06
「止まって」
「うん、どうしたの?」
指を突きつけなくても無視はしない。
振り返ると今日も笑みを浮かべながら「クリスマスの件、ちゃんと覚えてくれているよね?」とぶつけてきたから頷いた。
「それはそうだよ、星さんも今更参加できないとか言うのはやめてね、ゆう君が泣いちゃう」
「うん、絶対に参加するよ。水野君にもそうだけどあの女の子、白土ちゃんにも興味があるんだ」
「へえ、どういうとこに?」
「実はああいう子が一番、はっちゃけるとすごいんだよ」
「ああ、らいすと一緒にいるときにハイテンションの白土さんならいくらでも見られるよ」
抑えようとしても自然に出てしまうこともあるのだ。
毎回帰る前にそのことを恥ずかしがっているあの子だけど別に隠そうとしなくてもいいと思う、らいすだって自分と一緒にいるときに楽しそうに、嬉しそうにしてもらえたら嬉しいだろう。
「じゃ、よろしくねー」
「うん」
あの子は変な条件を出してきていないのだからもう三人で過ごせばいいのにと考えてしまう。
場所を提供してほしいだけなのだとしても数時間ぐらいなら貸してあげるから僕はその間、外にいればいいぐらいの考えでいるのにそれはしないようだ。
「神戸先、きゃ――」
「っと、大丈夫?」
近くにいたのか、気を付けておかないと鼻歌交じりで歩いているところを見られたりしそうだ。
「助かりました、ありがとうございます」
「うん、それでどうしたの?」
「あの、いまらいすさんってどこに……?」
「いまはゆう君と行動中かな」
「それならよかったです、らいすさんがいるとあまり自由に言えないので助かりました」
い、いや、あまり気にせずに自由に言われても困るけど……。
歩きながら話すことはしたくなかったみたいだから空き教室に――ではなく、本人の希望によってあの階段を上がった場所となった。
「先に言っておきます、ありがとうございます」
「うん」
「それで……ですね」
ゆう君の言っていたこと的に今日は泊まってくる可能性が高いから急がなくていいのはいい。
だから満足するまで付き合ってあげられる、あ、メンタルが最後までやられなければ、うん。
「あれ、雨か」
天気予報では悪く言っていなかったから当然のように持ってきてはいない、常備もしていないからやまない限り、濡れながら帰るしかないことが確定した。
「そうみたいですね」
「白土さんは傘を持ってきて……はいないよね、酷くなる前に移動をした方がいいかもしれない。風邪を引いたらクリスマスとか言っている余裕はなくなるから」
「それなら私の家に来てくれませんか?」
「いいなら上がらせてもらうよ、それなら白土さんが濡れてもすぐにお風呂に入れるからいいよね」
これでもっと逃げ場はなくなったものの、いまも言ったように風邪を引かれるよりはよかった。
濡れていようとそうでなかろうといつでも些細なきっかけで風邪を引く、自分を守るためだとしても一ミリでも他者のためになっているならいい。
「どうぞ、タオルです」
「ありがとう」
少し申し訳ない、毎日しっかり洗っていても他の人の家のなにかを借りるときはいつもこうだ。
あとはゆう君の家に上がらせてもらったときと同じですぐに慣れそうではなかった、異性というのもあって二年ぐらいは必要になりそうだ。
「ここに座ってください、あ、タオルは貸してください」
「なんかごめんね」
「気にしないでください、そもそも私が呼び止めていなければ雨が降る前に神戸先輩はお家に帰れたのですから」
まあ、それは無理だっただろうけどそれこそ気にする必要はなかった。
「あの……」
「らいすのことかな? それとも、ゆう君のこと?」
「いえ、神戸先輩にです」
「あんまり攻撃的じゃなければ耐えられるから自由に吐いておくといいよ、我慢はよくないよ」
と言いつつも、逃げ腰な自分がいた。
情けない、けど、相手が誰だって同じような感じになるから差を作っていないところに意識を向けることで現実逃避をする。
「一緒にお買い物にいきたい……です」
「ああうん、みんなで集まるからそれなりに買わないとね、ゆう君も僕も小食だから買いすぎるのも危険だけど」
「はい、よろしくお願いします」
