第六話 出会い
進化によって得た力を、静かに見つめ直す哲郎。
強さ、感情を聴く耳、癒しの力──それは確かに彼の中に宿っていた。
穏やかな日常の延長にあるはずの旅路。
しかし、その先で待っていたのは、同じ「進化」を知る者との邂逅だった。
出会いは偶然ではなく、必然。
物語は、ここから新たな局面へと踏み込んでいく。
読んで頂けると幸いです。
進化によって得た能力を、改めて静かに整理してみる。
まず、身体の強化。筋肉が増えたわけでもないのに、体全体に力がみなぎっている。だが、日常生活ではその力を実感する場面は少ない。まるで自分の肉体が別物になったような感覚だが、鏡に映る姿は以前と大差ない。だからこそ、実感がわかないのだ。
次に、相手の気持ちが「音」でわかる能力。これは意識を向けた相手に限られるが、最近はほとんど敦子にしか使っていない。彼女の感情が、時に優しい旋律として、時に不安げなノイズとして耳に届く。便利だが、彼女の心の揺れを知るたびに、自分の無力さを突きつけられるようで複雑な気分になる。
そして、怪我や病気を治せる力。これはまだ試していない。試すために自分が傷つくのは本末転倒だし、誰かを傷つけてまで確かめる気にもなれない。だから、未確認のまま心の奥にしまってある。
病院では、医師たちを驚かせてしまった。あの事件の後、身体はまるでリセットされたかのように傷一つなく、健康そのものだった。進化の影響だろう。何より、以前よりも体の芯に力が宿っているのを感じる。まるで、内側から湧き上がる熱のようなものが常に自分を支えている。
ふと、ソファーに目をやる。以前は敦子と二人がかりでやっと動かせた重さだった。試しに片手で持ち上げてみると、驚くほど軽い。まるで発泡スチロールでも持ち上げているかのようだ。風呂上がりの鏡に映る自分の体は、心なしか筋肉が引き締まって見える。思わずポーズをとってみたが、背後から敦子の視線を感じて赤面する。
「哲郎〜」
「なに?」
「せっかく当分休みなんだから、気分転換に遠出でもしない?」
その言葉に、脳裏をよぎるのはあの犯人の存在。だが、敦子は僕の表情を読み取ったのか、すぐに言葉を重ねてくれた。
「大丈夫だよ。あいつもこの辺にいるんだろうから、遠くに行けば出会わないよ」
その通りかもしれない。だが、もし再びあいつに出会ったら——。以前の僕にはなかった、復讐心のような怒りが胸の奥で静かに燃えている。
「そうだね。じゃあ、どこに行こうか」
「三重県に海鮮食べに行きましょうか」
「いいね」
家を出て駅までの道のりは、どこか落ち着かない。だが、電車に乗り込んだ瞬間、その不安は霧のように消えていった。久しぶりのデート。美味しいものを食べて、敦子と笑い合える時間が待っている。
近鉄の車窓から流れる景色を眺めながら、二人で缶ビールを開ける。平日の昼間、空いた車内。少しの罪悪感が、逆にビールの味を引き立てる。普段なら職場で部長に怒られている時間だろう。そんなことを思いながら、敦子との会話は自然と弾む。
駅に到着し、改札を抜けてトイレへ向かう。用を済ませて敦子のもとへ戻ろうとしたその時、視界の端に人だかりが映った。
なんだろう?
好奇心に突き動かされ、足を向ける。人々の隙間から覗き込むと、地面に人が倒れていた。
え?
誰も助けようとしないのか?
周囲を見渡すが、誰も動こうとしない。まるで時間が止まったかのように、ただ見ているだけ。
「大丈夫ですか?」
人ごみをかき分け、膝をついて声をかける。その瞬間——
腕をいきなり握られた。
「!?」
「みつけた!」
「え? 大丈夫ですか?」
その声に戸惑いながら顔を上げると、周囲にいたはずの人だかりが、いつの間にか消えていた。
どういうことだ?
目の前の女性は、僕の腕をしっかりと掴んだまま、静かに言った。
「あなた、進化した人でしょ」
その言葉は、まるで心の奥に直接響くようだった。
——出会ってしまった。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
更新頻度はゆっくりですが、続きを書いていく予定です。
楽しみにして頂けると幸いです。




