05
「重かった……」
「お疲れ様です」
「ありがとう、だけどよかったの? 僕のところに来なければらいすが選択しない限り、ずっと一緒にいられたのに」
「だから神戸先輩は誤解しています、私はこれから先なにがどうなろうとらいすさんを預かりたいとは考えていません」
「そんなにらいすが気に入っているのに?」
いまだって彼女の手を握ってこちらを見上げてきている、知らない人が見ればどう考えても彼女の方を気に入っていると考えるレベルだ。
「これは私がそういう風にしましょうと言ったからです」
「らいすはどうなの?」
「ともこでもいいけどらくといられないといやだ」
僕から聞くから延々ループみたいなことになるのか。
本当のところを聞きたいから聞いている状態だけど、そうではないと言ってほしくて動いているようにしか見えない。
「うーん……やっぱりそれって単純に僕と最初に会っていたからだよね、順番が違っていたらどうなっていたのかはわかりきっていることだし……」
中途半端な優しさは僕にとって毒だ。
「それはいみがないよ」
「そうですよ、変わることはないのですから」
「とりあえず中に――ごめん、電話だ」
登録されていない番号からだけど出てみたら「やっほー」と知っている声が聞こえてきて安心できた。
「ねえ神戸君、その女の子を連れてこられるならクリスマスに一緒に過ごしてもいいよ?」
どこかから見ているのか。
それと残念、
「それがもう振られてしまっているんだ」
これだ、もう動いた後だから変わることはほとんどない。
仲良くなれば別とは言っていたものの、この短期間の間になんとかできるとは思っていなかった。
こちらが頑張っても高頻度で冷たい顔をされるだけだし、そうなればいよいよらいすを連れてどこかに去られるだけだろう。
「んーだけどクリスマスまでにまだ時間はあるでしょ? 諦めないで頑張ってよ」
「だから――あ」
冬の寒さよりも怖い、けど、らいすがこちらの手を掴んでくれたから震えることはなかった。
「――はい、それでは失礼します」
「ともこはやってはいけないことをした」
顔を見てみると少しだけ怖い顔をしたらいすが、こちらとしては自分が対象ではないのと、もう当然のようにやり取りをできていることに感動していた。
でも、成長すればするほど引っかかることも増えるのが残念だ。
「神戸先輩ごめんなさい」
「いや、それより星さんはなんだって?」
特に言い返してもいなかったからあくまで平和に終わったのはわかっている。
だけどこちらのせいで彼女に迷惑をかけることになってもあれだからちゃんと聞いておく必要があるのだ。
「私が参加すれば~という話です、つまり変わりません」
「はは、聞こえていたんだ?」
「これだけ近ければ聞こえます」
そういうものか。
「一つ聞いておきたいのですが神戸先輩が私や星先輩と一緒に過ごしたがっているというわけではないのですよね? 全ては水野先輩が言い出したこと、そうですよね?」
「うん」
「私が参加すれば星先輩は参加してくれて水野先輩は喜んでくれる、そうですよね?」
「うん、一緒に過ごしたがっていたからそうだと思うよ」
ゆう君のため、それを何度も繰り返していれば余裕だったか。
最初から余計なことは言わずにそれだけでよかったのだ、だというのに失敗する選択をしてしまった頭が残念だった。
「わかりました、それなら参加します」
「そっか、ゆう君も嬉しいだろうね」
他の子に対して露骨な態度でいてくれるのは楽でいい。
誘導も楽だ、強気にこられているときに対象の名前を出すだけですぐに大人しくなる、前に進む。
「なんのはなし?」
「ああ、クリスマスになったらみんなで集まろうという話なんだ、当然、らいすにもいてもらうからね」
「あれ食べたい」
「はは、それならクリスマスにもちゃんと炊いてもらおう」
特別意識した料理なんかである必要はないけどメインの子達がなにを望むかはわからないからとにかく出しゃばらないようにしようと思う。
それこそ不思議な能力があるから任せて一人で過ごすのもありだった、クリスマスに一人で過ごすのは僕にとっての普通だから寧ろ集まった方がおかしいということになる。
