第十一話 狂気
あの決闘、そしてセオとの出会いから数日がたった。
なんてことはない、何も変わらない日々が続いていた。
ただ一つ変わったことがあるとすれば
体調の都合で休んでいたセラが再び学園にやってきたことだ。
しかし違和感があった。
久しぶりに登校してきた時、彼女の周りには取り巻きがいなかったのだ。
彼女はいつも様々な者たちに取り囲まれて生活していた。
最初はただの人気者なのだろうと勝手に思っていたのだが
彼女の体調を心配する者も、彼女に気さくに話しかける者も
誰もいなかったのである。
当然、セラの表情は硬かった。
まるで周囲はセラがいないかのように扱っていたのだった。
ただそれは別に驚くことでもない。
なぜなら私は初めからそこに立っているからである。
休み時間に私は彼女の席に何気なく歩いていった。
無表情で過ごしていたセラの顔が憎悪に歪む顔になった。
「何かしら、敗北者を眺めて悦に浸りに来たのかしら?
だとしたらなかなかいい趣味をお持ちですわね」
私はその言葉を無視した。実にくだらない。
「いつもお前にハエのように集ってた連中はどうした」
私のその言葉に何人かの生徒が反応したのを感じたが
当たり前のようにそれも無視した。
「わからないのですか? 敗北者に従う者などいないのですよ」
セラは顔を斜めに落とし、無念さを滲ませていた。
敗北の味。
私も『昔』は若い頃、敗北した時の苦い思いは今も忘れていない。
それは戦った者にしかわからない。
敗北とは、外部からの否定だ。
外界から自分が間違っていると突きつけられる否定。
これほど苦しいものはない。
だが。
それを克服するのは自分自身の手によってしか成し遂げられない。
そんな時だった。
教室の外側が騒々しかった。
ざわついた教室の外から1人の男の影が現れた。
「エリザベート・フォン・ローゼンタール」
私の名を呼ぶその冷たい顔は見覚えのある例の男だった。
「リズでいい、私に殴られたくなかったらな」
私はその射抜くような冷たい目が不快で
少し当たりの強い言葉が出た。
「わかったよ、リズ。少し話をしたいと思ってきたんだが
今日はお友達と大事な話をしてるようだから失礼させてもらうよ」
そう言うとセオはゆったりと、どこか涼しげな態度で去っていった。
一体何なんだあいつは。
「セオドア・グランツとは、これまた随分な人物に目をかけられたわね」
「なんだ、知り合いか?」
そういうとセラは呆れた表情を私に向ける。
「交友関係はありませんわ。有名人ですから。
名門グランツ家の次男で8人兄弟の中でも最も次期当主に近いと
言われる人物ですわ。知らない貴方がおかしいだけです」
「どこの誰かが当主になるとかどうでもいいだろ」
「本気で言ってるんですか? だから貴方は……
この貴族社会において女性のステータスは婚姻関係となる男性が
如何に強い立場であるかで測られる。
だから男性の立場が興味関心を抱かれるのは当然の話ですわ」
心底どうでもいい話だ。
私は頭をかきながら言った。
「そういえばノエルも似たようなことを言ってたな。
そんなに大事かそれは?」
「大事ですわ、自分の人生が変わるのですから」
「じゃあセラは結婚出来なかったらもう人生が終わるのか?」
「そ、それは……」
珍しくセラは狼狽していた。
まぁそもそも想定してなかったのだろう。
「お前はそれで諦めるような奴じゃないだろ。
つまりそれは『終わってない』んじゃないか?」
「そんな根性論で世の中渡っていけるほど甘くはないですわ。
もっとも最初から全てを捨ててる貴方には関係ないかもしれませんが」
余計なお世話だ。
だが人からは私はそう映るらしい。
「ただ、貴方の言うことも一理ありますわ。
私も、ここで諦めるほど潔い人間じゃありませんから……。
貴方、ただ生意気なだけだと思ってたけど、なかなか面白いわね」
セラは少しだけ元の顔つきを取り戻したように見えた。




