女装男子のお誘い
「くーろかーわさんっ」
未有に地雷メイクの手本を見せてもらった翌日の放課後、索理は窓際でむすっと頬杖をついている女子生徒の対面に座った。
対する未有はスマホに集中している。一瞬索理に対して鬱陶しそうな目を向けたが、返事もせずにまた視線を落として操作を再開。指を上下に滑らせて、たまに画像を拡大してはいいねをつけていく。どうやらSNSアカウントの巡回をしているらしかった。
「あれ? 聞こえてない? ノイキャンイヤホンでもしてる?」
おーい、と未有とスマホ画面の間で手を振ってみるが、今度は手の甲でぱしりと払われた。その不愛想さに頬を膨らませ、索理は更なる攻勢に出る。
「とりゃ。ほりゃ」
「あっ、おい、こら! 勝手に画面触んな、どこ見てたかわかんなくなるだろ!」
「黒河さんが無視するからでしょ! 用があるんだけど!」
「こっちにはねーんだよ、つか学校で話しかけてくんな、用があるならDMよこせっつったろ!」
「送ったけど返信来ないんだもん! あと、学校でも好きに話しかけていいって言った!」
「ありゃ社交辞令みたいなもんだ! 大体あたしらそんな仲良くないだろうが!」
「そんな……家にまで上げてもらったのに……」
「あんな気まぐれを例に出されても困る。今日は気分じゃねー。つか、夕木お前」
未有の視線が鋭くなる。
「教えてやったのに地雷メイクじゃねーのかよ。いつものじゃん、それ」
「そりゃあ、一発で習得できたら苦労しませんとも」
「……ま、そりゃそうか。昨日はあたしが全部やっちまったしな」
僅かに緩んだ空気を見せた未有に、索理は鞄からメイク道具を引っ張り出し、目を輝かせた。
「それで、今日もメイク教えてもらいたいんだけど! ほら、今日は家で使ってる道具も全部持ってきたし、これでやれる範囲で」
「調子に乗んな」
「ふぎ」
額に未有のチョップが入り、索理の喉から潰れたような声が出た。
「あたしだって毎日暇なわけじゃねー。大体、見本を元にして自分で練習しようって気概はねーのかよ」
「練習したよ? 徹夜でやったからクマができちゃった」
「化粧の上からじゃわかんね」
「なら落として確認してみる? 練習するならどうせ落とさなきゃだし」
「ああ言えばこう言う……」
呆れたように目を閉じ、ため息をつく未有。思ったより機嫌が悪いらしかった。もしくは昨日がたまたま機嫌のいい日だったのか。その乱高下が自分のせいとは思いたくないが。
とはいえ索理も、タダで教えを請おうというわけではない。自分のスマホ画面を見せつけつつ、未有に迫った。
「ここのスイーツ、オススメなんだけど……どう? 行きたくない?」
「む……」
索理が差し出したのは、駅近くにあるクレープ屋の商品画像だ。味はもちろんのこと、そのSNS映えを意識した見た目が若者人気を博している。実際、索理が見せつけたイチゴクレープの写真は、生クリームがたっぷりと絞られたところに可愛らしいキャラクターのクッキーが乗せられていて、未有の視線は釘付けになっていた。
地雷メイクの試行錯誤をする傍ら、索理は未有が運用しているメイクアカウント『まいんちゃん@はたらきたくない』を数か月分遡った。ご丁寧に認証マークがついている。これだけフォロワーが多ければ、アカウント運用だけでそれなりに収入があるのかもしれない。
そこから得られた情報として、まいんちゃん=未有は索理と同じでスイーツ好き、という事実が浮かび上がってきた。自撮り写真の間によくスイーツの画像が挟まっているのだ。それも数日に一回という頻度で。これを逃す手はないと、索理は作戦を準備してきたのだった。
「昨日のお礼も兼ねて、ってことでどうかな? ここ、他にもお願いしたらチョコペンでお絵描きしてくれたり、いろいろサービスしてくれるんだよ。今の季節にぴったりのフロートとかもあるし。もちろんボクがご馳走するし、写真撮ったら映えそうじゃない?」
索理がクレープ屋の魅力を口にするたび、未有の指先がぴくり、ぴくりと反応する。カラコンの奥で瞳が輝きを増しているような気がした。
「わかっ……た」
しばしの逡巡の末に、未有はそう絞り出した。
「いいの?」
「そんな嬉しそうな顔することかよ。ほら、あたしの気が変わらないうちに早くしろ。トッピングまでマシマシでいいんだろうな」
「仰せのままにっ」
フリルの目立つ手提げ鞄を手に立ちあがった未有に、索理の顔は満面の笑みになった。
……という一連の流れを、教室の出入り口に隠れてこっそり覗き見ていたのは、藍と真宵の二人。
「……真宵ちゃん、あれは完全に」
「間違いないだろう。昨日の写真はあの二人で間違いない」
唇を噛みながらも断言する真宵に、藍は握り拳を固める。息を殺して隠れている状況でなければ、机でもなんでも殴りつけていたかもしれない。それほどの感情が渦巻いていた。
真宵も普段の冷静さを欠こうとしているのか、湧き上がる気持ちにわなわなと肩を震わせている。
「どうする、追いかける?」
「そうしたいところだが、私は部活があるからな……」
「そっか、そうだよね……というか、わたしも遅くならないうちに帰らないと、ごはんの支度が……弟がお腹空かせちゃう」
ままならないものだ、と頭を悩ませる。
「……ねぇ真宵ちゃん、あの二人ってあの調子だと、今日も黒河さんちに行くよね? それって真宵ちゃん的には許せるのかな」
「許せるわけがないだろう、索理を手籠めにするのは私だ」
「手籠め、って言葉を、手籠めにする側が使うのってあんまり聞かないかも」
「細かいことはいい。──だが、そうだな。一日部活を休む罪悪感と、この気持ちを天秤にかけることなどできはしない。というか本末転倒だ」
真宵は部活を頑張りたいのではない。索理を手に入れるための自分磨きとしての一環でしかないのだ。
「──わたしも、確か冷凍食品のおかずが残ってた気がする。炊飯器は予約してるし、連絡さえすれば遅くなっても問題ないかも」
夕飯という課題もクリアできなくはない。明日の弁当に入れるはずだった分を夕飯として扱えば、ひとまず凌ぐことはできる。
顔を見合わせる。次の一瞬で、二人はそれぞれ自分の携帯電話を取り出していた。
「すみません、今日の部活なんですが、事情があってお休みしたいのですが……」
「蒼ごめん、今日のごはん冷凍でもいい? うん、ちょっと遅くなりそうで、簡単に済ませてほしいんだけど……」




