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226  作者: Nora_
3/10

03

「ま、まさからいすさん……ですか?」

「うん、なんか変身できるようになったみたいなんだ」


 今回は素っ裸ではなくてよかった、そしてやはり女の子とも男の子とも言えない曖昧な感じだ。


「白土さん」

「わかっています」

「ありがとう」


 変身してもそうでなくても大人しい子だから彼女に任せておけばよかった。

 それでも一応は意識を向けておく、彼女はよくても知らない人なんかが来たら面倒くさいことになるからだ。


「会話は……無理ですよね」

「うん、だけどあの姿のときとは違って白米をあげやすいから助かるよ」


 休み時間になる度に移動してわかったことだけどらいすはこっちの姿になれる方がいいみたいだった。

 上手くやれれば窮屈な鞄の中で過ごすこともしないでよくなると思う、だから帰ったら色々と教えようと思う。

 ご飯を準備することは無理でも牛乳なんかを自由に飲めるようになれば家でらいすだけになっても問題はない、これは今後の僕とらいすのために大事なことで失敗はできないことだった。


「私があげても食べてくれるのでしょうか?」

「余裕だと思うよ?」

「それなら今日のお昼休みに少しだけ……」


 最近はどちらの鞄の中で過ごすのかをらいすに決めてもらっている。

 今回も彼女の方を選んだから任せて教室に戻ると出る前と同じで賑やかな空間だった。

 目を閉じながら休み時間が終わるのを待って、授業が始まったら板書などをしつつらいすのことを考えることが多くなっていた。

 ただ、本人……らいすが望むなら白土さんに全面的に任せるのもありだけどどうだろうか? とすぐにそこに繋がっていくのがなんとも言えない気持ちになる。


「らく、ちょっと相談したいことがある」

「なら廊下にいこうか」


 聞かなくても大体はわかる、帰るときに読むための本が欲しいとか、家でゆっくり読むための本が欲しいとかだ。

 適当に言っているわけではなく実際にこれまでもこの始め方で本屋さんにいくことになったからわかるのだ。


「十二月にはクリスマスがある、そのときにあの子を誘いたい」

「えっ」

「む、なにその顔」


 なんてことだ、まさかゆう君から動くなんて思っていなかったから固まってしまった。


「でも、一人だけ女の子を誘ったら勘違いされてしまいそうだかららくもあの子を誘えばいいよ」

「白土さんのこと? クリスマスに一緒に過ごすための仲が足りないよ」

「らいすのことでも出しておけばすぐに来るでしょ、あの子は単純そうだかららくの情けないスキルでも余裕だよ」


 誘わなければもうのあ君に合わせないなどと怖いことを言ってきた、流石に無視はできないから仕方がなく動くことにする。

 まあ、断られてもその方が自然だからいいけど、結局は動いたという事実があればいいから僕的には負けることはない勝負だった。


「あー」

「ふふ、もう三回目ですよ?」

「あのさ、まだ早いけど白土さんってクリスマス、誰と過ごすとか予定が入っていたりするの?」

「クリスマスですか? 二十四日は家族と過ごします、二十五日は特に決まっていません」


 待った、ゆう君はどっちに集まる予定だったのだろうか? と今更気になってももう遅い。

 でも、勘違い云々と気にするぐらいだから二十五日は避けたいだろう、となると、これはもう無理だということになる。


「そっか、本当は二十四日にみんなで集まりたかったけど無理そうだね、教えてくれてありがとう」

「あの、流石にクリスマスに一緒に過ごすのは早くないですか?」

「そうだね」

「仮に二十四日に集まることが可能だったとしても私は参加しませんでした」


 な、なんか厳しいぞこの子……って、当たり前と言えば当たり前だけどさ……。


「それとらいすさんのことですけど」

「やっぱり飼いたいよね、らいすがいいなら白土さんに任せるよ」


 いつもの見た目でこちらを見てきているらいすの頭を撫でてこの場から離れた。

 色々な意味で終わった一日となった、ちなみにこのことを教えたら『のあに触らせないから』というそれが返ってきて乾いた笑いしか出てこなかった。


「ただいま」

「むぁ」

「はは、らいすはどこでもらいすだね」


