第二十四話 新たな力
東京都庁の地下、本部での面談。
緊張に包まれる中、敦子の新たな能力が明かされる。
「遠くを見る力」──それは愛する人を想う心から生まれた力だった。
警戒心は次第に解け、夫婦の絆はさらに深まっていく。
だが、次に問われるのは哲郎自身。
彼の中に眠る力と覚悟が、物語を新たな段階へと導いていく。
読んで頂けると幸いです。
東京都庁の地下。
無機質なコンクリートの壁に囲まれた長い廊下を、哲郎と敦子は佐山に導かれながら静かに歩いていた。
足音が反響し、まるでこの空間が彼らの存在を試しているかのような緊張感が漂っていた。
敦子は無意識に哲郎の袖を握る。その手には微かな震えがあった。
「お二人は本部へ来られるのは初めてですよね?」
佐山の声は穏やかだったが、どこか事務的な響きがあった。
「はい」
二人は声を揃えて答える。
その声には、未知の場所に足を踏み入れる不安と、覚悟が混ざっていた。
「ここでは各支部の管理に加え、進化者全員の情報を一括して管理しています。」
「さらに、進化者の能力、そして進化者自身の研究も行われています。」
「東京には別途、東京支部もあり、そちらは名古屋支部と同様の機能を持っています。」
佐山の説明は簡潔だったが、哲郎の胸には重く響いた。
自分たちが今、どれほど大きな組織の中にいるのかを実感する。
敦子の表情は硬く、目は落ち着かない様子で周囲を見回していた。
哲郎はその様子を見て、心の中で「自分がしっかりしなければ」と決意を新たにする。
やがて三人は一つの部屋に通された。
重厚な木製の扉を開けると、そこには応接室のような空間が広がっていた。
深いグレーのカーペットに、黒革のソファが二つ。
壁には抽象画が一枚だけ飾られており、無機質な空間にわずかな温もりを添えていた。
「どうぞ、お掛けください」
佐山の促しに従い、二人はソファに腰を下ろす。
その瞬間、扉がコンコンと控えめにノックされた。
入ってきたのは、スーツ姿の女性だった。
「初めまして。本部管理統括をしております、水島玲奈と申します。」
彼女は丁寧に頭を下げた。
その所作には威圧感はなく、むしろ柔らかな気品が漂っていた。
哲郎と敦子も慌てて立ち上がり、礼を返す。
「田辺哲郎と申します。」
「妻の敦子と申します。」
二人の声は少し緊張していたが、誠意がこもっていた。
「どうぞ、お座りください」
再びソファに腰を下ろすと、すぐにスタッフがコーヒーを運んできた。
湯気の立つカップからは、ほのかに香ばしい香りが漂う。
哲郎は「ありがとうございます」と声をかけ、カップを手に取った。
「さて、緊張なさらずにリラックスしてください」
水島の声は落ち着いていて、聞く者の心を和らげる力があった。
「本日はそれほど重たいお話をする気はありません。」
「今日はお二人の能力の再確認などの聞き取りのみを考えております」
その言葉に、敦子の肩がわずかに緩んだ。
しかし、完全に安心したわけではない。
彼女の目にはまだ警戒の色が残っていた。
「お二人はかなり特殊な状況です」
「それは、二度死んだということでしょうか?」
哲郎が静かに問いかける。
その声には、過去の痛みと向き合う覚悟が込められていた。
「それもありますが、能力を複数持っているということが特殊です。」
「哲郎さんに関しては、それ以上にたくさんの能力をお持ちと伺っております」
哲郎は少し俯きながら、「隠していてすみません」と頭を下げた。
水島は微笑みながら首を横に振る。
「気になさらずに。知らなかった世界に突然足を踏み入れれば、誰でも不信感から隠し事をするものです。」
「それは自分自身、そして奥様を守ろうと思う心からだったのでしょうから」
その言葉に、哲郎は水島の表情を見つめた。
彼の能力――心の音を聞く力が、彼女の言葉に偽りがないことを告げていた。
「そう言っていただけると助かります」
水島は資料を手に取り、敦子に向き直る。
「では、奥様は記憶の改ざんに追加して、今回取得した能力はなんでしょうか?」
敦子は一瞬、眉をひそめた。
「報告したはずなのに、なぜまた…」という疑念が顔に浮かぶ。
その表情を見て、水島はすぐに優しく言葉を添える。
「敦子さん、申し訳ありません。きちんと報告は受けていますが、もし報告内容と相違があってはいけませんので、改めて敦子さんご本人の口からお聞かせいただきたいのです」
敦子の心の音は、まだ不信感を抱えていた。
哲郎はその音を感じ取り、そっと彼女の手を握る。
「大丈夫」と小さく囁く。
その言葉が敦子の心に届き、音が少しずつ穏やかに変わっていく。
「わかりました。今回新たに手にした能力は、遠くを見ることができる、です」
水島は資料を確認しながら頷く。
「それは、どのような遠くを見るということですか?」
「私が見たいと思った人や物を、どこにいても見ることができます」
水島は微笑みながら言った。
「なるほど、敦子さんの哲郎さんへの愛情から生まれた能力のようですね」
その言葉に、敦子の頬が赤く染まる。
哲郎はその姿を見て、改めて彼女への想いを強くした。
「その能力は非常に有用な能力ですね」
「しっかりと能力の練習をして、今までのように困っている人を助けるために力を貸していただけますでしょうか」
水島が頭を下げると、佐山もそれに倣って深々と頭を下げた。
敦子は驚き、慌てて立ち上がる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女の声には、もう迷いはなかった。
その瞬間、彼女の中にあった警戒心は完全に消えた。
そして、哲郎は静かに息を整える。
次は自分の番だ。
彼の心には、これまでの旅路と、これからの覚悟が渦巻いていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!
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