第十話 理屈
「それで? わざわざ二人きりになったけど。
まさか本当にデートの誘いってわけでもないんだろう?」
私はわざとからかって相手の出方を伺った。
しかしこの男は感情が表情から読み取りにくい。
消しているわけではないが、元々顔に出にくい質のように見える。
「君は確か、今年第二過程に入学してきたばかりだったよね?」
「ああ、そうだ」
「その若さでよくそこまで体を鍛え上げてる。称賛に値するよ」
「そりゃどうも」
いまいち意図が見えてこない。
流石に持ち上げるためだけに私の前に現れたわけでもあるまい。
会話がいまいち続く感じがしない。
私は紅茶をすすった。
「君は何故魔法を使おうとしなかった?」
「使おうとしなかったんじゃない、私は魔法が使えない」
「それは、冗談ではないのかい?」
「嘘を言ってどうになる」
最初少し馬鹿にしてるのかと思ったが
彼は至って真面目だということに気が付き、咎めるのはやめた。
ここに来て彼は初めて口元に手を当てて少しだけ顔をかしげて見せた。
「それでは君は、魔法は使えない。
身体的にも体が大きい男というわけでもない。
それでもそこまで体を鍛えたというわけか」
そういうと彼は再び私を凍ったような表情でまっすぐ見つめたあと
静かにまぶたを閉じた。
いまいち何を考えているのか読み取りにくくてやりにくい。
「一体何のために?」
「……」
この世界に囚われてから、その問いを投げてくるものはいなかった。
ヨハンはきっと敢えて聞かなかった。
他の周囲の者は聞く前に狂っていると断じた。
だから私は「これが当たり前」だと思っていた。
私は目を閉じて、『前』の記憶を掘り起こす。
毒を盛られた苦い思い出が通り過ぎる。
そのさらにもっと前、私の原点だ。
今となってはその頃の気持ちは思い出せなくなっていた。
だが、必死になっていたあの事を思い出した私は答えた。
「きっと、それしか知らなかったのだろう」
すると彼の顔が少しだけ動揺したように思えたが
すぐに冷たい表情は元に戻った。
「なるほど、君は選択した上で、その道を歩んでいるのか」
私は魔法を知らない。
だが彼の佇まいが彼の力量を物語っている。
しかしそれが努力の賜物なのか、はたまた天賦の才なのか。
知る余地もなかった。
「あんたはどうなんだい」
そう言うと彼は全く表情を変えず、つまらないことだと言わんばかりに言った。
「僕にとって、魔法とは、強さとは義務だ」
「義務? 軍人かなにかの家系か?」
「そうじゃない。だが僕の家において敗北は死より重い。
ただそれだけだ」
私は呆れた。
理解できない。
負けた結果、殺される。
それはまだわかる。そういう世界もある。
だが死より重い?
その理論は馬鹿げていると何故か感じたのだ。
「死より重いだと? あんたはそれをどう思ってる?」
「はは、君は考えてる事を全く隠そうとしないね」
「隠して何の意味がある?」
彼は初めて笑顔を見せて言った。
「この貴族の社会で君の在り方はデメリットでしかないよ。
だけどそれは……そうだね、何故か心地よさを感じる」
「私からしてみれば周りがくだらないだけだ」
「言い切るね、なら僕の答えを言おう。
『実にくだらない』、だが無視は出来ない」
「何故だ?」
再び彼の表情は凍りついていった。
「君と同じだ、物心ついたときからそういうものだと思っていたからだ」
……確かにそうかも知れない。
だが何故かズレを感じずにはいられない。
「だがそれは違う。私は選んだ。お前は……選べたのか?」
「そこに意味はないよ、ただそうなってしまった。
過程に目を向けても仕方ない。だが結果として君と僕の在り方は似ている」
私はその回答に納得はできなかった。
同じ道だが、根源が違う。
しかし私はそれ以上彼に何かを語ろうとは思わなかった。
口で相手を言い負かしたところでなんの意味もないのだから。




