第六章 第三十一話 フードの男
捕らえられたフードの男――黒井守。
彼の証言は、敵組織「リディーマー」の存在を示すものだった。
だが、語られた真実はすぐに歪み、記憶の改ざんによって口が封じられる。
見えない力が背後に潜み、事件はさらに深い闇へと沈んでいく。
これは、まだ始まりに過ぎない。
読んで頂けると幸いです。
まぶしい光が瞼の裏を焼く。
「ん……?」
男はゆっくりと目を開けた。
視界がぼやけ、天井の蛍光灯がじわじわと輪郭を取り戻す。
「やっと目覚めましたか?」
低く落ち着いた声が耳に届く。
目の前には、無表情の男――山本が椅子に腰掛けていた。
「ここは……?」
「エヴォルド本部ですよ」
山本は丁寧に答えながらも、視線には鋭さが宿っていた。
フードの男――黒井守は、自分が椅子に拘束されていることに気づく。
手首と足首は金属製の拘束具で固定され、逃げる術はない。
部屋の隅には警備員が二名、無言で立っている。
だが、本当にそれだけか?
黒井は目だけを動かし、部屋の構造を探る。
壁の向こうに誰かがいる気配――気づかれぬように、息を潜める。
「さて、あなたはいったい誰で、何のために彼らを襲ったのですか?」
山本の声は静かだが、圧がある。
黒井は黙ったまま、内心で舌打ちする。
――くそったれ。まさかあんなごつい護衛が近くにいるとは。
俺の能力「任意の物体をすり抜ける」があれば、この拘束など意味はない。
だが、問題はこの目の前の男だ。
あのタックルの威力……ただ者ではない。
「黙っていても何も変わりませんよ」
山本が沈黙を破る。
「どうせ、あんたらは俺をどうにもできないだろう?」
黒井は挑発的に言い放つ。
エヴォルドが政府機関である以上、非人道的な行為はできない――そう踏んでいた。
山本はゆっくりと笑みを浮かべる。
「何か勘違いをされていますね」
「もしかして、我々が非人道的対応が取れないとお考えではないでしょうか?」
黒井の顔が一瞬で強張る。
「我々は、政府機関といっても世間に公表されている組織ではありません」
「一般の方々は誰も存在を知りません」
「つまり、ここで何が行われても――誰も知らないのです」
「あなたが仮にここで亡くなったとしても、行方不明者の一人に追加されるだけですよ」
山本の声は冷たく、静かに響く。
黒井の顔から血の気が引いていく。
手の震えが拘束具に伝わり、微かな金属音が鳴る。
「ちょ、ちょっと待て……どうせ脅しだろう?」
「そう思われるのは自由です」
「ここにはどれだけの進化者がいるか、ご存知ですか?」
「知るわけねーだろ!」
黒井は声を荒げる。
「残念です。あなたが想像できないほどの人数がいて、全員が能力者です」
「見た目に残らない拷問も、簡単に可能です」
黒井の呼吸が浅くなり、額に冷や汗が浮かぶ。
「わ、わかった……話す。話すから……やめてくれ……」
山本は内心でほくそ笑む。
実際には、エヴォルドに拷問など存在しない。
これは心理戦――そして、壁の向こうには哲郎と梨音が待機していた。
「人の心が音でわかる」哲郎と、「人の嘘がわかる」梨音。
二人の能力が、黒井の動揺と真偽を逐一山本に伝えていた。
「話す。だが、俺の身の安全を保障してくれ」
黒井の声は震えていたが、言葉には一抹の理性が残っていた。
――これは、相手が確実に組織であること。
そして命を軽んじていることの証だ。
山本は即座に理解する。
「わかりました。証言後、あなたは我々の監視下で生活することになりますが、保護しましょう」
「絶対だぞ」
「もちろんです」
黒井は深く息を吐き、ようやく名を名乗る。
「俺は黒井守」
「リディーマーの狩り担当をしている」
――リディーマー。救済者。
何を、誰を救済するというのか?
山本はその言葉の意味を探る。
「なぜ彼らを襲ったのですか?」
「指示を受けただけだ。田辺哲郎を殺せと」
「理由は知らない。俺みたいな末端には説明なんてされない」
哲郎と梨音から「嘘はついていない」とインカムに報告が入る。
「なるほど」
「あなた以外にも狩り担当はいるのですか?」
「集まったりはしないからよくは知らないが、俺が知ってるだけでも数名はいる」
「その方たちの能力は?」
「能力なんてお互い教えない。わかるわけない」
山本の胸に、釈然としない感覚が広がる。
「狩り以外にも役目がある人は?」
「あるんじゃないか。連絡係とか……」
言葉に嘘はない。だが、何かがおかしい。
山本は違和感の正体を探る。
「あなたに指示を出した人は誰ですか?」
「指示なんてない。俺が田辺哲郎を殺さなきゃいけないと思ったから、殺しに行ったんだ」
――やはり。
黒井は嘘をついていない。
だが、先ほどは「指示を受けた」と言っていた。
今は「自分の意思」と言っている。
「なら、どこで田辺哲郎さんを知ったんですか?」
黒井の顔が急に歪む。
「どこで?え、最初から?なんで?……お、おれは……なにを……」
突然、黒井の口から泡が吹き出し、白目をむいて意識を失った。
「山本さん!」
哲郎と梨音が慌てて部屋に入ってくる。
警備員が内線で救護班を呼ぶ。
「これは……?」
哲郎が息を呑む。
「やられましたね」
山本は低く答える。
「どういうことですか?」
「口封じです。記憶の改ざん……あるいは、精神操作の可能性もある」
部屋に重い沈黙が落ちる。
山本の頭の中では、嫌な想像が渦巻いていた。
――リディーマー。
その名の裏に潜む、見えない力。
そして、黒井の記憶に仕掛けられた何か。
この事件は、まだ始まりに過ぎない。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!
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