第十五話 帰宅
私たちはセオの馬車に揺られてそれぞれ家に帰ることになった。
ノエルははしゃぎ疲れたのか原木を抱えてすやすやと寝ている。
セオは私をずっとまっすぐ見続けていた。
やりにくい。
「言いたいことがあるならさっさと言ったらどうだ?」
「まぁ、そうですね。ただ今はお疲れかと思って」
「構わない。聞きたいことがあるなら言え」
「では……」
そこまでいって彼は言葉を止めた。
「貴方の家、ローゼンタール家では武芸を修めるのが習わしなのですか?」
「そんなルールはない」
セオはますます困惑した表情を浮かべた。
「聞くのは野暮かもしれませんが、リズ。
貴方は結婚願望はないのですか?」
「ない」
馬車の中は車輪と蹄鉄の音だけが鳴り響く。
「そうは言っても貴方、ローゼンタール家では1人娘でしょうに。
貴方が婚姻を結ばなければ、ローゼンタール家は……」
「知らん。私には関係ない」
「まぁ、呆れた。ご両親はなにも言わないのかしら?」
「父は病弱だ。あまり私には干渉してこないし
母は早くに世を去った。私に母の思い出はない」
「……それは……失礼いたしました。
しかし、ならば殊更家のことも考えたほうがよろしいのではなくて?」
「知らん。いいか悪いかは私が決める」
「そんなめちゃくちゃな……」
「まぁ、リズは僕らとは違う理で生きてるのはわかるよ」
違う理、か。
私にはその理屈はいまいちわからなかった。
「君が家を尊重しないのはわかった。
だがその生活や衣服は貴方の先祖が残した功績によるものだ。
それを貴方が1代で破壊してしまうのは正しいことなのかい?」
「別に望んだわけではない。
が、失うのであればそれはそれでいい。
掴み取るのは自らの力であるべきだ」
「それが、君が武芸を修める理由かい」
私はその答えに少しだけ戸惑った。
「ああ、そうだ」
違うかもしれない。
厳密には迷ったことがなかった。
「であれば僕もリズと変わらない。自らのために
自らの家門を守るために杖を振る」
魔法、か。使えないためあまり考えてこなかったが
魔法にも修練はあるのだろうか。
「魔法にも鍛錬は存在するのか?」
「まぁ貴方らしい発想ですわね」
「もちろん、ある。それは――血が滲むような努力が求められる」
そう語るセオの目には何かが宿る物を感じた。
「ならば何故私のみを異端と思う?
お前達は研鑽する。私も研鑽する。何が違う?」
「呆れた、未だに自分が真っ当だと思ってらっしゃるの?」
「別にそうは言っていない。ただ結論は同じだと言っている」
すると彼は私に少し顔を近づけて言った。
「そう、確かに結論は同じ。だけど過程が違う。
我々は貴族だ。特権階級であるのは我々が責務を果たす対価として
得られているものだと僕は理解しているよ。
しかし君はそうじゃない」
「なんだ、私が正しくないと断じたいわけか?」
「そうじゃない、ただ責務を放棄した上で君は自分を研鑽している。
それは何故だといっている」
「二回同じ話をするのは好きではないぞ」
そう言うと彼は押し黙ってしまった。
「貴方、セオドア様に対してちょっと礼節に欠けているのでは?」
「うるさいやつだな。礼儀がほしいなら私とかかわらなければいいだろ」
実際多くの人間はそうしてる。
「はは、素直に言うとね、多分僕は君に嫉妬しているんだと思う」
「嫉妬?」
自由に生きてる自負はあるが嫉妬されるほど
理想的な人生を歩んでるつもりはない。
「君は選んで進んでいる。僕らには選択肢はない。
最初からやるのが当然の世界だ。下りることは許されない」
「それは下りられないと勝手に決めつけているのでは?」
「確かに君の言う通り、厳密には下りれない訳じゃない。
だが僕が降りればそれは自分だけが失うわけじゃない。
君はそれを真っ先に切り捨ててる。それが僕らには不思議に映る」
「なるほど、それは覚悟の差だ」
「覚悟?」
「私は人に疎まれる覚悟をしている。
お前たちはそこを覚悟できない代わりに
切り捨てない覚悟をした。ただそれだけのことだ」
その後は、馬車の中は至って静かだった。
セラを見送り、すっかり眠りこけたノエルを送り届け
そして私とセオは二人きりになり、それでも場は沈黙し続けた。
そして私の家の前に馬車はついた。
私は1人、降りようとした時、彼は手を掴んで止めた。
「君は疎まれる覚悟をしたと言ったが……
あの決闘の意味は自分のためではなかったと思う。どうなんだ」
私はその手をそっと振り払うと言った。
「自分の手の中にあるものを奪われそうになった。
だから邪魔者を排除した。ただそれだけのことだ」
「君は矛盾してる……」
「そうかもな」
「だが、矛盾しながら純度を高めている。
……尊敬に値するよ」
「戯言を……」
私はそれ以上の会話を避けるように馬車を降りた。




