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第二十三話 再訪

再び訪れた進化の世界。

そこで告げられたのは、哲郎が何度も死に、何度も進化しているという衝撃の事実だった。

封じられた記憶、累積する力──「多重進化者」という未知の存在。

それは、進化の法則そのものを揺るがす可能性を秘めていた。

哲郎は、自らの過去と世界の真実に向き合う旅の始まりを感じていた。

読んで頂けると幸いです。

名古屋支部の喫茶スペースは、すでに閉店準備を進めていた。

通路沿いテーブルに座る哲郎は、湯気の立つコーヒーカップを手にしながら、深いため息をついた。

その表情には、今日一日の重さが刻まれている。

「どうしたんですか~」

背後から、明るい声が響いた。

振り返ると、梨音がにこにこと立っていた。

「あ、お疲れ様です」

「おつかれっち~」

彼女の軽快な口調に、哲郎の顔が少しだけ緩む。

「いつも敦子と仲良くしてくれてありがとうございます」

「ん~?あつっちとはマブだからね~」

梨音の言葉に、思わず笑みがこぼれる。

その何気ない会話が、重く沈んでいた心を少しだけ軽くした。

「なんか悩みでもあんの?」

「今日、ちょっと色々とあってね」

「大変だったみたいだね~。ま~細かな内容は知らないけど」

「そうなんですね……そのことでちょっと重たい感じになってしまって」

「そんな時は早く帰ってあつっちとラブラブしたら?」

「それもそうですね。ありがとうございます」

「またね~」

哲郎は梨音に軽く頭を下げ、支部を後にした。

彼女との何気ないやり取りが、心の奥に残っていた不安を少しだけ和らげてくれた。

だが、頭の中ではまだ整理しきれない疑問が渦巻いていた。

今後、何が起こるかわからない。

その時のために、自分の力をさらに高め、向き合う覚悟が必要だ。

哲郎は拳を握りしめ、夜の街へと歩き出した。


「ただいま~」

「お帰り~」

玄関で迎えてくれた敦子の笑顔に、哲郎はほっとした。

「何かあったの?」

「え、なんで?」

「顔色良くないよ」

敦子はいつも、哲郎の些細な変化を見逃さない。

その優しさに、哲郎は胸が温かくなる。

「ちょっと仕事が大変だっただけだよ」

「そう。それならいいけど」

「私、明日から出張で三日ほど家を開けちゃうから」

「うん、大丈夫だよ。敦子こそ怪我とか気を付けてね」

「大丈夫。私は危ない仕事してないから」

夕食を終え、風呂を出た後も、哲郎の心は落ち着かなかった。

お酒でも飲もうかと思ったが、そんな気分にはなれなかった。

「今日は疲れたから先に寝るね」

「私も明日早いからもう寝るよ」

ベッドは別々だが、隣同士に並んでいる。

二人は静かに布団に入り、眠りについた。


「……あれ~、あんたまた来たの?」

耳に馴染みのある声が響く。

哲郎は目を開けると、そこには真っ白な世界が広がっていた。

空も地面も、境界がない。

ここは――進化の世界。

「これで何度目よ。本当によく死ぬね」

「え?死んだ?え?」

哲郎は周囲を見渡す。

混乱が頭を支配する。

進化の世界は、不慮の事故で死んだ者が訪れる場所。

自分は一度来たことがある。

だが、何度目って……?

「あら~記憶無くなってるんだ」

「その声は……以前のバイトの……」

「ちが~う!今は正社員に昇格したんです~」

「す、すみません」

「ついてないね、あんた。記憶は……やめとくわ」

「ちょっと、どういうことです?」

女性は得意げに胸を張る。

「今回は私が正社員になったお祝いに、少しだけ説明してあげる」

「ありがとうございます……」

「この世界は不慮の事故で死んだ人がランダムで来る世界ではあるけど、あんたの時みたいに、こちらから呼ぶ場合もある」

「じゃあ、今回は呼び出された?」

「ざ~んね~ん。今回はまた死んで来たのよ」

哲郎の頭は真っ白だった。

寝ていただけのはずなのに、なぜ死んだ?

しかも不慮の事故?

じゃあ――敦子は?

「あ~あんたの奥さんもさっき来てたよ」

「え?」

「二人そろって不慮の事故ってね。すっごい珍しいよ。二回目って」

「二回目……?」

「違う違う。二回目は奥さんだけね。あんたはえ~っと……まぁいいや」

「僕は二回以上ここに来てるってことですか?」

女性は腕を組み、しばらく沈黙した。

「干渉しちゃいけないけど、あんたもなんかかわいそうだから少しだけ教えてあげる」

哲郎は息を呑む。

「前回、あんたはガチャで三つの能力を得た。でもその前にも、その前にも、その前にも能力を得てる」

「え……?」

「だけど、その記憶は誰かが封印してるみたいだね」

哲郎は言葉を失った。

何度も死んで、何度も進化している。

そしてその記憶は、誰かに封印されている――。


「さて、今回のガチャひくよ~」

テンションが急に変わる。

哲郎の思考は追いつかない。

パンパカパ~ン!

