04
「ともこがきた」
「え、今日は平日なのにどうしたんだろう」
そもそもインターホンすら鳴っていないのに何故わかるのか。
でも、実際に出てみたら玄関前に白土さんが立っていて驚いたことになる。
「い、いまインターホンを鳴らそうと思ったのですが……」
「らいすが教えてくれたんだ」
「そうですか。おはようございますらいすさん」
「おはよ」
「らいすさんはすごいですね」
朝は白土さんに任せるようになっていた。
ただ、こうしていちいち家に来るのは面倒くさいだろうからと説明してみても聞いてくれなかったからそこで終わらせるしかなかったのだ、らいすの不思議な能力に頼れば一瞬で相手のところにいけるのに駄目らしい。
「さ、神戸先輩のお家で髪を整えましょう」
「うん」
そういうことをやるついでに言葉の方も教えてくれているから自然と会話ができるようになっている。
教える能力が高いからこそらいすのことを完全に任せたいけど……。
「ゆうがこない」
「そうですね、学校でも本を読んでばかりで相手をしてくれません」
突っ伏すのをやめたからその点はいいとしても読書大好き少年になってしまったのは問題だ。
気になっていると言っていたあの子が来ても本を離さないし、最悪、見ないことすらありえる、あれではなにも始まらない。
「きた」
「今日も――ふふ、すごいですね」
が、ゆう君ではなくその件の女の子だった。
どうすれば上手く仲良くなれるのか、僕にではなく白土さんを追ってきたのもあってそちらに相談を持ちかけている。
ちなみに白土さんやゆう君以外には見せるつもりがないらしくすぐに元の姿に戻ったうえに隠れた。
「本かー私、字を目で追うだけで疲れちゃうんだよねー」
「でも、それぐらいしかないと思います」
「表面上だけ合わせた趣味なんてすぐにばれて駄目になりそう」
確かに、結構鋭いところもあるから難しい。
ただ、一緒に過ごしたいなどと言ったのは初めてのことでもあるから希望がないわけでもないのだ、こうして本人がいるのに僕が言うわけにはいかないのがあれだけど……。
「神戸先輩はどうやって水野先輩と仲良くなったのですか?」
「普通に話しかけただけだよ? あとはあの子の好きな食べ物を買ったぐらいかな、ちなみにクリームパンが好きなんだ」
「クリームパン、私も好きです」
「私はチョコクリームがいいなー」
僕から言えるのはこれぐらいだかららいすを探しにいくことにした。
リビングから出て階段を上がろうとしたところで静かに顔を見せてくれたから長く移動する必要はなかった。
「いやなかんじがする」
「おっと、らいすらしくないね?」
「まだまだわからないことだらけだけどそれだけはわかる」
「ちなみにゆう君関連のことで、だよね?」
あらら、首を振られてしまったうえに「らくのこと」と言われてしまった。
あれか、周りに人が増えても浮かれるなよとそういう話なのかもしれない。
「神戸くん? あ、ここにいたんだ」
「ちょっとお腹が痛くなっちゃってね、それでなにか答えは出た?」
うーん警戒してくれているぐらいがいいのか悪いのか……。
「素っ気ない対応をされても頑張って話しかけることでなんとかするよ、神戸君もありがとう」
「いやいや、白土さんに言ってあげて」
「じゃ、私は早めに動くことでなんとかしたいからこれで帰るね」
今回は知らない子が出ていってからもすぐに戻ったりはしなかった。
なんなら階段を上がっていってしまったから白土さんからも距離を作っている、まるで最初に戻ってしまったみたいだ。
「らいすさん、どこか落ち着かなさそうです」
「なんかごめんね、らいすに会いに来ているのにこれだと残念でしょ?」
そんなことないと言われてしまいそうで怖いけど仕方がない。
「いえ、そもそもあの人が来たのは私が堂々と歩いていたからですし」
「い、いや、堂々としているのは普通でしょ」
「でも、簡単に神戸先輩のお家を知られてしまったのは問題でした、らいすさんのことも考えると尚更そう思います」
過保護になりすぎるのもそれはそれでという話ではある。
いまみたいにさっと行動できるなら、少なくとも学校ではなければ余裕で対応できる、気をつけすぎると逆効果になりかねない。
「なのでこれからは四時ぐらいにいきます」
「よ、四時は早すぎるよ」
