第四話 目覚め
死の淵から戻った哲郎は、病室の静けさの中で再び目を覚ます。
傷は癒え、身体は驚くほどに強くなっていた。
それは偶然ではなく──進化の力。
ただの回復ではない、人間の限界を超えた何か。
その力が、これからの彼に何をもたらすのか。
物語は、静かな「目覚め」から次の段階へと進んでいく。
読んで頂けると幸いです。
病院のベッドで目を覚ましてから、何日が過ぎただろう。
窓の外では季節が少しずつ移ろい、朝の光がカーテン越しに柔らかく差し込んでいる。
白い天井、消毒液の匂い、規則的に鳴る機械音──
それらが、今の僕の世界のすべてだった。
強盗に襲われた瞬間までは、記憶がある。
あの男が僕に向かって一直線に走ってきて、タックルを受け、壁に頭を打ちつけた。
その後の記憶は、現実とは思えない異世界のものばかりだ。
進化──そう呼ばれていた。
あの世界で授かった力が、今の僕に何をもたらしたのか。
少なくとも、身体の調子は驚くほど良い。
病院食が特別美味しいわけではないのに、食欲が止まらない。
敦子にも頼んで、追加の差し入れを持ってきてもらっている。
おにぎり、果物、時には手作りの煮物まで。
彼女の気遣いが、胸に染みる。
「もうすぐ退院できるみたいだよ」
敦子が、窓際の椅子に腰掛けながら言った。
彼女の声は、どこか安心したような、でもまだ少し不安を含んでいる。
「よかった。退屈だったんだよね」
僕は笑って返す。
病院の生活は単調で、時間の流れがゆっくりすぎる。
でも、こうして敦子と交わす何気ない会話が、今はとても新鮮に感じられる。
「でも、あの時は本当に死んだと思ったんだから」
敦子の言葉に、胸が少し痛む。
「ごめんね。心配かけて」
彼女は首を横に振り、微笑んだ。
その笑顔に、僕は救われる。
コンコン──
控えめなノックの音がして、病室のドアが開いた。
「こんにちは」
スーツ姿の男性が顔を覗かせる。
「あ、部長」
「いいよ、そのままで」
部長は手に果物の籠を持っていた。
色とりどりのリンゴ、オレンジ、バナナが丁寧に並べられている。
「強盗に襲われて病院に運ばれたと聞いたときは驚いたよ」
「でも無事でなにより。一応会社のほうはもう少し休んでもよいようにしておいたから」
「ありがとうございます」
「あと2週間ぐらい、休んで体調をしっかり元に戻してから復帰してくれ」
「これ、お見舞いだ」
「本当にありがとうございます」
部長は籠をテーブルに置き、軽く頭を下げて病室を後にした。
その背中に、少しだけ温かさを感じた。
「田辺さん、回診の時間です」
白衣の医師が入ってきた。
看護師も後ろに控えている。
「あ〜奥様もいらっしゃったなら、ちょうどよいですね」
医師はカルテを確認しながら、僕の身体の状態を診る。
瞳孔の反応、脈拍、血圧。
すべてが正常だ。
「先日の検査結果も問題ありませんでした」
「当初は頭蓋骨骨折だと診断したんですが、誤診だったようですね。申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
「そう言っていただけると助かります」
「記憶の混濁も、もうありませんし、意識もはっきりしてらっしゃる」
「脳内出血等もありませんので、明日退院で手続きを進めますね」
「ありがとうございます」
敦子と僕の声が、同時に重なった。
その瞬間、ふと目が合い、二人で小さく笑った。
「不思議なこともあるよね」
敦子がぽつりと呟く。
「最初哲郎が病院に運ばれたときは、本当に頭から血が出てたんだよ」
「レントゲンも頭蓋骨が割れてて、私もどうしようって思ってたんだよ」
「そうなんだ……」
僕は目を伏せる。
強盗に襲われた後の記憶がないことが、どこか申し訳なく感じる。
「そりゃそうよ。意識が全然なくて、私が駆け付けた時にやっと目を覚ましたと思ったら『ごめんな』って言って目を閉じちゃうんだもん」
「身体も冷たくなって、本当に死んだと思ったんだから」
敦子が、思い出したように僕に抱きついてきた。
その腕の力は、震えていた。
「ごめんな」
僕は彼女の頭を優しく撫でながら、そっと抱きしめる。
この温もりが、今の僕を支えている。
「私は明日退院する手続きと準備するから。哲郎は寝てて」
敦子は涙を拭いながら、足早に病室を出て行った。
静寂が戻る。
窓の外では、夕暮れが始まっていた。
橙色の光が、病室の壁を優しく染めている。
本当に、これが進化の結果なのだろうか?
敦子が言っていた頭蓋骨骨折は、きっと事実だ。
そして、僕は一度──死んだのだろう。
あの不思議な世界から戻ってきてから、頭の中ではっきりとわかることがある。
進化のおかげで、僕には力が宿っている。
それは、ただの回復ではない。
人間の限界を超えた、何か。
──その力が、これからの僕に何をもたらすのか。
まだ、誰にもわからない。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
更新頻度はゆっくりですが、続きを書いていく予定です。
楽しみにして頂けると幸いです。




