第一章 第一話 復活
人は死の瞬間に、何を思うのだろうか。
後悔か、感謝か、それともただの空白か。
この物語は、ある男の「終わり」から始まる。
冷たい涙と最後の言葉を残し、彼は白い世界へと歩み出す。
そこで告げられるのは、奇妙な「当選」と「進化」の約束。
死後の世界なのか、夢なのか──
彼が目を覚ました場所は、消毒液の匂い漂う病室だった。
記憶を失った男、田辺。
彼に授けられた「3つの進化」とは何なのか。
そして、その進化は彼をどこへ導くのか。
これは、失われた記憶から始まる「再生」と「変容」の物語。
人は進化の先に、何を見るのか──。
読んで頂けると幸いです。
冷たい風が窓の隙間から忍び込んでくる。
冬の終わりを告げるような、刺すような冷気。
彼女の瞳から、ひと粒、またひと粒と涙が零れ落ちる。
頬を伝い、顎の先からぽたりと落ちて、白いシーツに染みを作った。
彼女は泣いているのか?
それとも、ただ寒さに震えているだけなのか?
いや、違う。これは悲しみの涙だ。
彼女の肩が小さく震えている。
ああ、今日はなんて冷えるんだろう……。
空調の音が遠くで唸っているが、部屋の空気はどこか冷たい。
「ごめんな」
それが、私の最後の言葉だった。
声は掠れていた。喉の奥から絞り出すようにして、彼女に届いたかどうかもわからない。
──それが、自分の最後の記憶だ。
目を開けると、そこは真っ白な世界だった。
空も地面も、境界がない。
霧のような白が、すべてを包み込んでいる。
自分が誰なのか、わからない。
名前も、年齢も、過去も、何もかもが霧の中に溶けていた。
ただ、足は前へと進んでいた。
どこへ向かっているのかもわからないのに、歩みは止まらない。
この先に何があるのか?
きっと、自分は死んだのだろう。
そして、ここは死後の世界なのだろう。
ぼんやりとした頭の中で、そんな考えが浮かんでは消えていく。
人生は楽しかったのだろうか?
後悔は……わからない。
さっぱり思い出せない。
突然、まぶしい光が視界を覆った。
ピロリロリン──
軽快な電子音が響く。
?????
「おめでとうございます。見事1等当選でございます」
は?なんだ?どこから声が?
周囲には誰もいない。
ただ、音だけが鮮明に聞こえる。
パンッパンッ!
クラッカーの音が鳴り響き、紙吹雪が空中に舞った。
赤、青、金、銀──色とりどりの紙片が、白い世界に降り注ぐ。
頭はぼんやりしているのに、なぜかその声や音だけがはっきりと聞こえる。
「見事1等を当選されたあなたには、特別に3つの進化が授けられます」
1等?進化?なんだそれは?
突然、身体が熱を帯び始めた。
内側から沸き上がるような熱。
皮膚が光り始め、視界が白く染まる。
──意識が、消えた。
目を開ける。
天井が見える。
白い。蛍光灯がまぶしい。
なんだったんだ?夢か?
「あ!目が覚めた!よかったー!」
女性の声。
次の瞬間、柔らかい体温が胸元に飛び込んできた。
誰かが抱きついてきた。
どうなってる?ここは?
目を動かし、周囲を確認する。
白い壁、白い天井、白いシーツ。
無機質な空間。
消毒液の匂いが鼻をつく。
ここは……病院?
僕の周りには、白衣を着た人物が数人。
医者だろうか?
看護師もいる。
そして、僕に抱きついてきた女性。
記憶がはっきりしない。
「落ち着いてください。まだ田辺さんは安静状態ですので、これ以上は控えてください」
医者らしき人物が、女性を優しく引きはがす。
「すみません……」
女性は僕から離れ、申し訳なさそうに頭を下げた。
「とりあえず、検査をし、経過観察です」
「当面は安静です。面会謝絶ではありませんが、出来るだけ控えてください」
女性だけでなく、他の人たちもうなずく。
「また、あとでくるから」
彼らは静かに部屋を出ていった。
静寂が戻る。
「田辺さん、ご自身のことはわかりますか?」
医者が僕の顔を覗き込みながら、瞳孔を確認し、口内をチェックする。
「うぅ……すみません、ちょっとまだよくわからなくて……」
田辺?
それが僕の名前なのか?
「とりあえず、少し休みましょう」
身体に異常はない。
痛みも、違和感もない。
ただ、頭がはっきりしない。
ベッドに横たわり、天井を見つめる。
蛍光灯の光が、じわじわと瞳に染みる。
消毒液の匂いが、過去の記憶を呼び起こそうとするが、何も浮かばない。
なぜ、病院にいるのか?
何があったのか?
──眠い。
急に、強烈な眠気が襲ってきた。
まるで、誰かに「眠れ」と命じられたかのように。
抗うこともできず、瞼が重くなる。
意識が、再び、深い闇へと沈んでいく──。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
今回はゆっくり書いていきますので、更新頻度が少し遅いかもしれません。
更新予告はしますので、楽しみにして頂けると幸いです。