「それか夜でもいいですね、夜にこっそりと会う後輩と先輩というのもよくありませんか?」
「らいすのために、それが全てに入っているから勘違いしなくて済むね」
仲良くできればクリスマスの件が復活して約束を守れるかもしれない、そうすればのあ君にも触れられるように……はは。
自分のためだけで終わらないというのがよかった、ゆう君のために動ければ動けるほど可能性が高まるのだ。
「さ、朝ご飯を食べて学校にいこう」
放課後まで元気にやれるようにしっかり食べよう。
それにご飯の方に意識を向けておけば白土さんが不満そうな顔をしていても気にならなかった。
「らく、なんか最近は調子に乗っているよね」
喋り方は似ていても声音なんかが全く違う、彼は彼、らいすはらいすだ。
ちなみにらいすはいつものように鞄の中ですやすや眠っている最中だった、開けるとすぐに起きるけどすぐに寝るという繰り返しだ。
開けられる度に僕らではないときのことを考えて警戒している可能性はあるものの、流石になにも確認もせずにお昼休みまで、放課後まで放置はできないから諦めてもらうしかない。
「そう? どんなところが調子に乗っているかな?」
「白土やらいすと仲良くしすぎているところ」
「それは仕方がないよ、ゆう君だってあの子や白土さんが来たら普通に仲良くするでしょ」
だから何度も言っているように白土さんの目的はらいすだ、のあ君みたいな感じで触れるためにはそれっぽく演じておかなければ近づくこともできない。
「気に入らない、僕はいいけどらくはやっちゃ駄目」
「ゆう君、いつからそんなにわがままな子になっちゃったの?」
「僕は最初からそうだよ」
振り回してくる子ではあったけど最近は特に変だ、のあ君ではなくやはり似たような存在のらいすばかりを愛でているから気になるのだろうか。
まあでも、らいすが現れた瞬間にこれだから文句を言いたくなる気持ちも……いやでも、会うのを禁止にしているから物理的に無理だという話ではあるし……。
「こんにちはー」
「白土、最近のらくは調子に乗っている」
「そうですか? それなら私の方がそうだと思います、神戸先輩やらいすさんに甘えすぎてしまっていますから」
ぐっ、そのまま受け取れない汚い心よ。
「白土は別にいいんだよ」
「何故神戸先輩は駄目なのですか?」
「……気に入らないからだけど、というかその顔はやめてよ」
「特に変えているつもりはありませんよ?」
彼女とも昔から一緒にいればたまに難しくなる彼相手の対応だって失敗しなくて済んだのにと思う。
というか、彼にも効いてしまう彼女の顔を二人きりの状態で見たのによく耐えられたなと褒めてやりたいところだった。
「……ばか」
「ふふ、水野先輩は構ってもらえなくて寂しがっている女の子みたいです」
「別に恥ずかしいことじゃないから言うけど、相手をしてくれないからむかついているんだよ」
おお、素直になれない彼がこうなるなんて。
「つまり私達に嫉妬している、ということですよね?」
「らいすのことがあったとしても白土は不自然すぎる、クリスマスの件は迷うことなく断ったって聞いたのに毎日いっているんだから」
「私はその件で傷つきましたけどね、水野先輩より神戸先輩は酷いです」
「らくはそういうところがあるんだよ、中途半端にやるんだ」
「多数の女の子が被害に遭っていそうです」
さ、別のところにいってらいすと遊んでこよう。
空き教室だと人が来るとわかったから階段を上がりきったところで遊ぶように変えていた。
屋上なんかには出られないし、わざわざ上がってくる人なんかはいない、だから安心してらいすを出せるというわけだ。
「ゆうはわがまま」
「あらら、白土さんはそういうのまで教えちゃったかあ」
なんかもうネットサーフィンをしてずっと言葉を覚えさせておけば僕らなんかより知っている、なんてことになりそうなレベル、つまり言葉で刺されるような日もそう遠くはないということになる。
「ほかのことばがわかればだいたいわかる」
「でも、言わないであげてね、ちゃんと優しいところだってあるんだ」
「やっとわかった、ともこがいっていたあまいというのはそういうことだったんだ」
「あーそれは甘い食べ物ってことじゃない? ほら、らいすが好きな白米だって甘いでしょ?」
