第二十五話 アルフォンス・ヴァルディエール
決闘の前日、俺は一通の手紙を受け取った。
俺が唯一、生涯の友であると認めた男。
その男は己の研鑽に一切妥協をせず
常に強くあろうとした。
だがそれは不器用さからくるものでもあったのを
俺は知っていた。
手紙を見た瞬間、俺は軽く笑ってしまった。
実に彼らしい内容だった。
アルフォンスへ。
いや、殿下と書くべきなのだろうな。
まずは、エリザベート嬢の治療をしてくれたことに感謝する。
君が決闘を申し込んだことを聞いた。
君が彼女を許さない事を止める気はない。
ただもし俺のためを思っているのであれば
それは不要な気遣いだ。
だがきっと君は止まらないだろう
昔から君は頑固なところがあった。
検討を祈る。
セオドア・グランツ
俺は笑わずにはいられなかった。
一番頑なで頑固な奴に頑固だと思われてたとは。
少なくとも俺はお前よりは柔軟性があるぞと。
……と、いつものように隣にいたら、言っていただろう。
許さない、か。
俺は自問した。
本当に許せないのか?
俺はただの1個人ではない。
この国の次代を担う王子という立場だ。
それが個人的な理由で決闘をしようとしている。
父にもその事を問われた。
だが俺は自分をこのままでは許せなかった。
父はそれ以上問い詰めてくることはなかった。
俺は民草のために生きる運命を抱えている。
俺の情で行動するなど言語道断だ。
わかっている。
わかっているが自分が抑えられない。
だから、これが最初で最後だ。
俺はセオの手紙を握りつぶし、ゴミ箱に入れようとした。
……が、思いとは裏腹に手紙を畳み直し、机の中にしまった。
こうして決闘の日の朝を迎えた。
そう、何も恐れることはない。
だが今日の決闘は意味が違う。
これは決闘と言う名の処刑だ。
戦う前から全てが終わっている。
彼女の行動パターンは全て解析済みだ。
脅威的なのはあの爆発的なまでの突進力と一撃の重さ。
俺とて喰らえば一撃で倒される危険はある。
だがそれは届かない。
2戦目であれば危なかったかもしれない。
だが、彼女が槍を使うという事はもうわかった。
セオは魔法で槍を捌いた、故に距離を詰められた。
俺は魔法では捌かない、避ければいいだけだ。
俺はいつも通りに身支度をしてもらい
朝食を取ったうえで、学園に向かった。
そしていよいよ決闘の時間は訪れた。
彼女の死に装束はセオと同じ。
槍に身動きのしやすいドレス。
いずれも魔封じの刻印が施されている。
いいだろう、セオと同じく、学園を去るのであれば
その在り方は美しくもある。
「二人とも、白線の位置に立って!」
俺は散歩するように前に歩いた。
相手は気合十分、だが俺に気負いはなかった。
頭の中で整理する。
直線的回避は危険。回避は横に移動することが大事。
魔法は迎撃ではなく、相手の命を刈り取るために撃つ。
相手の攻撃は体捌きで処理する。
そして俺には一つの考えがあった。
それはおそらく勝負を決める。
「両者構えて……」
セオの時と全く同じ構えだ。
俺は胸元から細くて短い杖を取り出す。
ローゼンタールの狂犬。
君はまっすぐ俺を見るが、何を考えているのだ?
彼女の思考だけは最後まで俺は理解できなかった。
だがそれならそれで構わない。
その自らの決断を悔やむがいい。
「始めっ!」
俺は彼女が動き始めると同時に横に回避し、足元、左右を爆発させた。
案の定彼女は俺にめがけて突進してきていた。
爆発は、魔封じの刻印で軽減されていたが
既に彼女は負傷していた。
俺は彼女の逃げ道を塞ぐように、敢えて横や後ろに魔法陣を配置して
魔法を浴びせかけつつ、曲がるように体を捌いた。
案の定彼女は距離を詰められない。
正面から突いてくる槍は全て体で回避している。
彼女は後方からの魔法に神経を削られている。
距離は縮まらない、一方的な展開。
わかりきっていたことだ。
だからこれは処刑。
実際に殺すことはないが、彼女は社会的に抹殺される。
本当にこの様な八つ当たりを
していいのかという気持ちが無くもない。
だがそれ以上にこの女を叩き潰したい
という衝動のほうが遥かに勝っていた。
もはや彼女は全身ズタボロだった。
それでも彼女は歩みを止めない。
むしろ彼女の槍は鋭くなっていた。
並の人間ならこの年齢でそこまでされて
勢いを削がれないのは、もはや狂気と言える。
このまま引きうちをしていれば、いつか彼女は倒れるだろう。
だが俺はそれを『許す』気はなかった。
敢えて俺は一度だけ、彼女の突きを直線的に、ギリギリで避けた。
彼女はここぞとばかりに無理に槍を更に伸ばしてきた。
その瞬間、俺は槍の結び目の部分に杖を当てた。
プツンっという音とともに杖は爆発を引き起こし
その結果、彼女の槍は砕け散った。
俺は勝利を確信し、だが油断無く。
直ちに杖を彼女に向けて魔法を放とうとした。
その刹那の瞬間であった。
彼女は俺の眼の前にいた。
その一撃は間違いなく俺を刈り取る、避ける自信はない。
ならば魔法を撃つ……いやこの射程で
彼女を止めるだけの魔法を打てば彼女は高確率で死ぬ。
判断するだけの時間はない、だが俺は迷った。
王族たるもの、民を殺すのは違う、だが負けるのも違う。
おそらくこの気の迷いは1秒にも満たなかったはずだ。
だが戦いにおいて1秒は長過ぎた。
俺の胸元には強烈な拳の一撃がめり込むほどに打ち込まれていた。
致命的だった。呼吸が出来ない、体は動かない。
それでも俺は杖をなんとか動かそうとした。
だが俺の手元から杖は転がり落ちた。
万に一つもない。思い上がったその俺自身が敗因だったのだ。
俺はゆっくりと闇の中に沈んでいった。




