第四十三話 成長
哲郎と敦子がそれぞれの力と向き合い、“進化”の本当の意味に向き合い始めます。
ただ能力を得ただけの「偶然の強者」ではなく、自分の意思で前へ進む“成長する者”としての姿が描かれます。
二人の覚悟が未来をどう変えていくのか──物語は新たな段階へ。
読んで頂けると幸いです。
「はぁ、はぁ……」
哲郎の額から滴る汗が床に落ち、乾いた音を立てた。
呼吸は荒く、胸は大きく上下している。
それでも彼は、拳を握りしめて前を見据えた。
「もう一度お願いします」
ブルミシアと対峙して以来、哲郎は以前にも増して訓練に励むようになった。
自分の力がどこまで通用するのかは分からない。
だが、ここまで巻き込まれてしまった以上、敦子を──そして自分を守るためには、力をつけるしかない。
その思いが、彼を鬼気迫る勢いで突き動かしていた。
「哲郎さん、そろそろ休憩にしましょう」
訓練に付き合っていた山本が声をかける。
自衛隊上がりの彼ですら、今の哲郎との訓練は疲労を覚える。
少しでも気を抜けば、すぐに打ち負かされる。
──本当に数カ月前まで貧弱な男だったのか。
山本は心の中でそう呟いた。
二人はスポーツドリンクを手に取り、喉を潤す。
山本は心配そうに言葉を続けた。
「あまり根を詰めすぎると体を壊しますよ。はやる気持ちはわかりますが……」
だが、現実に狙われている哲郎の立場を思えば、軽々しく止めることもできない。
言葉はそこで途切れた。
「大丈夫です」
哲郎は笑顔を見せた。
「少し独自の訓練を取り入れてみたら、それが思いのほかうまくいっているんです」
「どういうことですか?」
山本が眉をひそめる。
「僕の力に治癒の力があるのはご存知ですよね」
「もちろんです。その力にどれだけエヴォルドの仲間が助けられているか」
「この力は、自分にも使えるんですよ」
山本は「だから?」という顔をした。
「訓練で筋肉痛になったり打ち身になったりしますが、ある程度のタイミングで治癒を掛けながら続けているんです」
「え?」
山本の顔が驚きに固まる。
「だから、身体の損傷は常に直しながらなので、超回復を常にしているような感じになっているんです」
──それは反則技ではないか。
山本は心の中で叫んだ。
その力の使い方ができるなら、訓練だけでなく戦闘でも応用できる。
ほぼ無敵ではないか。
「ですが、無敵ってわけではないんです」
哲郎は山本の心を見透かしたように続けた。
「常時治癒を使い続けることはできません。事後処理のようなものです」
「もし不意を突かれて意識を失ったり、狙撃で心臓や頭を撃たれたら、治癒する暇もなくやられてしまいます」
「だからこそ、やられないために山本さんに協力してもらい、格闘の訓練をしているんです」
「なるほど……本当に哲郎さんには色々と驚かされますね」
哲郎は少し息を整え、静かに言葉を紡いだ。
「進化というものが本当に必要かどうかはわかりません。正直、なくても今まで生きてきましたから」
「でも、それを言い出したら生物の成長は止まってしまう」
「今までないからそのままでいいわけではない」
「新たに得たものをどう使うか──それが進化であり、生物の成長なんだと思います」
その言葉に、山本は深くうなずいた。
哲郎の瞳には、確かな決意が宿っていた。
「そろそろ訓練の続きをしましょうか」
「はい」
二人は再び構えを取り、訓練を続けた。
一方その頃、敦子も自身の力と向き合っていた。
今までは記憶の改ざんで、つらい思いをした人を癒すために力を使ってきた。
だが、今は新しい力──遠くを見る力を得ている。
哲郎のように格闘はできない。
だからこそ、サポート役として彼を補佐したいと強く思っていた。
「私が今何してるかわかりますか?」
スマホから弥生の声が響く。
「今は手を振っていますね」
「正解」
続いて梨音の声が聞こえる。
「私は何してると思う~?」
「えっと……スタバでフラペチーノ飲んでます?」
「せいか~い」
「ちょっと梨音、ちゃんとやってよ」
「え~ちゃんとやってるよ~」
敦子の訓練には弥生と梨音が付き添っていた。
遠くを見る能力で、瞬時にどれだけ状況を切り替えて見られるかを試している。
弥生は一キロほど離れたビルの屋上。
梨音は二キロほど離れたスタバ。
スマホを介して会話しながら、敦子は視界を切り替え確認していた。
──哲郎がどこにいても、すぐに確認できるように。
──そして助けられるように。
敦子は必死に能力を使いこなそうとしていた。
記憶の改ざんは最終手段だ。
この能力は、相手が眠っているか意識を失っていなければ使えない。
かつて哲郎の記憶を改ざんし、彼の会社の人間の記憶を改ざんしたときは、非常に苦労した。
週末の深夜に寝付くのを待ち、順番に記憶を改ざんしていった。
幸い、哲郎と直接関わる人間は多くなかったため、なんとかやり遂げられた。
だが、起きている人間にこの能力を使えば、最悪精神障害を引き起こす。
だからこそ、本来戦闘には向かないこの能力を、敦子は哲郎を守るために戦闘でも使おうと考えていた。
しかし、この能力は安易に訓練できない。
繰り返し改ざんと解除を行えば、対象の脳に過度な負荷がかかり、精神障害を招く。
動物に使っても確認のしようがない。
だから敦子は、これまで不幸を背負った人々の癒しとして力を使ってきた。
──私も、哲郎を守るためなら何だってする。
敦子は強く心に誓った。
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!
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