表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/47

第九章 第四十五話 トイレを綺麗にする能力

傷ついた隊員たちが絶えず運び込まれる医療区画。

肉体を癒す哲郎と、心を救う敦子。

二人が寄り添うように働くこの場所は、戦場の最前線とは違うが、確かに“戦いの只中”だった。

そんな日々の中で哲郎が身につけたのは、力づくではない、もっと静かな――そして誰より繊細な能力。

「心の汚れを落とす」という奇妙で、しかし確かな救いの力である。

読んで頂けると幸いです。

「まただ、哲郎さん、こっちの治療もお願いします!」

「はい、すぐに行きます!」

エヴォルド本部の医療区画は、今日も慌ただしい。戦闘で負傷した隊員たちが次々と運び込まれ、呻き声や看護班の指示が飛び交う。消毒液の匂いが漂い、緊張感が張り詰めていた。哲郎は肉体的な怪我の治療を担当し、敦子は心に刻まれた恐怖や嫌な記憶を消す役割を担っていた。二人は互いに背中を預け合いながら、日々の戦いの余波を受け止めていた。


ブルミシアと出会ってから一年が経った頃、リディーマーの攻撃はさらに苛烈さを増した。一般市民を巻き込む無差別な襲撃も増え、街は恐怖に覆われていた。政府は警察や自衛隊を派遣して鎮圧にあたったが、進化した能力者の前では歯が立たない場面も多い。しかも戦いは日本だけでなく、世界各地で同時に起きていた。まさに「テロ」と呼ぶべき状況だった。


エヴォルドは本来「進化の能力を社会に役立て、共存を目指す」国家組織であり、戦闘特化の人材は少ない。対してリディーマーは、捕虜の証言によればブルミシアから戦闘特化の進化を与えられているらしく、戦力差は広がる一方だった。哲郎を前線に出せば戦況は変わるかもしれない。しかし彼は「最後の砦」と呼ばれる存在であり、無闇に投入できるものではない。

「哲郎さん、少しだけ出てもらっていいですか!」

半年ほど前に加入した早瀬蓮が駆け込んできた。息は荒く、緊急性が伝わってくる。

「敦子、少し出てくる」

「うん……気を付けてね」

敦子の瞳には不安が宿っていたが、哲郎は頷き、早瀬とともに本部を飛び出した。

「山本さんは?」

「山本隊長は怪我をした隊員の救助に向かっています。今は佐山隊長が対応していますが、苦戦していて……」

佐山――スピードを武器に戦う隊長。哲郎は彼との訓練を思い出す。


「はぁ、はぁ……」

「哲郎さん、これぐらいのスピードはついてこれないと!」

「そ、そんなこと言っても……早すぎますよ!」

訓練場で必死に追いすがる哲郎。佐山は風のように走り抜け、銃を構えて標的を撃ち抜く。だが休憩中、彼はふと本音を漏らしていた。

「私は、本当はこの力をスポーツに使いたいんですよね」

「そうなんですか?」

「ええ。昔、長距離マラソンを少しやっていて……下手の横好きでしたけど。進化で得た力がスピードだった。でも、人を殺すために使うのは……やっぱり抵抗があります」

哲郎は真剣に答えた。

「大丈夫です。佐山さんの代わりに、僕が頑張ります」

「ありがとう、哲郎さん」


現場に近づくと、佐山が高速で動き回り、敵を翻弄していた。だがリディーマーの男は苛立ち、近くの道路標識を地面から引き抜いた。筋肉が隆起し、力を誇示するように振り回す。

「ちょこまかと動きやがって!」

怒声とともに標識が振り下ろされ、砂埃が舞う。佐山の頭に直撃したかと思われた瞬間――標識は動かなくなった。

「え?て、てめぇ……なんなんだ!」

哲郎が標識をがっちりと掴み、動きを止めていた。

「佐山さん、大丈夫ですか!」

「ありがとう、哲郎さん……」

哲郎は肉体強化の能力で標識を受け止め、さらに心の音を聞いた。雑音がひどく、洗脳されているのが分かる。男は必死に標識を奪い返そうとするが、哲郎は動じない。彼はもう一つの能力を発動した。

心の雑音は汚れたトイレのようだ。そこに手を伸ばし、浄化する。哲郎の掌から静かな力が広がり、男の体から黒い靄が抜けていく。男は地面に崩れ落ち、呆然と天を仰いだ。

「あ、あれ……?何であんなに憎かったのが……」

やがて我に返り、土下座して謝罪した。

「すみませんでした……気づいたら凄いイライラして、どうしてもエヴォルドの人たちを殺さなければって……何でそう思ったのか分からないんですが……」

哲郎は静かに頷いた。


彼は何人もの心を浄化してきたが、本人達に「あなたの心はトイレのように汚かった」とは決して言えない。

男の身柄を確保し、本部へ連れ帰る。

「いつもありがとうございます」

佐山が礼を言うが、哲郎は苦笑して答えた。

「佐山さんが気を引いてくれるから、僕が相手を倒せるんです。この能力は距離が近くないと使えませんから」

「怪我がなくて良かったです」

互いに安堵の笑みを交わす。

本部に戻り、敦子が駆け寄る。

「おかえりなさい……無事でよかった」

「ただいま」

その言葉に、哲郎は心からの安堵を覚えた。戦いが激化する今、これが彼らの日常だった。だが、互いに支え合い、心を浄化し続けることで、まだ希望は残されている。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

感想や評価をいただけると、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