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第二話 鍛錬

「おはようございます、お嬢様」



真っ黒な背広に黒のネクタイ。

葬儀屋のような服装の男。

この屋敷の中でも一際異彩を放っている男だ。


華美という概念を一切廃している。




私は姿見の前で既に拳を振っていた。

腰を落とし、正しく直線に振る。

この姿見は私の全身を正しく映す。

初歩的な鍛錬における姿勢の確認にはとても都合が良かった。




挨拶をして室内に入ってきた男は黙って着替えを用意し

持ってきたポットでティーカップに紅茶を注ぐ。


茶は……少し苦手意識が芽生えていた。

だがまぁそれはいい。


ただ、私はその男の動作音に意識をそがれる感覚が不愉快だった。


圧倒的に鍛錬が足りてない。

下がらない腰、空を切る音すらしない拳。

幸いここに敵はいない。

じっくり専念は出来る。


それでも私は焦っていた。

時間が惜しい。



だがこの男はそれを妨げる。

苛立つように私は言った。


「用が済んだなら下がれ、気が散る」

「私の職務は、お嬢様の教育です。これからがその時間でございます」

「お前に武道の嗜みがあるのか?」

「多少は。しかしお嬢様のようなスタイルは斬新ですな。はじめてみます」

「ならお前が私に教える事はなにもない、去れ」



そう言うと男は困った様子で顔に手を当てた。


……ふん。

どうせこの男に何が出来るわけでもない。


「お嬢様、貴方の護衛は他の者に任せておけばよろしいのです。

 お嬢様にはもっと他に学ぶべきことがあります」

「断る。私が強ければ護衛など必要ない」

「他にもっとやるべきことがあると申しているのです」

「そのようなものは存在しない」


すると男は両手を広げてやれやれと言ったポーズをした。

私は少しだけイラッとしたが拳を振るのをやめなかった。


「お嬢様」


うるさい男だ。


「まずそのお嬢様というのをやめろ」


今の私は『お嬢様』なのだと、頭ではわかっている。

だがその言葉は無力なものの象徴に感じられて私は嫌いだった。


どうせこの男は、私を『お嬢様』という枠にくくって扱うに違いない。


「では……エリザベート様、いえリズ様でいかがでしょうか?」


……。


「好きに呼べばいい」

「わかりました、リズ様。では改めて教育の大切さについて

 『リズ様』が理解しやすいように説明いたします」


「……なんだと?」


私は姿勢を解いて、この執事、ヨハンの目をみた。

食えない男だ、私の眼光を涼しい顔で受け止めている。


侍女たちは私が一瞥するだけで畏怖の顔を浮かべるのに。


「リズ様、私たちの世界で、礼儀作法を知らないということは

 貴方が強い弱いと関係なく『舐められます』よ」


「弱きものが私を下に見たところでどうしたというのだ。

 その行いに意味はない」


「意味はあります、リズ様が舐められる、それすなわち

 ローゼンタール家全体が低く見られます」


「そんな事は私に関係はない」


ヨハンは、私の回答に言葉を止めた。

揺るぎない信念、それこそが私の信じるものだ。


「……仕方ありませんな、では」


そういうとヨハンは私の前まで歩いてきた。


歩幅は均一、この男、多少と言っていたがおそらく『出来る』

私は構えた、だがヨハンはまっすぐ向かってきた。


私は拳をまっすぐ振り抜こうとした。



ヨハンはそれをすっと片手で止めると、ハンカチーフを取り出して

私の顔に滲んでいた汗を拭き取った。


「身だしなみは大切ですからな」

「ふん、くだらない」


ヨハンという男は『型にとらわれない』らしい。

ただの執事ではないようだ。



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