「ここじゃないの?」
「僕が誘ったわけじゃないからね、ゆう君の家になるんじゃないかな?」
僕の家以外ならどこでもいい。
「私的には神戸先輩のお家がいいです、まだ水野先輩のお家には上がらせてもらったことがないので緊張しそうです」
「ないない、白土さんなら上手くやるよ」
「神戸先輩は誤解に勘違いに忙しい人です」
怖い顔をされても効かない、それにあっさり解決したことに気分がいいぐらいだ。
冬とはいえ、買ってきた物なんかをすぐにしまうために台所まで移動すると「神戸先輩にも参加してもらいますからね」とぶつけてきた。
「どちらにしてもらいすのことをお願いね、まだ星さんには慣れていないからサポートしてあげてほしい」
「わかっています」
なら大丈夫だ。
そこからはらいすがいるのもあって緩い彼女に戻っていた。
「仕方がないからのあに触らせてあげる」
正直、のあ君からしたらいまの状態を続ける方がいいからそこは気にしないでよかった。
飼い主だからある程度はコントロールできるようになっている、触らせないと決めたら余程のことがない限りは貫けばいいのだ。
「それよりどこでやるの?」
それよりもこれだ、場所次第では動く側になるからちゃんと聞いておかなければならない。
「星がらくの家がいいって言っていたよ」
「わかった、らいすも慣れている場所だからよかったのかもしれないね」
「らくがいればらいすはどこでも気にならない、らいすは子どもじゃないよ」
「いやいや、そういうわけにもいかないよ」
気に入っている白土さんの家だったとしても慣れない場所ということで違うはずだ。
ちょこんと手を握って少し眠たそうにしているらいすに意識を向けると「だいじょうぶ」と言われて苦笑する。
「無理をしないの、それと眠たいならおんぶするよ?」
「らくといっしょにあるきたい」
いつもこれで無理をしてばかりだった。
元の姿に戻れば鞄の中でお昼寝をすることもできるのに変身したうえで歩こうとする、可愛くはあるけど心配になるから普通に甘えてもらいたいところだ。
「らいす次第でいつでも僕なんかとは歩けるんだよ?」
「さいきんのらくはともこにまかせてばかり」
「あーだって本当はその方がいいからさ」
冷たい顔をされたり怖い顔をされたりするのは正直に言ってどうでもよかった、僕だと悪影響を与えかねないからしっかりしている白土さんに任せたいだけで。
ただ、いまだけかもしれないけど預かるつもりはないと一貫しているあの子のことだし、らいすがいきたがらないことを考えるとこれ以上続けるのも悪いことのような気がしている。
決してそこにあるのは自分の汚い願望だけではない、が、微妙なところから目を逸らして本人がこう言っているから~とこちらが甘えてしまうのは……。
「きらいなの?」
「そんな訳がないよ。らいすのこと好きだよ、だからこそ心配になるんだ」
嫌いなわけがない、少なくとも現時点では他の誰よりもらいすのことを考えていると言える。
「そんなのいらない」
「そっか、ありがとう」
「うん、それに――」
おっと、気に入らないといった顔をしながら「早く僕の家にいこう、寒い」と彼が遮ってきた。
女の子が相手の場合は素直になりにくい子だけど僕らが相手の場合はどんどんと吐いてくれるからその点では困らない。
「はは、わかったよ。らいすは帰ってから教えてね」
「うん、こどものゆうがいるからかえってからにする」
「らいすは可愛くなくなった」
「じじつだから仕方がない」
な、何故こちらが叩かれているのか……。
攻撃から逃れるためにも彼の家まで急いでいると本を読みながら歩いている白土さんと遭遇した。
この前の発言といい、彼のことを気に入って――いるかどうかはともかくとして、普通に危ないから声をかけて止めることにする。
「ふふふ、作戦成功です、こういうときに動くのが神戸先輩ですからね」
「さ、ゆう君いこうか」
もうすぐそこに彼の家があるから外でだらだらしている意味はないのだ。
「うん、白土は面倒くさいから正直に言ってクリスマスに参加しない方がいいんだよね」
「ちょ……」
「ともこはめんどうくさいところがある」
「うわーん!?」
