表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

第三十三話 黒い影

黒井を襲ったのは敦子ではなかった。

映像に映し出されたのは、人ともつかぬ黒い影。

侵入を防ぐはずの施設に、なぜ現れたのか。

進化の世界で出会った赤い髪の女性――彼女も本当に人間なのか。

知られざる存在の影が、静かに物語を覆い始めていた。

読んで頂けると幸いです。

「水島さんに頼んで、怪しい行動や人物がいなかったか調査をしてください」

静かな声だったが、山本の言葉には重みがあった。

哲郎が敦子のもとへ向かっている間、山本は佐山に的確な指示を出していた。

記憶の改ざん――

もしそれが黒井に起きたのだとすれば、この施設内で同様の能力を持つ者は存在しない。

必然的に、田辺敦子が容疑者として浮かび上がる。

だが、山本は眉間に皺を寄せながら考えていた。

哲郎のことを思えば、安易に敦子を疑うことはしたくない。

哲郎自身、何かを感じ取って敦子のもとへ走ったのだろう。

その直感を、山本は軽視しなかった。

――仮に、敦子が起きている相手に記憶の改ざんを行ったとしたら、黒井のような症状になるのか?

だが、それを裏付ける実証データは存在しない。

しかも、哲郎と日常を共にしている敦子が、嘘を突き通せるとは思えない。

それはつまり、自分自身の記憶を改ざんしているということになる。

――何のために?

つじつまが合わない。

あまりに無理がある。

山本は、敦子を容疑者から外す決断を下した。

「私が、あつっちの嘘を見ようか?」

梨音が、山本の表情から察してそっと提案する。

その声には、どこか痛みがにじんでいた。

「いえ、色々考えてみましたが、現段階で敦子さんの可能性は低いでしょう」

「よかった~……」

梨音の顔がぱっと明るくなる。

だがその笑顔の奥には、安堵と同時に深い葛藤があった。

友達を疑う――それは梨音にとって、能力を使うこと以上に苦痛な行為だった。

「まずは、哲郎さんが戻られたら、水島さんのところへ行きましょう」

「……戻ってきますよね?」

梨音が不安げに尋ねる。

その声には、哲郎の心が敦子から離れてしまうのではないかという恐れが滲んでいた。

「哲郎さんは理知的な人です。安易な想像には振り回されないでしょう」

山本の言葉に、梨音は小さくうなずいた。


それから十分ほどして、哲郎が戻ってきた。

表情は落ち着いているように見えたが、どこか無理をしているようにも見えた。

「すみませんでした」

「いえ、構いませんよ」

山本は穏やかに応じる。

「どうやら気持ちは、晴れたようですね」

「はい」

哲郎ははっきりと答えた。

だが――梨音にはわかっていた。

その言葉が嘘であることを。

哲郎は、敦子を疑う気持ちを抑え、疑われないための証拠を探すと心に決めたのだ。

山本の問いかけを「敦子の疑いが晴れたかどうか」と受け取らず、「自分の気持ちが落ち着いたかどうか」と解釈して答えた。

そのすれ違いが、梨音の胸を締めつけた。

――私は、てつっちに協力する。

――あつっちの無実を、私が証明する。

梨音もまた、心に誓った。


山本は二人を連れて、水島の部屋を訪れた。

扉をノックし、静かに開ける。

「失礼します」

「ちょうどよかった」

水島は手元の端末を操作しながら顔を上げた。

「何かわかりましたか?」

「今、解析室から連絡が入ったところだ」

水島の声に、場の空気が一気に張り詰める。

「これを見てくれ」

壁のスクリーンに映像が映し出される。

「黒井を取り調べしていた部屋から、三つ隣の空き部屋の映像だ」

映像には、無人の部屋が映っていた。

だが、数秒後――

「……あれは……」

突如、黒い影が画面の隅に現れた。

人のような輪郭。だが、どこか異質で、実体があるのかすら曖昧な存在。

映像が一時停止される。

「黒井を取り調べしていた時間と一致する」

映像が再生される。

黒い影は部屋の中をゆっくりと動く。

何をしているのかはわからない。

ただ、そこに“在る”というだけで、背筋が凍るような不気味さがあった。

「……消えた」

梨音が呟く。

「そうだ。そしてこの消えた時間が、黒井が完全に意識を失った直後だ」

哲郎も梨音も、胸をなでおろした。

山本も、内心で大きく息を吐く。

敦子の疑いが、これで完全に晴れたのだ。


三人の表情を見て、水島が言葉を添える。

「外部の犯行で間違いない」

「現在この映像を解析中だ。もう少しで何かわかるだろう」

だが、水島の表情は険しいままだった。

「問題はだ……」

水島が腕を組み、黙り込む。

その沈黙を破ったのは佐山だった。

「侵入されたことに、我々が気づけなかったことですね」

「そうだ」

水島がうなずく。

「エヴォルドの施設は、外部からの侵入を極限まで防ぐ構造になっている」

「詳しい原理はまたにするが、我々の中には瞬間移動や壁をすり抜ける能力者がいる」

「その能力を解析し、逆に反転させてこの施設の壁を構築している」

「さらに、各部屋にはセンサーが設置されていて、出入りの際にセンサーが切り替わるようになっている」

「なんか難しくない?」

梨音が首をかしげる。

「簡単に言えば、不法侵入者にだけ反応するセンサーがあるってことだ」

山本が補足する。

「あ~そういうことね」

梨音が納得したようにうなずく。

「人ではない……?」

哲郎がぽつりと呟く。

「それはあり得ない……とも言えないな」

水島、佐山、山本が顔を見合わせ、そして哲郎に視線を向けた。

「え? 僕は人ですよ」

突然の注目に、哲郎は戸惑う。

「そういう意味ではない」

山本が静かに言う。

「君が“進化の世界”で出会った、赤い髪の女性のことを思い出したんだ」

「え……彼女、人間じゃないんですか?」

「逆に聞こう。彼女が人間だという確証を、君はどこで得た?」

その問いに、哲郎は言葉を失った。

考えてみれば、進化の世界をあまりに自然に受け入れていた。

だが、その世界が人間の味方かどうかもわからない。

そして、そこにいた者たちが人間である保証もない。

「我々は……知らないことが多すぎる」

水島の言葉に、誰もが静かにうなずいた。

リディーマ―、黒い影、一体どんな繋がりがあるのか。

僕たちをなぜ襲うのか?

哲郎は水島の言葉をかみしめる。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

感想や評価をいただけると、とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