「ちがう、おこらないからそういうことになる」
うん、確かに遠くなかったな、と。
素直すぎて言葉で刺しすぎても気になるからあんまり言わないであげてと頼んでみたものの、らいすは「らくをまもるためにひつようなしてき」と言われて黙る羽目に。
「みーつけた」
「むぁ!?」
「ん? あれ、なにその子?」
「あーえっと……」
「ふふ、こそこそしていたのはこのためにだったんだ」
クラスメイトの子――星あやめさんは凄くからかうような笑みを浮かべてこちらを見てきた。
らいすがまだ変身している状態ではなかったのが幸いだった。
「こっちに来てー……あ、私にはやっぱり駄目かー」
「らいす、心配しなくても大丈夫だよ」
「おお……って、すごい逃げたそうにしているけど無理しなくていいよ」
いやでもどうやってばれたのか、今回は一人ですぐに出たのにこれだ。
時間だってそんなに残っていないのにわざわざ追う意味は? こんなことに時間を使うならゆう君と話していた方が遥かにいい時間となるのに彼女も変だ。
「女の子なの?」
「それがわかっていないんだ、性別はないのかもしれない」
白土さんが何度も確認しているようだけどこの見た目のときに何度も重ねても同じ答えが出るだけらしい。
ならと変身した状態のときにも勇気を出して確認をしたらしい、が、それでも変わらなかったみたいだ。
「またまたーそんなことあるわけがないでしょー」
「らいすごめんね、はい」
「んー……というからいす……? ちゃんは猫なの?」
「そこもわかっていないんだ」
「こうして見てみても……うん、よくわからないや」
頭がいい、喋る、ある程度のことは自分でできる、それだけわかっていれば十分ではあるけどね。
時間に余裕がなかったから二人で戻って授業を受けた、次の休み時間になんでなんでなんで攻撃を食らってしまったものの、上手く対応できた。
「あー星さん」
「なにー?」
「クリスマスのどっちかだけでも空いていたりしないかな?」
これも誘うだけ誘って無理だったら諦めればいい。
「えーちょっと話せるようになったら神戸君ってクリスマスに誘っちゃうような子なんだ?」
「無理なら無理でいいんだ、でも、参加してくれるなら絶対にゆう君を連れてくると約束するよ」
「水野君かーだけど絶対なんてことはないんだよ、神戸君が水野君とあの女の子以外にらいすちゃんを見せたくなかったのと同じようにね」
笑顔なのに笑っていない感じがするのは気のせいではないのだろう。
あれだ、のあ君に触れたいためなのが出てしまっているのだろう、だからこの結果でも特に気にならなかった。
お礼と謝罪の言葉を忘れずに伝えて席に戻る、この時間は白土さんも来ないみたいだから久しぶりに教室でゆっくり過ごした時間となった。
「ぷふ、らください」
「いいよそれで」
ま、星さんの席からは近くて突っ伏していても普通に聞こえる距離だからこうなっても違和感はない、が、一緒に過ごせないことが確定したのに……って、そんなこともないのか。
「はい、一人でいこうね」
「お、押さないで」
「はいいきましょうねー」
星さんのところまで届けたら無理に教室にいる必要もないからいつものように鞄を持って離れた。
逃げるつもりもないのに唐突に現れた白土さんに「逃しませんよ?」と言われて困惑した。
「神戸先輩は積極的ですね、女の人を見たら誘わずにはいられないのでしょうか」
「最近のあ君に触れていないから必要なことだったんだ」
「のあ……ああ、そういえば水野先輩がそんな話をしていましたね」
何故ここでも冷たい顔なのか、らいすがいるならそれでいいと言いたいのだろうか?
「らいす、白土さんといてあげて」
「わかった」
「じゃ、ちょっと別のところで食べてくるから戻りたくなったときに戻ってくるといいよ」
今日は外で食べよう。
都合よくベンチなんかは設置されていないから適当なところまで足を運んでお弁当箱を広げた。
ご飯の時間は好きだ、誰かがいても、誰もいなくてもなにかを食べれば勝手に落ち着く。
量をちゃんと調節しているから食べすぎてしまうなんてこともないから後悔もない、なんなら食べなかった方が何度も言っているように問題に繋がるというものだ。
「ごちそうさまでした」
だからこれからも頑張って作ろうと決めた。