で、何故か当たり前のように彼女も参加していた。
今日はらいすのことよりもゆう君に言いたいことが多いらしくハイテンションだった。
だけどこちらからすれば面白いから止めることはしない、あとは結局のあ君の魅力に負けてしまっているのもある。
「のあ、ありがと」
「にゃ~」
「うん、のあのおかげだよ」
そういえば彼はらいすの命の恩人か。
ちなみに気がついたら彼に運ばれていたみたいだからなにがどうなってそうなったのかは本人もわかっていないみたいだった。
「だけどちょっといたかった、こう……はのとがったところがくびにささって……」
「あれ、のあ君いっちゃったね?」
「もんくをいわないで、だって」
「はは、運んでくれたからこそ知ることができたわけだし、のあ君の言う通りだね」
「ほんとうにいたくてそれでよわったのもあるのに……」
お母さんというわけではないから仕方がない、男の子なら運ばれた経験しかないだろう。
「それよりともこのこえがうるさい」
「でも、二人とも楽しそうだ」
相手の方を見ないというのはいつものことだけどちゃんと返事をしている、彼女からしても反応してくれればそれでいいのかどんどんと話しかけていた。
星さんはちょっと微妙な選択をしてしまったことになるのかな、意識していなくてもそうでなくても楽しそうに会話をされる可能性があるとは考えなかったのだろうか?
「のあにきょうみをもたないのはいがい」
「確かに全く意識を向けないね、近くにいても大袈裟に反応したりはしないから苦手というわけではないだろうけど」
近くを歩いているだけで彼も興味を持っているようには見えなかった。
「のあはおもしろいひとっていっていた」
「はは、確かにハイテンションのときはそうだね」
「らくはしずかなひとだって」
「でも、結構しつこく触っちゃったりしたからちょっと嫌われていそうだ」
彼の方から来てくれたときだけにしていたものの、そのときは逃げないから大丈夫だと判断して撫で続けてしまった。
結局今回もそうだし、僕は自分に甘い、自分のために行動してばかりだと他者が完全に理解すれば終わりはすぐにくる。
繰り返していたのにそのときがまだきていないのは関わってくれている子達が優しいからだ。
「そんなことはないよ、さいきんはきてくれなくてさびしかっただって」
「らいすが優しいだけだよね、適当に言っているだけでしょ?」
「そんなことはしない」
納得がいかないという顔をしている、だけど謝罪はしないでおいた。
学校が終わってすぐに出たとはいえ、いつもならご飯を作り始めている時間だから動くことにした。
「お腹空いてない? そろそろ帰ろうか」
「ともこもつれていく」
「お、それはどうして?」
頼めば付いてきてくれるだろうけど急にどうしたのだろうか。
「うるさいけどともこもすき」
「ははは、わかった」
一緒にいたかっただけか。
僕からすれば二人目のゆう君が出現したようにしか思えない。
つまり、女の子に対して少し素直ではないけどすぐに甘えたくなる子ということだ、女の子を呼び出せばすぐになんとかできるというのは楽でよかった。
「ま、まさからいすさんの方から誘ってもらえるなんて思ってもいませんでした」
「ゆうもつれてきたほうがよかった?」
「水野先輩はいいです、あれだけ話しかけても意識は本にばかり、寂しいですからね」
「ふーん」
できることならご飯作りも彼女に任せたいところだった。
らいすが彼女を求めているのはそういうところからもきている、僕的にはお手本を見せてほしいというそれだ。
「別に意地悪がしたいわけではないですよ?」
「いや、べつにそうでもそうじゃなくてもどっちでもいい」
「……す、少し怖くなってきました」
「ともこがいろいろとおしえてくれていろいろなことがわかったからだよ」
まあ、これも避けられないことだから気にしすぎる必要はない。
マイナスなことを一切言わず、いいことばかりしか言わないのも怖いから寧ろ自然だ。
「神戸先輩助けてください……」
「いいからともこははやくごはんをつくって」
ということでマイナスなことではないから問題ないと片付けてご飯作りを始めたのだった。




