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「いい天気だ」
冬休みは終わってしまったけど終わらないことなんてなにもないから切り替えてやっていくしかない。
というわけで学校が始まってから毎日昼休みは外に出てきていた、逃げているわけではないから気分もいい。
「やっと見つけました、はぁ、せめてどこにいくのかを言ってからにしてください」
呆れたような顔がよく似合っている、のはともかくとして、これも別にわざとやっているわけではないから誤解しないでほしい。
すぐに来たときはちゃんと声をかけてから出ている、事実、一昨日はこうして一緒に外で過ごしたのだからそうだ。
「前と違って連絡先を交換しているんだから連絡してくれればいいよ、ちゃんと反応するから」
「どうだかと言いたいです、三日にメッセージを送ったのに一日無視されましたからね」
「ごめん、あのときも言ったと思うけどらいすと遊びにいっていたんだ」
「携帯をきちんと携帯してください」
それでも戻ったりしないのが面白いところだった。
汚い場所というわけでもないけど一切気にせずに座るところが面白い。
こう……見ただけでそういうのを物凄く気にしそうなタイプなのにそうではないのだ。
「なにじろじろと見ているのですか?」
「なんでもないよ」
「なんでもないよで誤魔化すことが増えましたね」
べたべた触れたり、じろじろと見たりはしていない、寧ろ近くにいても違う場所に意識をやってばかりだ。
何故なら彼女のセンサーが高精度すぎるから、ちらっと見ることすら危険な行為に該当する。
言葉でぼこぼこにされたくはないからこれからも頑張って続けなければならない。
「当たり前のように一緒にいられることが嬉しいんだ」
「たまには神戸先輩の方から来てもらいたいですけどね」
「後輩の教室にばかりいく先輩というのも嫌でしょ」
「一度もされたことがないのでわかりません」
まあ、いくことばかりになっている彼女からしたらもっともな発言だから引っかかったりはしなかった。
「わかった、それなら次からいくよ、白土さんが来なくなったら寂しいから」
「……別に神戸先輩の方から来てもらえなくてもいつも通りということですからいかないことはないですけどね」
「いや、いままでがおかしかったんだよ」
「急に変わりますよね……」
はぁ、別に大胆なことを口にしているわけではなくても動いていることには変わらないから心臓に負担がかかる。
こんなことは初めてだ、経験値が高い人にアドバイスをしてもらいたいところだ。
「やっぱりいいです、廊下側から一番遠い場所にいるので変な噂が出ても嫌ですし」
「いや――」
「いいですっ、私の方から動いた方が精神的に楽ですからっ」
「じゃあ……」
って、これでなら~と考えてしまうところが悪い気がする。
試されているところでそのまま鵜呑みにして結局行動しませんでしたでは一緒にいられなくなりそうだったため、次の休み時間に早速行動を開始した。
その結果、確かに廊下から一番遠い場所で彼女が本を――あ、気が付かれて手を上げる。
「心臓に悪いのですがっ」
「気が付いてくれてよかったよ」
「来なくていいと言ったのにもうっ」
おお、こういう荒れ方をしている彼女はレアだ。
でも、じろじろと見てしまえばわざと煽っているようなものだから空が青いなーなどと意識を逸らしていた。
「あ……」
「っと、いきなり背中を押したら危ないよ星さん」
この子のこそこそ属性にもたまに困ったりする。
同じこそこそでもゆう君と裏で~とかならいいのに僕ら側の方にいるからね。
「いやー見ているだけだともどかしくてねーもうね、自分を見ているようで本当にやばいの」
「だからってさ」
「この状態で押せば絶対に神戸君が受け止めてくれるってわかっているからね、流石にその状態じゃなければ押さないよ」
僕がごちゃごちゃ言っても仕方がないから白土さんが動いてくれるのを待っていたけどなにも変わらなかった。
凄く怖かったのか固まってしまっている、ちなみにそういうところを見て星さんはにやにやとやらしい笑みを浮かべているだけ。
「ふふふ、そんなにくっつきたかったの?」
「……むかついているだけです」
「あれま、怖いからここら辺で去っておこーっと」
これはやってくれたものだ。
「ありがとうございました」
「うん」
「流石にいきなり背中を押されたら無理です」
「僕だって無理だよ、ごめん、止められたらよかったんだけど……」
変に移動したのが悪かったのかもしれない。
「気にしなくて大丈夫です、別に他の人が多くいる場所というわけではないのですから」
「ごめんね」
「もう謝らないでください、これ以上謝るとくっつきますよ?」
「白土さんがそうしたいならいいよ?」
うんまあ、馬鹿だった。
少しも経過しない内に手の甲をつねられて痛かった。
やはり謝り倒しておくのは大事だとわかった日となったのだった。
「ふぅ、早く春にならないか――こ、こんなところでどうしたの?」
だらだらしていても仕方がないから勇気を出して家から出ようとしたところで白土さんがいて驚いた。
もう扉の端のところが当たってしまっているぐらいには近い、勢いよく開ける人がいたら怪我をしていてもおかしくはない。
「これを受け取ってください」
「可愛い箱だね?」
「チョコを作ってきました」
「ありがとう、母さん以外から貰えたのは初めてだ」
その母から貰うというやつも小学生ではなくなったときに終わったから尚更新鮮だった。
そうか、仲がいい女の子がいる男の子は毎年これを体験できていたのか、羨ましいな。
「結構長いこと待っていたので冷えました」
「手袋をしてくれているんだね、嬉しいよ」
「でも、手は温かくても他の場所が冷えたのです、なのでこうさせてください」
こうして触れられている分には冷たい感じはしないけど。