なるほど、これはご飯を作れるからほとんど出来合いの物を買って終わらせるというのを避けたいのだろう。
こちらからすれば積極的に動いてもらえる方が後で文句を言われる可能性が下がるからありがたい、なんならどんどん仕切って進めてくれればよかった。
だってこちらは場所を提供するとはいえ、おまけにすぎない、なんならそこにいなくたっていいレベルなのに僕が進めようとしてもおかしいしね。
「でも、これだけだったららいすのことを気にしなくてよかったんじゃ?」
「らいすさんはちくりと言葉で刺してきますからね」
「ああ、たまに容赦ないよね」
ついでに言わせてもらえば雨が降っていなければ学校で終わっていたことだった。
言い方を変えるだけでここまで効力があることを考えると女の子の方が有利な気がした。
「少しゆっくりしすぎてしまいましたね、もう真っ暗です」
「そうだね」
夕方になったら買い物にいこうと約束をしてリビングでゆっくりしていた僕達、が、彼女の言っているように少しゆっくりしすぎてしまったみたいだ。
もう夜で風も冷たい、明日から学校がないとしてももう少しぐらいは早めに出るべきだった。
「あやめ先輩が本当に参加して水野先輩は嬉しそうでした」
「そりゃあゆう君が言い出したことだからね」
「私達はお邪魔な存在なのでしょうか?」
「ま、二人で自由にやりたくなったら僕の家から出ていくでしょ、だから気にしなくていいよ」
らいすがいるから自由にできないことを考えるとその時間はすぐにきそうでもあるし、こなさそうでもある。
何故ならゆう君も星さんも積極的に動いているわけではないからだ、誰かの協力がなければずっと現状維持をすることになるかもしれない。
「冷えますね」
「これなら十五時とかに出ていた方がよかったね、ごめん」
「神戸先輩が謝る必要はないですよ」
少し気まずい、会話が続かない。
ただ、無理に喋る必要もないかと片付けて歩いていると赤信号で足を止めることになった際に手が触れてごめんと謝った。
とても冷たかったのが印象的だ、彼女も早くこの時間が終わればいいと考えているのかもしれない。
まあそれも当たり前で、自分から言い出したとは言っても実際にやってみてからわかることもあるのだ。
でも、明らかに星さんに興味を持っているゆう君を誘うわけにもいかないし、興味を持たれている星さんを誘うわけにもいかないから我慢をしてこうなっていると、きっとそういうことだから。
「私、こうなるとは思ってもいませんでした」
「だろうね、普通なら短期間だけの関係で誘ったりしないからね」
そこに触れずに流してくれるのはありがたい。
「でも、参加してよかったと思っています」
「はは、白土さんはこれからが戦いだけどね」
「ご飯を作るのは好きですから戦いではありませんよ」
ならこの変な時間を終わらせられるようにと急いでいたら今度は偶然ではなくがしっと掴まれてしまった。
「あやめ先輩達も急がなくていいと言ってくれましたし、ゆっくりいきませんか?」
「一応、白土さんのことを考えて急いでいたんだけど……」
お昼や夕方なんかよりもわかりやすく冷えるし、長い時間外にいれば危険なうえに風邪を引く可能性がある。
今日を楽しく過ごせても明日や明後日に寝込むことになったら嫌だろう、それにあの二人といた方が冬休みに一緒に過ごせる可能性が高まるからそのきっかけを作れるように頑張る方が遥かによかった。
「私のことを考えて……ですか、それなら尚更ゆっくりいきたいです」
「白土さんがそうしたいなら合わせるけど僕は今日、あくまでおまけだからさ」
「おまけ?」
「だって別に僕が参加することを求められているわけじゃないからね、自由にやれる場所が必要だからだよね? まあ、強がりに聞こえてしまうかもしれないけどそれはいいんだ、だから僕もちゃんと考えて出しゃばらないようにしているんだよ」
うん、言いたいことを言えたらすっきりした。
とりあえずなにも言ってこなかったから求められた通り、いつもよりもゆっくり歩いた。
結局、言うことを聞くしかないのなら、強気に出られないのであれば余計なことを言うなよという話かもしれないと後悔しつつも頑張って出さずに歩いていたらスーパーに着いた。
