゃなくって水着だったとしても、色々と問題があることに変わりはないんじゃないかな……?」
ビキニを身に着けるとなれば、どうしたって肌の露出面積は広がってしまう。手足だけでなく、お腹や鎖骨部分までもがあらわになる。年頃の乙女の清らかな柔肌を、世界中の誰が見ているとも知れないインターネットの海に放流してもいいものだろうか。
あるいは未有ほどのインフルエンサーとなれば、その程度の羞恥心などとうに乗りこなしてしまっているのだろうか。ネット上では性格が変わる人間もいると聞いたことがある。未有もスマホを通してなら大胆になれるタイプなのかもしれない。
「いくら慣れてるんだとしても、あんな危ない水着を着てる写真を投稿してるんなら、もう少し考え直した方がいいと思うけど……」
索理の控えめな指摘に、未有はあっけらかんと天井に目を向けた。
「ああ、そーゆーことなら安心しろ。実際投稿したのは、その上からTシャツ着てる健全なやつだから。嘘だと思ったら見てみろよ」
胸を張って言い切る未有を疑わしく思いつつも、索理は昨日フォローしたばかりのアカウントを表示して、ひとスクロール。
「これは……」
確かに彼女の言う通りではあった。最新の投稿でこちらを上目遣いで見つめている未有は、白地のTシャツを着ている。
だがそのTシャツの仕様がよろしくない。いわゆるワンショルダーというやつで、片方の肩から首にかけてがまるごと露出する、アシンメトリーが魅力のデザインだ。必然、下に着ている水着の肩紐が映り込むことになる。それどころか、未有の艶めかしい鎖骨が惜しげもなく晒されており、うなじまでもが見えてしまうのではないかという絶妙な角度で、写真の中の未有は首をかしげている。
おまけにTシャツは透けやすい素材のようで、黒色のビキニがうっすらと浮かび上がってしまっている。見てはいけないものを見ているような気がして、索理はすぐにタスクキルで視界から消し飛ばした。
未有としてはメイクやファッションに興味があるアカウントに向けて発信しているのだろうが、これでは不純な動機で見ている人間へのご馳走にもなってしまっている。索理はクラスの男子生徒たちが一枚のグラビア写真に盛り上がっていた様を嫌悪感と共に思い出し、その崇拝対象が未有にすり替わった光景を想像してしまい、具合を悪くしそうになった。
「アウトアウト、完全アウト! もっと健全な写真にしてください!」
「逆にどこが不健全なんだよ。自撮りのコンセプト的にも、水着を全く見せないわけにもいかないだろーが」
「いっそマネキンに着せて!」
「あたしのオリジナリティどこだよ。とっくに水着メーカーがやってるわ」
ああ言えばこう言う未有。確かに晒しているのは彼女自身の身体だし、それを公開すると決めたのも彼女自身の意志だ。索理の立場からあれこれと口出しをするべきではないのかもしれない。
未有はというと、声を荒らげて息を切らしている索理をニヤニヤと見つめている。
「つか、女慣れしてるんじゃなかったのかよ? 水着と下着の違いもわかんねーのか」
「一目見た瞬間にヤバいと思って目を逸らしたんだよっ! 本当に下着だったとしたらそれが正解だと思うんだけど!?」
「いやだって、お前だって下着つけてるだろ? 下はどうだか知らねーけど、上は確実に」
「う」
痛いところを突かれた。
いつから気付いていたのか分からないが、未有の言葉は正しい。元々索理には必要ないものだし、バストサイズが控えめなサイズではあるものの、女装する時にはいつもブラジャーを着用するようにしている。
「で、でもそれは、女性らしいシルエットを作るためのもので、決してやましい理由では!」
「わーってるって。別に今そこを掘り下げたいわけじゃねー。あたしが言いたいのは、下着までつけるくらい女装慣れしてる夕木なら、女性モノの下着も見慣れてるだろ、って話だ」
「それとこれとは話が別! 黒河さんが普段着てるかもしれないのを見て冷静でいられるわけないって!」
「別に下着姿そのものを見られるわけじゃねえしなぁ……その辺に落ちてりゃただの布だろ」
「もうボク、黒河さんの基準が分からない……」
索理はまたも頭を抱える。なんだこれは。クレープ屋の仕返しか。
「ちなみに下はどうなってんだ? 女性用じゃいろいろと収まりきらねーだろうし、さすがにトランクスか何かか?」
「お願いだから、もう、許してください……」
今日一番の笑顔で索理をからかってくる未有のせいで、肝心の地雷メイク講座はやや時間が後ろにずれ込むこととなった。




