第十一話 失敗
進化者としての使命は、簡単には果たせない。
新藤弥生の試みは、誤解と怒りに阻まれ、仲間からも厳しい視線を浴びる。
だが、失敗は終わりではない。
むしろ、それは次なる挑戦への序章。
彼女の胸に宿る炎は、静かに、しかし確かに燃え始めていた。
読んで頂けると幸いです。
電車の窓から見える景色は、すっかり冬の装いだった。
枯れた田畑に霜が降り、街路樹は葉を落とし、枝だけが寒空に伸びている。
遠くの山にはうっすらと雪が積もり、空気は澄んでいるのに、どこか寂しげだった。
車内の暖房がぬるく効いていて、窓ガラスには小さな結露が浮かんでいる。
新藤弥生は、マフラーに顔を半分埋めながら、ぼんやりと外を眺めていた。
頭の中では、一ヶ月ほど前の報告会の記憶が繰り返し再生されていた。
——山本さんは優しいけど、圧がある。
笑顔なのに目が笑ってない。あれが苦手。
そして梨音。あいつは軽くて、調子に乗ってて、なんか嫌い。
失敗じゃないって言ってるのに。
ちゃんと今からフォローするんだから。
ここからが本番なんだから。
弥生は、車窓に映る自分の顔を見ながら、小さく息を吐いた。
白く曇るガラスに、ほんの一瞬だけ自分の輪郭が浮かぶ。
あの日の居酒屋。
12月の冷たい風が吹き込む中、個室の空気は妙に熱っぽかった。
「さて、どういった状況だったか端的にお願いできるかな?」
山本康太の声は穏やかだったが、言葉の裏に圧があった。
笑顔を浮かべているのに、目は冷静で、まるで裁定者のようだった。
「いきなり声かけるとかなんて出来ないんで……色々工夫して、向こうから声かけてくるようにしたんです」
弥生は言葉を選びながら説明する。
山本は黙って聞いている。
その沈黙が、逆にプレッシャーになる。
「え〜、色仕掛けですか?」
梨音が茶々を入れる。
弥生は眉をひそめて即座に否定した。
「そんなわけないでしょ。ちゃんと怪我して倒れてるっぽく……」
「もう少し普通に接触できなかったのかな?」
山本の一言が、弥生の言葉を遮る。
「うっ……」と詰まる弥生。
その場の空気が、少し冷たくなる。
「まぁ、済んだことは良しとして。その後は?」
山本が話を進める。
「そこで、田辺哲郎は私に声をかけてきたんです。
でも、なぜか運悪く奥さんがやってきて、いきなり怒りだして……」
「おかしくないですか?」
弥生は、怒った敦子が悪いと言わんばかりに、二人に同意を求める。
だが、山本は首を傾げた。
「新藤さん、君……めちゃくちゃ顔色良くて元気そうだよね?」
「もちろん元気ですよ。元気が私の取り柄みたいなもんですから」
「やよいっち〜、さすがにそれはやばいって」
梨音が笑いながら弥生の肩を叩く。
弥生は「なんでよ」という顔をしている。
「少し目線を変えてみようか」
「新藤さんの彼氏が、目の前で知らない女性に寄り添っている。その女性は元気だ。さて、君はどう思う?」
「そりゃ〜……怒る?かな……」
弥生はようやく納得したように、視線を落とす。
「新藤さんが調子悪そうだったり、痛そうな顔でもしてれば、奥さんも怒らず『どうしたの?』ってなったんだろうけどね」
「ううぅぅぅ……」
弥生はうなりながら、ジョッキのビールを一気に飲み干した。
梨音はケラケラと笑い、山本はため息をつきながら次の話題へと移る。
「それで、少し時間空けて、後をつけて二人きりになったところで声かけたんですけど……やっぱり奥さんが怒って」
「しょうがない。1ヵ月ほど空けてから、もう一度会いに行ってください」
「……はい」
弥生は、わかってはいた。
でも、やっぱりこうなるのかと、しょぼくれていた。
報告会の空気は、彼女にとって居心地の悪いものだった。
電車が駅に到着する。
アナウンスが流れ、乗客が静かに降りていく。
ホームには冷たい風が吹き抜け、吐いた息が白く浮かぶ。
弥生はマフラーを巻き直し、スマホを取り出して地図アプリを開いた。
田辺哲郎の家の位置を確認する。
画面に表示されたルートを見つめながら、彼女は小さく呟いた。
「リベンジしてやる……今度こそ、話を聞かせてやるんだから」
その目には、静かな炎が宿っていた。
失敗は、終わりではない。
むしろ、ここからが本当の始まりなのだ。
夜の風が、彼女の髪を揺らす。
12月の空は澄んでいて、星が滲むように輝いていた。
弥生は、コートのポケットに手を突っ込みながら、再び歩き出した。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次回も楽しんでもらえるよう頑張ります!
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