第三十八話 ルール
進化の世界には、絶対の掟があった。
力は与えても、直接介入はしない――ただ傍観するのみ。
だが、禁忌を破り人間界に現れたブルミシア。
その姿を目撃したエルネミアは、報告よりも“面白さ”を選んでしまう。
好奇心が揺らした一つの判断が、やがて世界のルールを崩し、
田辺哲郎と人類をさらなる混乱へと導いていく。
読んで頂けると幸いです。
静かな空間に、記録映像の再生音だけが響いていた。
エルネミアはソファに寝転びながら、目の前の浮遊スクリーンに映る田辺哲郎の映像を眺めていた。
彼がまた死にかけている。
その姿に、彼女は思わず笑ってしまう。
「本当にこの男はおもしろいね」
「また死にかけてるし」
進化の世界において、進化を与える者は“しもべ”と呼ばれる。
エルネミアもその一人だった。
彼女がこの仕事に就いたとき、最初に厳しく言われたことがある。
「エルネミアよ、人間に進化を与えることに良いも悪いもない」
「我々は傍観者でしかないのだ」
「良くするも悪くするも人間が決めることだ」
「よいか、絶対に感情移入してはならぬぞ」
その言葉は、今でも彼女の記憶に深く刻まれている。
だが──
「なんか見てるとおもしろいんだよな~」
エルネミアは、人間の表情、態度、発言すべてが興味深くて仕方がなかった。
中でも、今のお気に入りは二度も自分のもとに来た田辺哲郎。
彼の行動は、予測不能で、感情豊かで、何より“ドラマ”がある。
仕事を終えて帰宅すると、彼の行動記録を再生するのが日課になっていた。
進化した人間は、進化の世界で追跡確認が行われる。
どのような人間に、どのような進化を与え、それがどんな行動につながるのか。
神と呼ばれる存在は、善悪を超えた視点でそれを見ている。
ただ、見ているだけ──それがルールだった。
だが、神とて退屈はする。
だからこそ、しもべを使って進化を与え、間接的に“ゲーム”を楽しんでいる。
生物の進化とは、神にとっては成長シミュレーションゲームのようなものなのだ。
そのゲーム性を守るため、神やしもべが直接介入することは禁止されている。
力は与えるが、傍観するのみ。
それが絶対のルールだった。
そんな中──
「ちょっとーーーーーー!」
「どういうこと???」
エルネミアはスクリーンに映る映像を見て、叫んだ。
そこに映っていたのは、かつての前任者──ブルミシアだった。
「何で人間の世界にいるのよ?」
彼女の声は震えていた。
これは禁忌。
絶対にあってはならない行為。
「どうしよう……これって報告したほうがよいよね?」
頭を抱え、部屋の中をぐるぐると歩き回る。
「うわーーー」
だが、次の瞬間──
「これって……めっちゃおもしろそうじゃない?」
エルネミアの目が輝いた。
彼女は面白いことが好きだった。
本来なら、すぐに報告すべき事態。
だが、好奇心がそれを上回った。
「こんな面白い状況、たぶん今後二度と出ないよね」
「なら、これを見続けた方が良いよね」
進化の記録は、あくまで記録でしかない。
普段は誰も見ない。
ゲームの途中で、自分がうまくできたプレイ動画を後から見るようなもの。
何もない状況の動画など、誰も興味を持たない。
だが、エルネミアは違った。
自分が担当した田辺哲郎に興味を持ち、たまたま見ていた。
そして、ブルミシアが人間界に現れたという“イレギュラー”に遭遇した。
自分しか見ていない動画。
周囲からは「そんなもの見て面白いのか?」と聞かれたこともある。
だが、彼女にとっては最高の娯楽だった。
ふと、残念に思うことがあった。
──なぜブルミシアが人間の世界に行けたのか。
自分たちは、この進化の世界から出ることはできない。
それはルールというよりも“確定時効”──
つまり、物理法則のようなものだった。
人間が今の次元とは別の次元に行こうとするようなもの。
本来なら、絶対に行くことができない世界に、自分と同種がいる。
エルネミアは、ショーケースに入った蟻の行動を見るかのように、ブルミシアと田辺哲郎を観察することに決めた。
──この判断が、田辺哲郎をさらに苦しめ、
──ブルミシアがさらに深く人間と関わっていくことになるとは、
今の段階では、エルネミア自身も想像していなかった。
進化の世界のルールは、静かに、しかし確実に、崩れ始めていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!
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