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第四章 第二十一話 逃亡

警察署での取調べは、突如として異常事態へと変わった。

進化者の力で壁を破り、容疑者は逃亡する。

残された言葉──「あの方からの伝言」。

それは、哲郎が狙われているという確かな証。

偶然ではない脅威が、静かに動き始めていた。

物語は、逃亡の衝撃から新たな局面へと加速していく。

読んで頂けると幸いです。

朝の光が差し込むリビングで、敦子は出張の準備をしていた。

スーツケースのファスナーを閉める音が、静かな部屋に響く。

その背中を見つめながら、哲郎は少し寂しげに声をかけた。

「ごめん、哲郎。明日から出張になっちゃった」

「しょうがないよ。今回も危険な相手じゃないよね?」

「うん。それは大丈夫みたい」

「ならいいけど……危険なことは絶対にダメだよ」

「わかってる」

敦子の能力は、精神的なトラウマや記憶障害の治療に特化している。

エヴォルドに所属して一年。数々の訓練を経て、彼女の力はさらに進化していた。

記憶改ざんの持続力は飛躍的に向上し、解除しない限り何人でも影響を与え続けられる。

ただし、精神力の消耗が激しく、一日に処理できる人数は三人までに制限されていた。

哲郎は、そんな敦子を誇りに思いながらも、自分の立場に複雑な思いを抱いていた。

自分は“梨音の下位互換”と呼ばれることもある。

感情を音で判別する能力は、嘘発見器として警察や裁判所で重宝されているが、

それ以上の評価は得られていない。

それでも、冤罪を防げるという誇りはある。


「明日から敦子は数日間の出張か……」

哲郎は警察署へ向かう準備を始めた。

敦子が不在の間は、いつも自主訓練に励んでいる。

その成果もあり、力の段階は七段階まで使い分けが可能になった。

治癒能力も風邪程度なら治せるようになったが、自分を傷つけて試すわけにもいかず、進展は遅い。


進化の力は、使い込みと鍛錬によって成長する――

それが最近わかってきた事実だった。

「明日はどんな訓練にするかな……」

哲郎は玄関で敦子を見送り、自分も警察署へ向かう。

今日は東警察署。

軽犯罪が中心だが、若者の犯行が多く、容疑者の態度も荒い。

すれ違うだけで睨みつけてくる者もいる。

その空気が、哲郎は苦手だった。

「おはようございます」

「田辺さん、おはようございます。本日もよろしくお願いしますね」

東警察署刑事課の山崎部長が笑顔で迎える。

「今日はどんな人たちですか?」

「いつもと変わらんですよ」

哲郎は取調室の隣にある観察室へ向かう。

マジックミラー越しに容疑者の心の音を聴く。

冤罪の人を助けることは好きだ。

だが、犯罪者の心の音は、聞いていて不快なものが多い。

しかも、感情の変化を抑えて嘘をつく者もいる。

今では、その微細な違いも聞き逃すことはない。


取調室では、若い男が警官に向かって薄ら笑いを浮かべていた。

「お前が老人からカバンを盗むところを見たという目撃者もいるんだ。いい加減認めたらどうだ?」

「やってないものはやってないっすよ。警察は無実の俺を犯人にするのが仕事ですか?」

哲郎は耳を澄ませる。

「どうですか?」

「彼は嘘をついていますね。ですが……」

「ですが?」

「やっていないような心の音なんですが、でも、やった犯人を知っているのかも……」

その時――

「それより刑事さん。後ろでちらちらこっち見てるおっさんがキモイんですけど!どっか行ってもらえないですかね!」

空気が凍りついた。

哲郎の心に警戒音が鳴り響く。

マジックミラーの向こう側を見通すなど、普通の人間には不可能だ。

男の心の音が、憎悪と悪意に満ちている。

まさか――進化者か?


「何を言っているんだ?私の後ろは壁で誰もいないだろうが」

刑事が冷静にごまかす。

だが、男は鼻で笑った。

「あ~そうっすか。もうめんどくさいからいいや」

ガキン――

手錠がちぎれる音が響いた。

「え!?」

刑事も哲郎も山崎も、言葉を失う。

男は立ち上がり、壁側へ歩き出す。

「待て、座れ!勝手に歩くな!」

刑事が肩を掴むが、男は無視して壁に手を当てる。

バリィン――

壁が一瞬で崩れた。

粉塵が舞い、視界が曇る。

「あんたが、田辺哲郎か」

男は哲郎を睨みつける。

その目には、殺意が宿っていた。

「あの方からの伝言だ。今度はきっちり殺してやるってよ。じゃ~な」

男は刑事たちを振り払い、足早に署内を去っていった。

哲郎は呆然と立ち尽くす。

「田辺さん。あいつが何者か知っているんですか?“あの方”って誰ですか?」

哲郎は答えられなかった。

頭の中が真っ白だった。

なぜ、自分が狙われる?

誰が“あの方”なのか?

何が起きているのか?

崩れた壁、逃亡した容疑者、混乱する署内――

すべてが現実とは思えなかった。

哲郎は、ただその場に立ち尽くし、震える指でポケットのスマホを握りしめた。

敦子に連絡すべきか?

それとも、エヴォルドに報告すべきか?

いや、まずは――自分が何者に狙われているのかを知る必要がある。

そして、心の奥底で確信した。

これは、ただの偶然ではない。

何かが、動き始めている。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!

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