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第四十二話 想い

進化の世界が現実へと滲み出し始めた──。

黒井の死、ブルミシアの顕現。

強大すぎる力を前に、エヴォルドの幹部たちはそれぞれの「恐れ」と「役割」を抱きながら動き始めていた。

誰もが答えを持たない中、備えだけが唯一の希望となる。

そして田辺夫妻に課せられる“力を持つ者”としての責務とは──。

読んで頂けると幸いです。

水島は深い悩みに沈んでいた。

ブルミシア──進化の世界の存在が、現実に目の前へ現れた。

時間を自在に操る力を持ち、さらに黒井を殺害した際には別の能力を使ったと推測される。

その力の幅はどれほどなのか。

そして、もし彼女が敵として立ちはだかるなら、我々はどう対応すべきなのか。

考えれば考えるほど、答えは霧の中に消えていった。

「水島さん、あまり一人で考え込まないでください」

佐山が気を使い、湯気の立つコーヒーを差し出した。

水島は受け取りながら、苦笑を浮かべる。

「そうね……でも、さすがにこの状況はまずいわ」

「たしかに。あの存在が敵となると、我々はどのように戦えばよいのか」

二人は同時に大きなため息をついた。

その吐息は、会議室の重苦しい空気に溶けていった。


金山もまた、この事態を非常に重く受け止めていた。

「このままでは、日本だけでなく世界が終わる」

彼はそう感じていた。

各国の同様の組織に連絡を入れたが、返ってくるのは否定的な意見ばかりだった。

「進化の世界の存在がこちらに来るなど信じられない」

「証拠はあるのか?」

「田辺哲郎の思い込みではないか?」

映像を送っても、疑念は消えない。

確かに気持ちはわかる。

だが、日本では現実に起きているのだ。

だからこそ、各国と連携しなければならない。

金山は焦りを胸に抱えながらも、出来る限りの根回しを進めていた。

いざというときに協力を得られるように──。

彼は不安を胸にしまい込み、一人裏方としての戦いを続けていた。


田所は別の角度から哲郎を研究していた。

なぜ彼だけが複数の能力を最初から持っているのか。

本人の説明では「クジのようなもので一等が当たり、三つの能力を得た」と。

それ以外は他者と同じく、偶然の死から能力を得た。

だが、それだけでは説明できない事象がある。

夫婦そろって二度目の死──。

現場検証の結果、ビルの倒壊を画策した痕跡が見つかった。

しかし、事故はそれとは無関係に起きている。

一度目もそうだ。

強盗に襲われ、突き飛ばされ、よろけて壁に頭を打つ。

普通なら死なない。

もちろん当たり所が悪ければ可能性はゼロではない。

だが、偶然と言いながらも必然とも取れる状況だった。

「なぜ田辺哲郎が、このような状況に置かれているのか」

「そして、なぜ進化の世界の存在が彼を気に掛けるのか」

田所はその謎に強く惹かれていた。

今日も眠れない夜になりそうだと、苦いコーヒーを口にした。


一方その頃、山本、弥生、梨音の三人は、田辺夫妻の訓練計画を練っていた。

「哲郎さんに関しては、やはり格闘をしっかり学んでもらい、自分自身でも対応できるようにしないといけないね」

山本が真剣な声で言う。

「え~、てつっちにそんなこと出来るんですか?」

梨音が半ば冗談めかして言う。

「そうですよ、哲郎さんは……かなりなよっちくないですか?」

弥生も同意するように肩をすくめた。

二人の評価は低い。だが山本は首を振った。

「だからこそです。私たちが護衛するといっても限度があります。田辺夫妻の護衛に十名も二十名も動員できるわけではありません」

「そうなると必然的に、哲郎さんには自己防衛できる最低限の力を身につけてもらわなければならないのです」

弥生と梨音は「本当に出来るの?」という疑問の表情を浮かべる。

「改めてですが、哲郎さんは身長百七十センチ、体重四十八キロです」

「ええええ!」

二人の驚きの声が重なった。

「私よりも体重がない……」

弥生は床に崩れ落ちる。

梨音は口を開いたまま固まっていた。

「お二人の気持ちはわかりますが、話を進めますね」

山本は気を使いながらも淡々と続けた。

「まずは、体重を筋肉の量で十キロほど増量させたいですね」

「そのためには大変な筋トレが必要です」

「さらに筋トレだけでは関節の動きが悪くなるので、柔軟や格闘訓練も徐々に取り入れなければなりません」

「食事の改善も必要です」

「やることは山積みですね。時間がどれだけあるかわからないだけに……」

山本は腕を組み、深く考え込んだ。

弥生は気を取り直し、山本の意見をパソコンに打ち込んでいく。

計画に合わせたメニューを練るためだ。

「じゃあ、あつっちはどうするの?」

梨音が尋ねる。

「敦子さんにも訓練に励んでもらわなければいけません」

「何をしたらいいですか?」

「彼女の二つ目の能力──遠くを見る力を鍛えるべきです」

「正直、一つ目の能力である記憶の改ざんは、下手に使い慣れてしまうと……」

山本は言葉を止めた。

敦子の能力は危険すぎる。

考えれば考えるほど、疑心暗鬼に陥る。

今の記憶は本当に正しいのか?

敦子の言葉に嘘はないと梨音が証明しているものの、不安は消えない。

どこまでが正しく、どこまでが改ざんされたものなのか──敦子以外には分からない。

もし敦子を邪険に扱い、哲郎の機嫌を損ねれば、哲郎の能力も危険だ。

だからこそ、田辺夫妻には仲良く、エヴォルドに協力し続けてもらわなければならない。

「も~山本さんは考えすぎですよ」

梨音が笑いながら言った。

「あつっちは私のマブなんですから。絶対に私たちに悪いことなんてしませんよ」

山本は少し肩の力を抜いた。

「そうですね。田辺夫妻が私たちの敵になることはないでしょう」

「そうですよ」

弥生も強く同意した。

三人は夜遅くまで、田辺夫妻の訓練計画を話し合い続けた。

その声は、静かな夜の本部に響き、未来への不安と希望を織り交ぜていた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

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