「残念。五等でした~」

「五等って……」

「超微妙な能力を一個だけになります」

「今回の能力は……」

「トイレ掃除が誰よりもきれいにできます」

「えええええええええええええええええ」

「それ能力なの!?」

哲郎は叫んだ。

「うっさいな~。あんたの引いたガチャの運が悪かっただけでしょ。じゃ~ね~」



「う……」

「お~目が覚めたか。よかった」

白い天井が目に入る。

隣のベッドには敦子が眠っている。

声のする方を見ると、山本と佐山が立っていた。

「いったい何が……」

「体の方は大丈夫だと思うよ」

「きっと進化の世界に行ってきたんだろう」

「こんなことがあるんですか?」

「我々も詳しいわけではないが、まれにあるようだ」

「だが、不慮の事故って普通は早々起きないからね……」

哲郎は自分がとんでもない不幸に見舞われているような気がしてきた。

「敦子は大丈夫でしょうか?」

「奥さんも大丈夫だ。今は眠っているだけだよ」

哲郎はベッドに横になり、天井を見つめる。

どうしてこんなことに――。

「いったい何があったんですか?」


山本が説明を始める。

「君たちが住んでいた部屋の上の住人が、ものすごい量の書物をため込んでいたらしい。それで天井が崩れて、君たち夫婦の上に落ちてきたというわけだ」

「あり得ない……」

哲郎はぽつりと呟いた。

山本の説明――上階の住人がため込んだ書物の重みで天井が崩れたという話。

それは一応筋が通っている。

だが、現実味がなさすぎる。

本当にそんな偶然が起こるのか?

「田辺さんの疑問もごもっともです」

佐山が静かに口を開いた。

その声には、冷静さと同時に、わずかな警戒が滲んでいた。

「昨日お話したように、どうもあなたを中心に何かが動いているようですね」

「今回の件も普通で考えればあり得ません。だから“不慮の事故”なんです」

「でも、あまりにもあり得なさすぎますね」

山本も頷きながら言葉を継ぐ。

その表情は、現場で数々の異常を見てきた者のものだった。

哲郎はゆっくりと体を起こし、ベッドの背にもたれた。

胸の奥に、疑問が次々と湧き上がってくる。

進化の世界で聞いた話――自分は何度も死に、何度も進化している。

その記憶は封印されている。

では、自分は一体何者なのか?

そして、エヴォルドは本当に味方なのか?

妻・敦子は?

自分を狙う存在の目的は?

「田辺さん。もう一度、あなたのすべてをお話いただけないでしょうか」

佐山が神妙な顔で言った。

その目は、真実を求める者の目だった。

哲郎はしばらく沈黙した。

心の中で、過去の記憶を一つひとつ手繰り寄せる。

そして、静かに頷いた。

「わかりました。話します」

その言葉に、佐山はわずかに表情を緩めた。

山本も椅子を引き寄せ、静かに座る。


哲郎は語り始めた。

進化の世界での体験。

初めて死んだときのこと。

心の音を聞く能力を得たこと。

その後、身体強化と癒しの力があることに気づいたこと。

そして、今回の進化で得た“トイレ掃除”という奇妙な能力。

「それだけじゃないんです」

哲郎は言葉を継ぐ。

「進化の世界の女性に言われました。僕は何度も死んで、何度も進化していると」

「でも、その記憶は誰かに封印されているらしいんです」

佐山は眉をひそめた。

「記憶の封印……それは、進化者の中でも特殊な能力です」

「エヴォルドでも、記憶操作ができる者は限られています」

「敦子さんの能力も、記憶改ざんが可能ですが、封印とはまた違います」

「では、誰が……?」

哲郎の声は震えていた。

「僕の命を狙っている存在は、僕の記憶を封じている可能性があるんですか?」

佐山は腕を組み、深く考え込んだ。

山本は黙ってその様子を見守っている。

「可能性はあります」

佐山がゆっくりと答える。

「田辺さん。あなたは、進化者の中でも特異な存在かもしれません」

「何度も進化しているという事実が本当なら、あなたの能力は累積されている可能性があります」

「つまり、あなたは“多重進化者”である可能性がある」

「多重進化者……」

哲郎はその言葉を反芻する。

それは、聞いたことのない概念だった。

「通常、進化は一度きりです。死を経て、力を得て、復活する」

「ですが、あなたは何度も死に、何度も力を得ている」

「それが事実なら、あなたの存在は、進化の法則そのものを揺るがすものです」

病室の空気が、急に重くなった。

哲郎は、胸の奥に冷たいものが広がるのを感じた。

「田辺さん。これから、あなたの過去を徹底的に調査します」

「そして、記憶の封印を解く方法も探ります」

「そのためには、あなたの協力が不可欠です」

哲郎は、隣で眠る敦子の顔を見つめた。

彼女もまた、何かに巻き込まれている。

守らなければならない。

そして、自分自身の真実を知るためにも――進まなければならない。

「わかりました。僕にできることは、すべて協力します」

その言葉に、佐山は深く頷いた。

山本も静かに立ち上がり、病室を後にする。

窓の外では、夜の帳が静かに降り始めていた。

哲郎は、再び天井を見つめながら思った。

これは、始まりなのかもしれない。

自分の過去と、世界の真実に向き合う旅の――。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

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