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第八話 気づき

進化の力は、哲郎だけのものではなかった。

最も近くにいた敦子もまた、進化者であることを告げる。

信じたい愛と、深まる疑念。

記憶の靄と、隠された真実。

夜の闇の中で、二人の関係は新たな「気づき」に揺れ始める。

読んで頂けると幸いです。

夕暮れの海辺は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。波が穏やかに寄せては返し、空は群青色に染まりつつある。僕と敦子(あつこ)は砂浜を並んで歩きながら、時折笑い声を交わしていた。

「ねえ、あの雲、イルカに見えない?」

「えー?どこどこ?…あ、ほんとだ!でもちょっと太ったイルカだね」

「それは俺の描写力のせいじゃないってば」

潮風に髪をなびかせながら、敦子(あつこ)はくすくす笑った。気まずさなんて、波にさらわれてしまったみたいだった。足元の砂に残る足跡が、ふたりの距離を少しずつ縮めていく。


「また会ったわね」

その声は、柔らかくも鋭く、耳に刺さるような響きを持っていた。反射的に振り返ると、そこに立っていたのは——駅で倒れていたあの女性だった。

彼女は、まるで何事もなかったかのように涼しい顔で立っていた。黒髪を肩まで垂らし、白いワンピースが夕日の光を受けて淡く輝いている。目は相変わらず冷静で、何かを見透かすような光を宿していた。


「あなた、いい加減にしてもらえない?」

敦子(あつこ)が一歩前に出て、声を荒げる。怒りの音が僕の耳に響く。金属がぶつかり合うような、鋭く不快な音だ。

「私たちは忙しいの。あなたの相手なんてしてられないんだから」

その言葉に、女性は肩をすくめて微笑んだ。

「そんなつれないこと言わないでよ。あななたち進化者に話があるんだから」


進化者——その言葉に、僕の心臓が跳ねた。

やはり彼女も進化した人間なのか。どうやって僕の進化を見抜いたのかはわからない。だが、確信を持っているようだった。能力なのか、それとも別の方法か。

「何言ってるの?変なこと言わないで、さっさとどっかに行ってよ」

敦子(あつこ)の怒りは収まらない。無理もない。僕が見知らぬ女性に絡まれているように見えるのだから。


「そんなに怒んなくてもいいじゃない」

女性は敦子(あつこ)に視線を向け、少し首を傾げて言った。

「あなた?…もしかしてその人に、自分の進化のこと言っていないの?」

その瞬間、敦子(あつこ)の心が驚きと戸惑いの音を奏でた。まるでガラスがひび割れるような、繊細で不安定な音。


「どういうこと?」

僕は思わず敦子(あつこ)に問いかける。だが、彼女は言葉を詰まらせている。

「なるほどね。さっき私を突き放そうとしていたのは、進化をその男にバレたくなかったからなのね」

「ちょ、ちょっと!勝手に変なこと言わないで!」

敦子(あつこ)の声が震える。怒りと焦りが混ざった音が、僕の耳に痛いほど響く。

「あ〜だんだんわかってきた。あなた、その男になんか能力使ってるんじゃないの?」

僕の頭の中は、すでに真っ白だった。

言葉が、意味を持たずにただ流れていく。

敦子(あつこ)が進化者?

敦子(あつこ)が僕に能力を使っている?

記憶の靄——あの違和感が、再び胸の奥でざわめき始める。


敦子(あつこ)……」

僕は彼女の名前を呼ぶ。問いかけるように、すがるように。

哲郎(てつろう)、あんな変な女の言うこと、真に受けないで」

敦子(あつこ)の心が、けたたましく警戒音を鳴らしている。まるでサイレンのように、僕に近づくなと叫んでいる。

「ちょっと変な女って言わないでよ。ちゃんと名前あるんだから」

女性は口元に笑みを浮かべながら言った。

「私は新藤 弥生(しんどう やよい)。あなたたちと同じ進化者よ」

「といっても、敦子(あつこ)っていうのかな。その女は今は話もできる状態じゃないから、今日は帰るわ」

「また、近いうちに会いましょう」

そう言い残し、新藤 弥生(しんどう やよい)は夜の闇へと消えていった。

彼女の背中は、まるで何かを背負っているように見えた。

その姿が、妙に印象に残る。


すでにあたりは暗くなっていた。街灯の下、僕と敦子は立ち尽くしていた。

哲郎(てつろう)……」

敦子(あつこ)が静かに口を開く。

敦子(あつこ)、本当なのかい?」

僕の声は、震えていた。

信じたい。でも、信じきれない。

彼女の目を見て、答えを待つ。

哲郎(てつろう)も進化したんだよね」

「……うん」

「私も進化したの」

その言葉は、静かに、しかし確かに僕の胸に突き刺さった。

「でも、哲郎(てつろう)を愛しているのは本当よ」

その一言が、逆に僕の疑念を深めた。

「でも」と言われると、何か後ろめたいことがあるのではないかと勘繰ってしまう。

進化した者同士——その関係性に、何か秘密があるのではないか。

今ここで話を深掘りしても、良い結果にはならない。

そう直感した僕は、静かに言った。

「今日は帰ろうか」

敦子は黙って頷いた。

その目には、言葉にできない感情が渦巻いていた。

——進化の事実。

——記憶の靄。

——そして、愛の真偽。

夜の闇は、すべてを包み込むように静かだった。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

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