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第三十四話 黒い髪の女性

監視映像に映ったのは、黒い髪を揺らす“無音の影”。

人間の体温を持たず、理を超えた存在が黒井の命を奪った。

赤い髪の女性との類似――進化の世界からの侵入の可能性。

それは、想定を超えた事態の始まりだった。

黒い髪の女性の正体を前に、誰もが言葉を失う。


読んで頂けると幸いです。

監視映像の前に座る田所誠之助の眉間には深い皺が刻まれていた。

解析室の空気は張り詰めており、端末の冷却ファンの音だけが静かに響いている。

「……これは、なんなんだ……」

サーモグラフィー映像を何度も再生し、拡大し、AI処理で高画質化しても、答えは出ない。

映っているのは、人のような形をした黒い靄。

だが、体温は異常に低く、二十度前後――まるで冬の指先のような温度しかない。

人間であれば、中心部は赤く表示されるはずなのに、この存在は全身が青い。

さらに形状も不安定で、輪郭が揺らぎ、まるで空間そのものが歪んでいるようだった。

「黒髪の……女性?」

高画質化された映像には、黒く長い髪を揺らす人影が映っていた。

その“女性らしき存在”は、黒井が取り調べを受けていた部屋の方向に向かって手を伸ばしている。

だが、音声は一切拾えていない。

声も、動作音も、足音すらもない。

まるで“無音の存在”だった。


田所は理解できないまま、報告書をまとめ、水島のもとへ向かった。

水島はすぐに防音処理が施された特別室を手配した。

この部屋は、盗聴・盗撮・透視すべてに対策が施されており、極秘案件のみに使用される空間だった。

集められたのは、山本、佐山、新藤、河合、田辺夫妻、そして議長の金山。

部屋の空気は重く、誰もがただならぬ事態を察していた。


「この部屋に水島くんが私を呼んだということは、そういうことだね」

金山の声は低く、威厳に満ちていた。

「はい、金山さん」

水島が頷く。

哲郎は「そういうこと」の意味がわからず、山本が補足する。

「この部屋は、絶対に部外秘の内容のときのみ使用されます。盗聴も透視も不可能です」

水島が田所に合図を送り、映像がスクリーンに映し出された。

「では、容疑者の黒井が死亡した件に関する映像をご覧ください」

「え?黒井は死んだんですか?」

哲郎が驚きの声を上げる。

彼は、黒井がただ意識を失っただけだと思っていた。

「治療は試みましたが、ダメでした」

水島は詳細を語らず、沈黙が部屋を包む。


その空気を割るように、映像が再生される。

「この黒い靄のような影が、突然現れます」

田所が説明を始める。

サーモグラフィー映像に切り替えると、部屋の温度分布が表示される。

何もなかった空間に、前触れもなく青い影が現れる。

その温度は約二十度。

人間の体温とはかけ離れている。

「これは画像加工ではありません。実際の記録です」

「人間であれば、中心部は赤く表示されるはずですが、この存在は全身が低温です」

金山は黙って画面を見つめていた。

次に、AI処理によって鮮明化された映像が映し出される。

「女性……?」

水島が思わず声を漏らす。

「黒い長い髪をした女性に見えます」

田所が補足する。

その女性らしき存在は、三部屋向こうの黒井に向かって手をかざしている。

だが、音は一切ない。

まるで空間そのものが音を拒絶しているかのようだった。

田所は映像を止め、黙り込む。

説明できない。

誰もが言葉を失っていた。


その沈黙の中、哲郎がぽつりと呟いた。

「……赤い髪の女性……」

一同が哲郎に視線を向ける。

「どういうこと?」

水島が静かに問う。

我に返った哲郎は、少し戸惑いながら答える。

「あ、いえ……映像もはっきりしないので断言はできませんが……髪の色は違うんですけど、進化の世界で出会った赤い髪の女性に、どこか似ている気がして……」


水島が頷く。

「この映像の人物が何をしたかは不明ですが、手をかざした直後に黒井が泡を吹いて倒れました」

「この事実から、犯人はこの映像の人物と考えるのが妥当です」

「赤い髪の女性と同一かどうかは、改めて田辺哲郎さんに確認してもらう必要があります」

哲郎も静かに頷いた。


その時、金山が重い口を開いた。

「これは非常に問題だな」

「はい」

水島が応じる。

「この施設には、簡単に侵入できるわけではない」

「可能性としては、施設の防御スペックを超える能力を持つ者が侵入したか、内部に手引きした者がいるかだ」

その言葉に、全員が緊張した面持ちでうなずく。

「それに、進化の世界の人物がこちらの世界に来ているとしたら……」

「これは、我々の想定を超えた事態だ」

金山の言葉は、場の空気をさらに重くした。

「今の話は、ここにいる人間のみの情報とする。わかったね、水島君」

「はい」

誰もが黙って頷いた。

スクリーンには、黒い髪の女性が静かに手をかざす姿が映っていた。

その存在は、現実の理を超えていた。

この先、何が起こるのか――

誰にも、まだわからなかった。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

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