女装と地雷と間接キス
「んで? 今日もうちでメイク練習するつもりか?」
「一応、対価は払ったつもりなんだけど……」
「あれは昨日の分だろ」
「じゃあ今度はカラオケの限定スイーツ行こ。穴場なんだよ」
「あたしの守備範囲外からぶちこんできたな、楽しみにしとく」
そうは言いつつも、映えクレープですっかり機嫌を良くした未有は、教室でのやり取りほどすげない態度は見せなかった。
せっかく駅前に来たということで、二人はいくつかの店を回って少しだけメイク用品を物色したのち、日が暮れる前にと未有の部屋を目指して歩き始めている。
「にしても、最近の百均コスメはバカにできないよね。ファンデとかは流石に、って感じだけど、アイラインとかチークは意外にやるやつ」
「あたしも使ってた時期はあるが、その頃に比べたらかなりレベルが上がってそうだったな。美容大国の韓国で認められたようなのも置いてるし、少なくとも百均のクオリティじゃねーのは確かだ」
「ってことは、今は使ってないんだ。黒河さんは基本的にデパコス?」
「んや、比較的安いのも性能次第で使う。結局は自分の理想の顔を作るのに使い物になるかどーか、だ」
その口ぶりから、未有も試行錯誤の末に今の完成系に辿り着いたのだ、と察することができる。
それはそうとして、索理にはさっきから──否、昨日から気になっていたことがあった。
「黒河さんさ、ボクのこと女の子だと勘違いしちゃってる瞬間があるよね?」
昨日、男の索理をいきなり一人暮らしの部屋に上げたことに始まり、今日は肩が触れ合うほどに近寄って来たり、食べかけのクレープを交換しても気にしなかったり。女の子同士ならば仲が良ければあり得る、といったレベルだ。索理に対する未有の行いは、男女間で取るべき距離感を見誤っているようにしか思えない。
未有にもその自覚があるようで、鞄を持っていない手を後頭部に回してぽりぽりと掻いた。
「あー……なんか感覚がバグるんだよな。あたしがなんでもかんでも見てくれを重視しすぎるせいかもしれねー。見た目が女でしかねーから、無意識にそういう風に扱っちまう。不快だったら女装をやめるか、あたしとは関係ないところで健やかに生きててくれ」
「黒河さんと離れたらメイク教えてもらえないし、女装やめたらメイク教えてもらう意味なくなっちゃうし。ボク的にはそういう風に扱われても構わないけど、黒河さんが後から後悔したらやだな、って。忘れちゃえばいいこともあるけど、ほら、さっきの間接キスとか、取り返しつかないじゃない?」
「は? 間接キスっていつ誰が……あ」
はた、と未有の足が止まる。
やはり自覚がなかったのか、と考えているうちにも、未有の顔はみるみるうちに紅潮していく。
「お、お前、それ、気づいてたなら早く言えよ! つか止めろ!」
身長がいくらか上の索理に対し、未有が下からぐいぐいと突っかかってきている。またしても距離が近くなってしまっていて、未有にとっての間違いをこれ以上犯させないためにも、索理はじりじりと引き下がるしかない。
「いや、ボク的には確認したつもりだったんだけど……ほら、黒河さんがいいなら、って」
「その一言で気付けてるんなら、交換しようとか言い出さなかったわ! しかも相互じゃねーか!」
「ボクは構わないけど、って言ったよ」
「構えよ! 貞操観念ガバガバか!」
「いやあ、昨日も言ったけど、女の子ばっかりに囲まれた人生だったもので」
「ちくしょう、そんなことも言ってやがったな……」
索理にとって、兄妹で同じ大皿料理を取り分けるのは毎日のことだし、藍や真宵と弁当を分け合うこともいつもの日常だ。女の子が手を付けたものを索理が食べる、またはその逆に関しても、特に抵抗感のようなものはない。
話し始めて二日目、無意識に索理の性別を誤認してしまう未有からすれば、男である索理にストッパーになってもらいたかった、と主張しているのだろう。
「ごめんね。ボクが言えたことじゃないんだけど、ボクとしても女の子との付き合いが多くてその辺りは麻痺している節があるし、嫌なら自衛してほしい」
「……別に吐くほど嫌ってわけじゃねーよ。それに謝る必要もねーだろ。夕木はちゃんと警告出して、あたしがそれに気付けなかっただけだ。むしろ謝るべきは、夕木に八つ当たりしたあたしの方だ」
やはり未有は見かけによらず責任感があるし、責任の所在には敏感なようだった。
「ううん、ボクの方こそ、今度はもう少し分かりやすく言うことにする。冗談にならない事件が起きる可能性だってあるし」
「例えば、夕木の前であたしがいきなり着替え始めたり、とかか?」
「ぶっ」
斜め上の例えが返ってきて、索理は思わず噴き出した。
「想像してんじゃねーよ」
「い、いや、黒河さんがいきなり変なこと言うからっ」
「ありえない話じゃねーだろ、夕木を部屋に上げてる時に、あたしが楽な部屋着に着替えたいって思う可能性はゼロじゃねー」
「そ、それは本当に自衛してくださいね……?」
ちょうどそんな会話をしていたタイミングで未有の部屋に着いてしまった。未有はさっさと部屋に入って当たり前のような顔で索理を招き入れているが、索理は何とも言えない表情を浮かべるしかない。
(普通に男を家にあげちゃうのもそれなりに問題だと思うけど……早くも男扱いを忘れてるわけじゃないよね……?)
一筋の不安が頬を伝いつつも、索理は間違ってもそんな事態が起こらないよう、輝きを見せ始めた一番星に願った。
ドアを閉める直前、どこか遠くから「はあああああ!?」「やはり家に上がる仲なんじゃないか!」という叫び声が聞こえた気がするけれど、多分空耳だろう。




