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第二十二話 記憶

過去は偶然ではなく、仕組まれたものだったのか。

強盗事件の記憶に潜む違和感が、次第に真実の姿を浮かび上がらせる。

進化者による計画的な襲撃──その可能性に哲郎は息を呑む。

記憶は時に真実を覆い隠す。だが今、その記憶こそが未来を切り開く鍵となる。

読んで頂けると幸いです。

名古屋支部の応接室は、無機質な白壁と整然と並んだ書類棚に囲まれていた。

天井の明かりが、テーブルの上に置かれた資料の角を静かに照らしている。

その光景の中で、哲郎は深く椅子に腰を下ろし、目の前の男を見つめていた。

「はい、私には何が何やらさっぱりわからない状況です」

声には疲労と困惑が滲んでいた。

警察署で今日起きた異常事態の報告のため、エヴォルド名古屋支部へ来ていた。

敦子には「少し遅くなる」とだけ連絡を入れてある。

応接室の向かいに座るのは、エヴォルドの中堅職員・佐山 実。

眼鏡をかけた細身の男で、一見すると研究者か文官のような印象を受ける。

だが、彼の能力は肉体強化系――哲郎の能力とも近い性質を持つと聞いていた。


「東署の山崎部長の話では、容疑者に関しては取り調べ中で名前も確認できていなかったと。そして犯行内容の確認をしている最中に、隣室にて容疑者の虚偽確認をしていた」

佐山は資料をめくりながら淡々と話す。

「はい、その通りです」

哲郎は頷く。

「そして、突然、隣室に田辺さんがいることがわかっているような言動をし、マジックミラーの壁を破壊した」

「はい……」

哲郎は視線を落とす。

なぜ自分が、まるで容疑者のように取り調べを受けているのか。

被害者であるはずなのに、心の中には釈然としない思いが渦巻いていた。

「すみませんね、嫌な気持ちにさせてしまって」

佐山の言葉に、哲郎は驚いて顔を上げる。

「いえいえ……」

「田辺さんの心を読んだとか、そんな能力は私にはありません。今までもこうしてトラブルに巻き込まれた職員には、事実確認を事細かにしているので、皆から同じような反応があるんですよ」

佐山の声は冷静で、どこか人間味がある。

その言葉に、哲郎の緊張が少しだけ和らいだ。

「ですが、相手も進化者の可能性が高いうえに、田辺さんの殺害予告をしているぐらいです。些細なことも見落とせませんので」

「ありがとうございます」

哲郎は深く頭を下げる。


「では続きですが、容疑者は田辺さんのことを知っているような発言をしましたね」

「はい。『あの方からの伝言だ。今度はきっちり殺してやる』と言われました」

「そうですか。確実に相手は田辺さんのことを知っていますね」

佐山はメモを取りながら頷く。

「そして、『次は』という言葉。これは以前も田辺さんを殺そうとして殺し損ねたということを意味しているでしょう。何か心当たりはありませんか?」

哲郎は沈黙した。

記憶の奥を探るように、目を閉じて考える。

ふと、あの強盗事件が脳裏に浮かぶ。

だが、あれはただの物取りだったはず。

自分が死んだのは、偶然の事故――そう思っていた。

「私が死んだのは、ご存知の通り強盗の件だけです」

「ですが、あれは物取りの強盗だったと思いますか?」

「ええ……」

「確かに、田辺さんの過去に関してはこちらの調査記録でも、物取り強盗による不慮の事故と処理されています」

佐山は腕を組み、目を閉じて思考を巡らせる。

その姿は、まるで探偵のようだった。


「これは推測ですが、物取りは偽装で、もともと田辺さんを殺害することが目的だった」

「そして、それは進化者によって仕組まれていたことだったのではないでしょうか?」

哲郎は息を呑む。

進化者――自分と同じように、死を経て力を得た存在。

その者が、自分を狙っていた?

「その後、それらしい何かありませんでしたか?」

哲郎は記憶を辿る。

そうだ――退院してすぐ、敦子と外食に出かけた日のこと。

「ありました。妻と外食に行こうとしたとき、フードを深く被った人物とすれ違いました」

「そのとき、なんで生きてるんだ、と言われた気がします」

佐山はペンを走らせながら、静かに頷く。

「すれ違う前には、スマホをいじりながら『ロック外したのに全部止められてる』って愚痴っていたと思います。スマホは私のではなかったので……」

佐山は再び腕を組み、沈黙する。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「それは田辺さんを襲った犯人でしたか?」

「すれ違う瞬間に顔を見ました。間違いありません。あの男です」

「では、なぜ田辺さんは、あの犯人の犯行が偶然自分を殺してしまったと思い込んでいたのですか?」

その言葉は、哲郎の心に鋭く突き刺さった。

なぜ、自分はそう思い込んでいたのか?

なぜ、あの事件を“偶然”と処理していたのか?

佐山は続ける。

「これはまだ仮説ですが、最初から田辺さんを殺害する計画だった。そしてそれを強盗殺人に偽装した。さらに印象を強めるために、無駄に強盗を繰り返し、奪った携帯のロックを解除してクレジット情報などを盗んでいた」

哲郎は言葉を失った。

その推理は、あまりにも現実味がありすぎた。

自分が、誰かに狙われていた。

しかも、それは進化者による計画的な犯行だった可能性がある。

「もちろん、田辺さんを襲う理由まではわかりません」

「ですが、田辺さんが襲われたあと、あの近辺で窃盗や強盗といった事件が多発しました。そして、その犯人は捕まっていません」

哲郎は、椅子の背にもたれながら天井を見上げた。

自分がとんでもない何かの中心にいる――

その恐怖が、じわじわと胸を締め付けていく。

佐山の声が静かに響いた。

「田辺さん、記憶は時に、真実を覆い隠します。ですが、今はその記憶こそが、真実への鍵になるかもしれません」

哲郎は、深く息を吐いた。

そして、覚悟を決めるように目を閉じた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

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