たまご探偵物語 〜 雪山の怪死事件簿 〜
────私はたまごの探偵である。ん? その顔は何だ。開口一番、日本語がおかしいと文句を言うのかね?
⋯⋯なるほど「探偵のたまご」 が正しいと言いたいのかね。それは違う。いいか、よく見たまえ。私はたまごなのだ。楕円の美しいフォルム、美白色の少しざらつく肌。私の頭はまさにたまごそのものだろう。
たまご頭はしっかり洗浄され、生えた胴体は清めているから安心したまえ。だが近づくのは勘弁願おうか。たまごだけに、何かと割れやすい御年頃なのだよ。わかったかね。
だから私の事は「たまごの探偵」 で呼び方はあっているのだ。もっとも探偵のたまご‥‥新米なのも事実なのだが、そこは問題ではない。だから気にするな。
さて本題に戻ろう。私は雪山で起きた怪異現象の調査の為に、とある地方の都市まで来ているのだ。この地域では雪解けの季節になると、毎年のように原因不明の病による怪死事件が起きていた。
一説には、雪だるまのお化けが出るというのだ。雪だるまの怪異は、雪だるまを作るように子供へ頼むらしい。拒否すると呪い殺される‥‥そんな噂があった。
怪死──怪しい死因と言ったのは、事件での死者が体力のない小学生の子供ばかりだからである。不幸な出来事か起きていたというのに、怪異の仕業として面白おかしく伝わり、お嬢から調査依頼がかかったわけだ。
大方流行りの病の悪化で、身体が変異したのだと思われる。もっともそれは私が一人導いただけの見解。現地で調べて怪異事件として取り扱うかどうか、決めるのはお嬢の役目。
お嬢は私の雇用主だ。オカルト研究家であり、人の手の及ばない難解な事件を解決する専門家でもある。事件の下調べの為の調査費用は、大企業の会長でもあるお嬢が先払いで出してくれるという契約。私としては噂程度の与太話を調べるために各地へ旅行に出かけられるという美味しい仕事。
ん? 亡くなったものがいるのに不謹慎と言うのかね。残酷なようだが死んだたまごは孵らないのだよ。私はそうさせた原因を調べに来ているだけなのだから勘違いしないでくれ。
それに慌てる事はないのだ。宿には温泉もある。二、三日のんびりしたところで、お嬢には怒られまい。難事件の調査だけが目的ではないのだが、それはまたの機会に語るとしよう。
────だが事件の方が私を放っておいてくれない。私が有能なせいだな。事件の方から呼びに来るのだ。なんと、私の部屋を担当する仲居さんが、たまたまこの町の出身だったのだよ。町の宿だからあり得る話だなんて突っ込みはいらない。君が付くと黄身が破れて大惨事だ。怪異事件絡みの関係者が都合良くいるのは、たまごを割ってみた所、双子だった‥‥くらいの奇跡だろう。事件と同じように、彼女は幼い頃に姉を亡くしていた。
彼女から聞いた雪だるまのお化けの話は、はっきり言って眉唾なものだ。子供たちにありがちな、想像性が生んだ悲劇やも知れない。私は温泉宿を拠点に町を巡り、調査を行う。潤沢な経費に甘えて湯に浸かってばかりいると、温泉たまごになってしまうからな。
お嬢がどう判断するのかは別として、調べた限りを少し語るとしよう。まず宿の仲居さんの姉が亡くなるきっかけと思われる事件は、真実だ。情報はすでに消されていたが、子供たちの悪意のあるなしは聞いた話からの予測に過ぎない。ただ人間を雪だるまにする‥‥いわゆる遊びと称したいじめがあったようだ。悪い油を吸い過ぎたたまご焼きのように胸焼けする。
おそらく当時の子供たちに罪の意識など皆無だろう。そして宿の仲居さんの話の通り、ある年に行われた雪山の遠足で子供達が友達を殺したのも事実。なかった事にされたが事件を悔いたものが語って聞かせてくれたのだ。
私が知りたいのは事実と結果。欲しいのは、ただお嬢の判断材料となる痕跡だけ。何も成果をあげなければ、温泉たまごどころか沸騰した湯でボイルにされてしまうだろう。仕事で美味しい目に合っていても、美味しくされてはたまらない。