彼女もそこでは色々と喋ったり動いてくれたりして困ったりはしなかった、帰り道も少し重かったけど情けないところを晒さなくて済んで一安心だ。
「あれ、らいすだけ?」
「あのふたりはかえった」
「えー……なんだそれ……」
なんかちょっとあほらしくなってリビングの扉の前に座ると「うそ、あっちでおんなのひとがねている、ゆうはそこ」と無表情で教えてくれたけど、どっちにしろ自由であることには変わらない。
これならまだリビングでいちゃいちゃしてくれていた方がマシだった、彼も彼で読書なんかしていないで仲良くすればいいのに……。
「ゆう君……」
「おかえり」
「ただいま、だけどなんで……」
「昨日寝られなかったんだって、だかららくの代わりに布団を敷いてあげたら一瞬だったよ」
どうせ彼と過ごせるからとかそんな可愛い理由ではないのだろう。
まあいいや、とりあえずささっと彼女の手伝いをして食べられる物を用意しよう。
「主なあれは白土さんに任せるけどちゃんと手伝うからね」
「はい、よろしくお願いします」
「いやいや、よろしくね」
動いている最中、少し気になって彼女を見てみたら「白土を見すぎ」と彼に言葉で刺されて苦笑した。
邪魔をしないためにも必要なことだ~などと言い訳をしたところで信じてもらえないから彼女にごめんと謝っておく。
今日は謝る日なのかもしれなかった、それでもそのことが気になるとかはないから別にいいけど。
「ゆう、あのおんなのひとのところにいきたい」
「それは駄目だよ」
「え、ゆう君にも一応そういうことを考えられるときがあるんだ?」
「らいす、むかつくかららくの部屋で遊ぼう」
「わかった」
そうかそうか、なら寝てしまって一番残念なのは彼だということか。
そりゃまあそうだよな、一緒にいられなくてなにも気にならないわけがない、彼が一番星さんを求めていたのだから僕の方が間違っていたのだ。
これは申し訳ないことをしてしまった、少しぐらいは僕の分のなにかをあげることで許してもらいたい。
「いたっ……」
「大丈夫? あ、血が出ちゃっているね、洗おう」
一方、彼女からしたら求めていない時間ばかりが増えているわけか。
だからこれもそのせいだ、そうでもなければ慣れている彼女が包丁で手を切るわけがない。
「絆創膏を持ってくるね、血がいっぱい出たりしなくてよかったよ」
「はい……」
とはいえ、美味しく作れる彼女の腕を信じてあの二人は任せているわけだから休んでおいてもらうわけにもいかない。
だからまた謝って続けてもらうことにした、邪魔だろうけど考えて距離を作ったりはしなかった。
そうした結果、十九時半になる前には完成してみんなで食べられることになった。
「いい匂いが凄くて一瞬で起きられたからね、なかなかないことだからともこちゃんは自信を持っていいよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「なんか作ってもらったくせに偉そう」
僕に対してはいまの星さんみたいな感じだけど余計なことは言わない。
「あーそう言う水野君だって作ってもらった側でしょー」
「僕は感謝しているからね、白土、ありがとう」
「はい」
我慢できなくなったのか挨拶をしてから争うようにして食べ始めた。
敵と見なされないように大人しくちびちびと食べていると「美味しいですか?」と聞かれたから頷く、ほっとする味だ。
「白土さんにやってもらってよかった、らいすもほら、嬉しそうだ」
箸はまだ難しくてスプーンを使っているけどそれでどんどんと口に運んでいくところはあの二人と変わらない。
なにも言わないのはそれだけ集中しているということだ、そのため、少し偉そうだけど星さんと同じことを考えた。
「ちょっと待ったっ、ともこちゃんが全然食べられていないっ」
「仕方がないからこれをあげる、作ってくれたのは白土だからその権利があるよね」
「さあほらどんどん食べてっ」
「ありがとうございます、いただきます」
でも、暗い顔から直ることは最後までなかった……って、だからこういうところが影響を与えているのか。
気が付いたときにはもう遅いというやつで、家まで送り帰す時間がすぐにきてしまったのだった。