 いやでも実際、これはありがたいことだった。

 微妙だったそれもどこかにいった、白土さんの反応次第では同じようになるけど明日は何度も言っているように土曜日だから余裕がある。


「ありがとうらいす」

「むぁ」

「ご飯はまだだよね? いま準備するからね」


 ご飯を食べることでも落ち着けたからあくまでいつも通りに戻れた。


「ら……く」

「えっ? らいす喋れるの?」

「らく」

「おお! すごいすごい!」


 子どもが初めて喋ったときの親はこんな気持ちになっているのだろうか。

 変身していても小さいから抱き上げるともう一度「らく」と言ってきたから頷いておいた。


「ありがとう」


 もう白土さんが厳しかったことなんてどうでもよくなっていた。

 これを見られただけでも満足できていた。




「らく」

「……もう朝か、らいすは早起きだね」


 時間を確認してみると五時になったところだった。

 それでもらいすのためにもまた寝るということはできなくてリビングにいくと「これ」と白いタオルを指さして言ってきたから渡してみたら首を振られてしまった。


「あ、もしかしてこれ?」


 お弁当のために早く炊けるようにしてあるからすぐに食べさせてあげることができる。


「はは、本当に好きだね」

「す……き?」

「そう、そういうのを好きって言うんだよ」

「これすき」


 ぐぁ!? なんかもう可愛すぎてやばい、と女の子みたいな反応をしつつも固まっていないで必要なことをやり出した。

 のあ君には触れられないし、白土さん次第では一緒にいるのも難しくなるから優先した方がいい気もするけどね。

 って、そうか。


「今日は土曜日で学校にいく必要がないんだ」


 ならいいか。


「らいす、これは箸って言うんだよ、こうして掴んで食べるんだ」

「うぅ……」

「はは、いきなりは難しいよね、だからこうしてスプーンと呼ばれる物もあるんだ。これはこうして使うんだよ」


 おお、どうやらスプーンの方は箸よりも楽みたいでちゃんと食べることができていた。

 ついでに最低限の言葉を教えておくことにする、多分、僕なんかよりも早くちゃんと理解できると思う。

 そもそも不思議な能力を持っている子だからね。


「らくすき」

「ぐはあ!?」

「むぁ!?」

「あ、ごめん」


 驚いたときにはいつものあれが出るところも面白かった――と楽しめていたのは六時までだった。

 何故か白土さんを連れてゆう君が家に来てしまったのだ、らいすはこの二人を知っているからなのか全く隠れていたりはしなかった。


「ず、随分早い時間から来たね?」

「それよりその子は?」

「らいすだよ」

「ゆう」


 らいすに協力をしてもらうことでまたのあ君に甘えられるかもしれないという汚い欲望がある。


「白土、僕の友達がおかしくなったのかもしれない」

「いえ、神戸先輩の言う通りですよ、その子はらいすさんです」

「白土もおかしかった……って、最初からそうだよね、だってそうでもなければ五時に家に来たりしないもん」


 程度がどうであれ、小さく変身したこの子をちゃんとらいすだと見てくれた白土さんには感謝しかない。

 もしあそこで違うと言われていたら一気に不審者扱いされて終わっていた、だって幼い子を学校に連れていったわけだからね。


「すみません、でも、水野先輩に聞かないと神戸先輩のお家がわからなかったので……」

「白土さんはよくゆう君の家を知っていたね?」

「あ、それは色々と神戸先輩のことを聞いたときに歩きながら話していたので……」

「学校で聞いたわけじゃなかったんだ? 帰りながら教えるところはゆう君らしいけど」


 本を読みながらだろうから少し適当そうに喋っているところが容易に想像できる。


「それよりも昨日のことなのですが」

「らいすは見ての通り不思議な能力を持っているんだ」


 いつものようにこちらを見上げてきていたらいすの頭を撫でてから再度白土さんに意識を向けた。

 うん、やたらと真剣な顔だ、今回は学校というわけではないから逃げることはできない。

 だから今度こそ預かりたいと言ってきたら任せようと決めた、教える能力だって高そうだからその方がらいすのためになるだろうしね。


「いえ、らいすさんのことではなく神戸先輩は一つ誤解しています、私は神戸先輩と一緒に過ごしたくないというわけではありません」