でも、これで満足できるなら、当然、お返しはするけど今日のところはこれで返したことになってほしい。
「らく、はやくいこう、かばんのなかでもさむい」
「ごめん、だけどもうちょっと待ってくれる?」
「うん」
「ありがとう」
最近よく思うのはそこまで高くなくても彼女よりは高くてよかったということだ。
低かったら情けない気持ちになる、ゆう君なんかが見ていたら笑われてしまうだろう。
ある程度時間が経過したところで「ありがとうございました、らいすさんが可哀想なのでもういきましょう」と満足できたみたいなので切り替えて移動を始めた。
「ふふふ」
「おはよう」
「うん」
そういうことか、今回は見られていたわけではないみたいだ。
となれば、邪魔をするのも違うから距離を作ると何故か追ってきた、星さんは一年間ぐらい時間が経過しないと一センチ理解するのもできなさそうだ。
「あのさ、突っ伏しているときに起こすのも可哀想でしょ? でも、お昼休みに水野君だけを連れて離れるというのも現実的ではないと、だったら神戸君的にはいつ動いた方がいいと思う?」
「それなら放課後かな」
最悪、逃げ帰ることもできる放課後は最強だ。
それでも気になるということならもう不可能だけど白土さんみたいにやってしまうのが一番だった。
こういうときに大事なのは自分に考える隙を与えないことだ、考えられる時間ができてしまうと必要以上に重く考えすぎてなにもできませんでした~ということになりかねない。
「そのときさ、神戸君とともこちゃんにいてもらいたいんだけどいい?」
「いいよ」
「よし、これで渡せないまま終わるってことはなさそうだ」
というわけで放課後になったら白土さんを誘って付いていくことにした。
なにかと鋭いゆう君だけど距離ができてしまえば流石にこちらへは意識はいかない、また、星さんも僕達がいる必要があったのかと言いたくなるぐらいには余裕そうな態度であっさりと渡していたぐらいだった。
つまり、すぐに自由な時間がきたことになる。
「本当に頼まれたのですか?」
「うん、確かに頼まれたから白土さんを呼んだんだよ」
「とにかく、無事に渡せたようでよかったですね」
「そうだね、せっかく用意したんだから渡せずに終わるのは悲しいだろうからね」
「神戸先輩も水野先輩も余計なことを言わずにすぐにありがとうという言葉が出て――あ、神戸先輩は出ていませんでした」
更にちくりと言葉で刺される前に帰ろうとしたら「二人ともありがとねー」と星さんがやって来た。
ゆう君の方を見てみるとそこにはらいすと遊んでいる彼の姿が、本当にあの能力は強すぎると思う。
「最近、本を読みながら帰るのをやめているみたいだね」
「うん、そこは本当にありがたいよ」
教室では星さんが来たとき以外は続けているからしっかり切り替えているということだ。
前のことを考えれば本当に嬉しいと思う、あと、彼的にも一緒にいられて嬉しそうだ。
「とにかくよかったね」
「ありがとう、ともこちゃんもありがとう」
「なにもしていないので」
「動いてもらったお礼をしようと思ったけど前みたいに怖い顔をされても困るからこれで帰るね」
なにもしないで帰ってくれてよかった。
解散になったかららいすのことは任せて家に帰ることにする。
最近は当たり前のようにこちらで過ごすことになっているから一旦寄るなんてことが必要ないのが楽でいい、送るのは当たり前だからそのことでも引っかかったりしない。
「いまの状態でよく二人きりになれますね」
「それって白土さんが積極的になるから?」
「はい、もどかしいのは私も同じなのです」
「はは、これは怖い女の子だ」
ならゆう君の方にらいすがいったのは好都合だったということか。
「ちなみに外で待っていたのは最悪、走り逃げようとしていたからです」
「そうなんだ、逃げるどころか白土さんはくっついてきたけど」
「渡したらなにも気にならなくなりました、ということでともこと呼んでください、今回だってこうしてぶつけてしまえば気にならなくなるはずです」
「ともこ」
意外だったのは星さんがゆう君のことをあっという間に名前で呼び始めなかったことだ。
でも、こうしてこちらも求められているということは向こうも動いているかもしれない、今日という日は少し違うからやりやすさも変わりそうだ。
「はい、全く問題ありませんでした、つまりこれまでの私は馬鹿だったことになります」
「馬鹿ということはないよ」
「そうですか、ならそろそろ動いても馬鹿ではないですよね?」
これはもう、というか、ほとんどのことをらいすに感謝するしかなかった。
自力でなんとかできたのは少しだけで卑怯な感じもするけど、うん、結局は求めていて逆らえない。
「本当に最近まで勘違いされていたことが悲しいですがちゃんとはっきりしてからは言ってこなくなったので安心して動くことができました。きっかけは確かにらいすさんですけど一緒に過ごす中で神戸――らく先輩の優しさに助けられたり、……そういうところに惹かれたり……まあっ、色々とありましたが前とは違うのです」
「うん」
「曖昧な関係のままでもらく先輩は受け入れてくれますがこう……安心してもっと一緒にいられるために一歩進んだ関係に――ここまで言わせておいてずるくないですか?」
「いやほら、全部言わせてしまったら動けなくなってしまうからここでね。ありがとう、嬉しいよ」
勢いでやった結果、動けなくなっているあほがいる。
「今回は積極的ですね?」
「……あの、後悔していますので――」
「ふふ、そういうことですか、それならもっとやりますね」
こういうときに限って意地悪な女の子になってしまった。
ただ顔は見えていないものの、楽しそうであるそれが演技ではないとわかったので今回も満足できるまでこうしておくことにした。
ちなみにあまり仲の良くない母が帰宅するまで続けていたので、どんなときでも恐ろしい子であることには変わらなかったのだった。




