第十八話 監視
進化によって得た力だけでなく、性格までも変わった男。
田辺哲郎の存在は、組織にとって前例のない異常だった。
本部の指示は──監視。
有用か、危険か。判断のために彼は常に見張られることになる。
進化者の世界に潜む緊張は、さらに深まっていく。
読んで頂けると幸いです。
静かな部屋に、山本康太の低い声が響いていた。
「はい、そうですね……現在把握できている印象としては、性格がかなり変わっているように受け取れますね。」
電話の向こうの相手に、慎重に言葉を選びながら報告を続ける。
「はい、はい、承知しました。田辺哲郎は確実に監視下に置くことに致します。」
通話が終わると、山本は深く息を吐いた。
ふ~……一体彼に何が起きているのか?
資料に記されていた「臆病な性格」という記述とは、どうにも一致しない。
実際に会話をしてみると、彼は堂々としていて、むしろ自信に満ちていた。
そして、何かを見透かすような鋭い視線――まるでこちらの思考を読んでいるかのような感覚すら覚えた。
彼の能力は「相手の感情を音で判断する」というものだったはずだ。
それだけで、あそこまで短期間で自信をつけることが可能なのか?
いや、まだ何かがある――そう思わずにはいられなかった。
「山本さん」
柔らかな声が背後から聞こえた。
振り返ると、弥生が心配そうな顔で立っていた。
「本部への連絡は終わったんですか?」
「ああ、ちょうど終わったところです。彼らの登録と、田辺さんが働いている会社への対応はどうですか?」
「梨音に任せてあります。」
一瞬の沈黙。
部屋の空気が少し重くなる。
「少し心配ですね」
「はい……」
二人は目を合わせ、互いの不安を共有するように頷いた。
そこへ、軽快な足音と共に梨音が現れた。
「まじだる~。これってやよいっちがやってくれてもよかったんじゃね?」
ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、書類を手にしている。
「私には私の仕事があるの」
弥生が冷静に返す。
「河合さん、もし困ったら私に相談してください」
山本が声をかけるが、梨音はおどけたように肩をすくめた。
「え~、やまもっさんにですか~? 怖いから~やめときま~す」
「河合さん……もう少し言葉遣いを普通にできませんか。」
山本の声には、わずかに苛立ちが混じっていた。
梨音は不服そうに山本を睨みつけると、くるりと背を向けて言った。
「仕事してきま~」
その背中には、逃げるような軽さがあった。
「彼女は有能なんですけどね……あの言葉遣いと態度が……」
山本はため息をつきながら、弥生に視線を送る。
弥生も同じように肩を落とし、静かに頷いた。
梨音の能力は、我が国において非常に重要なものだ。
彼女の機嫌を損ねてそっぽを向かれては困る。
だが、だからといって甘やかしすぎるのも問題だ。
山本は、以前から梨音の扱いに頭を悩ませていた。
自衛隊出身の彼にとって、規律や礼儀は当然のもの。
その価値観と、梨音の奔放な性格は、どうにも相容れない。
「新藤さん、少しよろしいですか」
山本は弥生に声をかける。
「はい、なんでしょう?」
弥生は椅子から立ち上がり、真剣な表情で山本に向き合った。
「本部からの指示で、田辺哲郎を監視下に置くことになりました。」
「それって……」
弥生の顔に緊張が走る。
彼女はすぐに悟った。
監視下に置く――それは、その人物の能力が非常に有用であるか、あるいは危険性があるかのどちらかだ。
梨音が入った時も、同様の指示が下りた。
山本と弥生は、その時から梨音との付き合いが始まった。
「今回は、今までとは違い、彼の性格の変化が問題となっています。」
「性格ですか?」
「はい。以前報告していただいたときも、臆病ではなく自信に満ちていると言っていましたね」
「はい」
「私も先日彼と話して、同じ印象を受けました。」
「ですが、彼の過去の資料を見ると、臆病な性格のはずです」
「奥さんの影響とか?」
「たしかに敦子さんの能力で、記憶の改ざんを一部行っていましたが、それもすでに解除されています。そして、記憶を改ざんされている間も、彼は臆病でした」
「……ということは、彼の性格が変わったのは“進化”してからということになりますね」
弥生は目を見開いた。
進化――それは、不慮の死を遂げた人間にのみ起こる現象。
進化の世界で能力の“ガチャ”を引き、当たった能力を得て、肉体的にも今までより健康かつ強力な状態で復活する。
能力はガチャとはいえ、生前の生き方などに影響することが多いというデータもある。
だが、それだけだ。
性格が変化するなどの報告事例は、存在しない。
日本だけでも進化した人間は1万人以上。
世界規模で見れば、さらに多い。
それでも、基本の進化以外の報告はないのだ。
「これからは、私と新藤さん、河合さんが田辺夫妻の監視役となります。」
山本の声には、重みがあった。
弥生は静かに頷きながら、心の中で思った。
梨音の時とは違う――
これは、もっと難しい監視になる。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!
感想や評価をいただけると、とても励みになります!




