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第一話 可能性

私は目覚めた。

見覚えのない装飾の施された電灯のある天井。


室内だというのはわかる。

かなり豪華な室内だ。とても広い。

ただ私が知る文化とは違う。


西洋的、といえばいいか。

そのベッドに私は埋もれていた。




……視界が低い。

私は元々背が低いが、いつもはもっと目線が高い気がする。

この高級感のあるベッドが柔らかすぎて体が沈んでいるせいだろうか。


しかし私は起き上がろうと体を動かすと、更に大きな違和感を覚えた。


何か「届かない」感覚。




体を触る。私はその感触に冷や汗をかいた。

年を取って、乾いた、ざらついた皮膚の感覚がない。

ツルツルとして、それでいてしっとりとした皮膚。


すぐに手を見た。

岩のように鍛えた拳が、そこにはなかった。


私は激しく動揺し、何が起こったか理解するために

無意識に周囲を見回した。その時だった。

巨大な姿見があった。

私は馴染まない体を起こしてその前に立った。




一体何の冗談だ……。

その鏡は残酷な事実を白日のもとに晒した。


体は小さいどころではない。子供だ。

そして腰まで伸びる長い髪。

どことなく、華美な意匠の寝具。


女だ。


理解不能――。

一瞬私の思考は停止しかかった。

だがそれ以上に状況の奇妙さからくる混乱が勝った。


ふと浮かぶ仮説。

私は何かの間違いで若返ったのかと思った。


しかしそれならば、体は男のものであるはずだ。

ありえない。私の理解では追いつかない。

いや仮に他の人間であっても理解できるものとは到底思えない。




頭の中で今まで築き上げたものが全て崩れるような感覚。

全てが白くなっていくような、空白感。

だが私の脳裏に焼き付いたものが体を動かした。




私は腰を静かに下ろした。


しかし私はそのまま転んでしまった。


再び立ち上がる。

構えを取る。




……取れない。

また私は倒れてしまった。



仕方なく、体を起こし、腰を落とすことは諦める。


今度は拳を振った。




拳は正しい直線を描かず、そして風切音もならない。

あまりにも弱々しい。


それでも拳を振った。


意味はない。

……だが、続けて拳を振る。






その時ようやく思い出した。

私は毒を……。


あの時、意識は途切れた。私は死を覚悟した。


……はずだった。




私は周囲を見渡した。

毒殺では無く、幻覚を見せる薬の可能性を疑った。

今、襲われたら今度こそ終わる――。



……しかしあくまでも周囲は静かだった。




取り乱すな。

言い聞かせるように、再び拳を振る。


何度も振った。


体が正しいフォームを覚えていない。

直線を描かない。


だが、脳はそれを覚えている。


体に教えるように、丁寧に振った。


しかし、今度は体は限界を迎えた。





脱力する体。

そのまま床に仰向けに倒れ、大の字になった。


しかし脱力した体と周囲の静けさは

悪い意味で私を冷静にさせた。


原因はわからない、だが私の意識は古い体から

新しい体に移った。


そう考えるのが自然。

しかしそのような話は見たことも聞いたこともない。




改めて部屋を見直すと部屋は暗く静まり返ってきた。


私の気が狂ったのか?

それともここは地獄か?


いや輪廻転生、なのか?


生前、坊主の戯言かと思っていたが……


「すべてを失った……」


口に出すその声すらも、自分のものではない。

これが徳に背いてきた人生の対価だとでもいうのか?





もう、何も意味はない。

大の字のまま、天を仰ぐ。




しばらくした後、私は立ち上がった。


可能な範囲で少しだけ腰を下ろし、腕は円を描くように伸ばす。


站樁。それはすべての基礎。


拳を振るのはまだこの体には早い。




『お前は何故まだ体を動かす?』




拳は振れなくていい、今はまず体を作る。




『一体誰と戦うというのだ?』




意識を臍下丹田におろし、集中する。


そう、これこそが私だ。


失った? 確かに失った。


だが、これが私だ。


筋力が足らない。

気がつけば私はただ立っているだけだった。


立てればいい、まだ倒れていない。


たとえ悪い冗談だとしても、関係ない。

私は静かに心に火を灯した。


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