話が逸れたな。怪異事件の発端となった雪山への冬期遠足は、何事もなかったかのようにいまだ行われているという。
これは首謀者に当時の地元の有力者の子供が関わっていたことや、加害者側の多数の保護者、学校側の隠蔽体質がもみ消した紛れもない事件だ。怪異ではなく人害だ。
町の者には詳しく伝えられていないだけ。警察の調書の偽造や裁判になる前に、裏で取引きという名の圧力があったわけさ。恐るべきは人の業。煮え切らないたまごの黄身のようにドロドロだが、これはいただけないものだ。
新聞の記事には事実だけが淡々と載せられていただけ。名も知らぬ他所の地域の子供が雪山で遭難した、それが世間に伝わる真実。
伝えただけでもマシなのだと思いたいな。それでも反吐が出そうだ。
……そして肝心の怪死の理由はアドレナリンの幻覚作用によるものだと推測される。体力のない子供の寒い雪山への滞在。体温調節の麻痺による異常代謝や代謝機能の破壊を起こしたと考えられた。
一般には低体温症とも言うな。寒さによって発生したり、悪化したりする、いわば 寒冷障害の一種だ。
最近の異常気象による気温の落差による寒暖差アレルギーも、こうした症状に近いと思われる。
────⋯⋯すまん、。私はたまごぬ探偵、学者ではない。それっぽい事を色々と言ってみただけだ。専門家ではないのであまり叩かんでくれよ。たまごだけに、割れてしまうからな。
姉を亡くしたという仲居さんは、雪山の恐ろしさを誰よりも知っていた。姉の事件や寒さへの知識があったから‥‥自分が雪だるまのお化けに遭った時は、無理なく雪だるまを作り、動いて暖まっていた。そして手袋と帽子を外し雪だるまに与えた。
雪だるまのお化けの信憑性はともかく、宿の仲居さんは冷静な子供だ。姉が死んだのは雪だるまのお化けのせい──そんな大人の吐く嘘を信じ、子供の頃に寒さによる幻覚でお化けを見てしまったのかも‥‥と悔しそうに呟いていた。
たまごと違って、人体の不思議は面白いものだ。錯覚や思い込みから真実と真逆の反応を引き起こす。例えば温泉は温かい、熱いくらいのときもある。だが‥‥そういう思い込みをして入った時に氷水だとしたら、かなりドッキリするだろう。
今回の事件もそれに近い。身体が過敏になっている上に、過剰反応を引き起こしたのだ。暖かくなったのに、身体は寒いと勘違いする。
暖かくなるほど身体は逆の反応を引き起こしてしまうのだ。対処の方法は熱い冷たいを根気よく認識させ、身体に覚えさせることかな。
彼女が帽子や手袋を、雪だるまに与えたのは恐怖と優しさだった。しかし‥‥それが功を奏したて言うべきか、彼女は寒い事を認識し震えた。いま宿で元気に仲居さんとして働く彼女の手は、水仕事に荒れる事もなく玉のようピカピカだ。
────⋯⋯何、適当な事を言うなだって?
最初に言ったであろう。私ははたまごの探偵だと。事件の解決は医学の専門家やお嬢のような探偵の本家に任せるとしようじゃないか。
すでに報告は済ませた。私はそれまでゆっくり温泉に浸かる。これも両面焼きの目玉焼きのように、メンヘラなお嬢のための仕事なのだよ。仕事と称して意中の後輩と温泉旅行でも目論んでいるようだ。
焼きすぎて白身が黒焦げになる未来しか見えないが、私は見ぬふりをするとしよう。
────何、たまごだから温泉に浸かると茹だって固くなるだって?
ははっ、それで美味しくなるのならたまご冥利に尽きるというものだな。茹だるのを嫌がったが、それは仕事が終わる前までの話。たまごだって孵化すれば姿形を変えるように、仕事の終わる前と後では話が変わるものさ。
調査も終わったのだ。私としては存分にハードボイルドな世界に浸りたいのだよ。
────あぁっ、やめろ食うな。料理ではない、冥利と言ったのだ。
お読みいただきありがとうございます。リメイクですが888文字からの加筆になってます。中身はお察しですね。
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