「いや、別にいいんだよ? ただらいすに興味を持っただけなのに勘違いしていきなりクリスマスに誘ってくるとか怖いだろうしね」

「それも誤解です、あ、いや、確かにらいすさんに興味を持っているのは確かなことですが別にそれだけで神戸先輩に近づいているわけではありません」

「いいって、それよりらいすのことをお願いね、やっぱりお腹が減ったからお味噌汁とかを作ってくるよ」


 もういいのだ、らいすが可愛いからそれだけでいい。

 だからいい気分でお味噌汁を作ってついでに目玉焼きでも焼こうとしたらじっと見てきているゆう君に気が付いた。

 どうしたのと目で聞いてみると「僕も食べたい」とあくまで自由な彼、ただ、別にのあ君のことで怒っているわけではないから作っておいた、いらないかもしれないけど白土さんの分も忘れずに。


「ともこ」

「きゃ」

「らく、白土が固まった」

「仕方がないよ」


 少し食べればらいす的に十分だったのか今回は興味を持たなかった。

 数秒毎に言葉で白土さんを固まらせているものの、平和だから気にせずにご飯を食べ終える。


「私、決めましたっ」

「やっぱり預かりたいんだよね? 残念だけどその方がらいすのためになりそ――」

「違いますっ、土曜日や日曜日も神戸先輩のお家にいきますっ、平日は休み時間になったら教室にいかせてもらいますっ」


 効果音が聞こえた気がした――ではなく、ばんっと思い切り自分の足を叩いてから立ち上がったからすごかった。

 でも、冬というのと細いというのがあって痛そうだ、じろじろ見ることはできないけど赤くなっていそうな感じだ。


「白土がうるさい、なんでそんなに情緒が不安定なの?」

「うっ……ご、ごめんなさい」

「謝れるのはらくと違って偉い、だから許してあげる。それと今回は白土を連れていくということがやることだったから帰るね」


 まあ、本人が帰りたがっているのなら仕方がないから玄関前まで見送って戻ってきた。

 蕩けた顔……というのかな、白土さんが物凄く幸せそうな顔をしていたから邪魔をすることもなく洗い物なんかを済ませた。


「らく」

「やっぱり神戸先輩のことが大好きなのですね」


 こちらは少し困ったような顔をしているように見えた。

 近づくとまたこちらを見ながら「らくすき」と言ってくれたから嬉しくなったけどこれ、彼女からしたら言わせているように見えないだろうかと不安になった自分もいた。


「きゃー! 羨ましいですっ」

「ともこ」

「は、はい」

「らく……」

「はは、うん、これからいっぱい覚えていこうね」


 大切なのは本人がどうしたいのか、なのでらいすに聞いてみる、すると「らく」と答えてくれたのはいいけど少し申し訳ない気持ちに……。


「そもそもそんなに短期間で私のことを気に入るわけがないですからね」

「いや、こう……刷り込みみたいなものだよ」

「もし本当にその通りだったとしてもですよ」


 すごい優しい顔をしている、のはよかったけどじろじろと見てしまったのが問題だった。

 そのせいで「な、なにか付いていますか?」と聞かれてしまうし、らいすからは「ともこみてた」と正にその通りのことを言われて黙るしかなかった。

 教えたばかりの言葉をちゃんと正しく使えているのはいいことだけど、だからこそよりダメージを受けるというわけだ。


「神戸先輩、仲良くなれたら別の話ですからね?」

「うん……? あ、クリスマスの件か」

「まだ十二月になっていなくて時間もあります。らいすさんがきっかけとはいえ、こうして一緒に過ごすようになったのですから変わっていく可能性だってあると思います」

「うーん……だけどあれもゆう君に言われたからだし、別に本気で誘って受け入れてもらえるとは思っていなかったわけだし……」

「え、私はいまその事実に傷つきました。神戸先輩は優しくもあり、意地悪な人でもあるのですね」


 うわ怖いな、先程まで緩々の顔でいた子とは思えない冷たさを感じる。

 触れると爆発しそうだったから掃除を始めると「逃げないでくださいね?」と追ってきて本気でひええ!? となった。

 外は寒いから合っていると言えば合っているけど、心臓に悪いかららいすの頭でも撫でて落ち着いてもらいたいところだった。

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