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どうして異世界に来ることになったのか。  作者: スポンジ
12歳 入学前から入学後
96/245

1 少年の成長と軌道調整魔術。

 1日1話投稿中です。

 明日も午前6時台の投稿予定となっています。

 優しい陽光が大地を照らし、春の息吹が吹き始めている昼下がり。


 領主用邸宅(マナーハウス)の庭には、2人の少年の魔術が飛び交っていた。




「『炎の槍よ、敵を貫け(フラシュドゥシュ)』!」


 紅の髪と瞳を持つ貴族然とした少年――アンスの詠唱と同時に、魔法円が展開する。


 ……巨大だ。


 思わず見上げてしまう程、大規模な魔法円。

 一目で、強力な魔術が発動するのだとわかる。


 魔法円は空中へと展開した直後、大いなる輝きを放つ。


 強く輝くのは魔力の満ちた証。

 膨大な魔力が魔法円から感じられた直後に――


 灼熱が顕現する。


 一見すると円形の柱。

 両腕で抱えきれない太さを誇る円柱だ。


 しかしその先端は、鋭く尖っている。


 槍だ。

 炎が模っているのは巨大な槍。


 鋭利な部分は槍の刃の先端、すなわち穂先だ。


 槍は煌々と燃え輝き、周囲に炎を振りまいている。


 中級攻撃魔術『炎の槍よ、敵を貫け(フラシュドゥシュ)』。


 顕現した炎槍は、その穂先をこちらに向け、射出される。


 放たれた巨槍は獣の様な唸り声を上げ、空を切り裂く。


 その軌跡には、足跡代わりの炎が残っている。


 存在感と熱量。

 速度と威力。


 自身の背丈を遥かに超える武具が、高速で迫りくる恐怖。


「『炎の槍よ、敵を貫け(フラシュドゥシュ)』」


 しかしそれを振り払い、()も同様の槍を顕現させる。


 アンスの魔法円の情報量が多すぎて見えない部分はあるが、あの槍はおそらく直線軌道(・・・・・・・・)を描くはずだ(・・・・・・)


 自身のそんな予想を元に、アンスの槍の着弾点から、逆走するようにこちらの炎槍を放つ。


 ……これで槍同士は正面衝突。


 互いの威力で消滅するはずだ。


 しかし――


「ふふ……」


 俺の巨槍が放たれたにも関わらず、アンスの顔にあるのは勝ち誇った笑みだ。


 漠然とした不安が、胸中に広がる。


 ……何故だ? 考えろ。


 致命的な読み違い。


 放置すれば、即座にこちらの喉元を貫かれる。


 そんな予感が確かに在った。


 見る。視る。観る。診る。


 隈なく世界を観察し、ナニカを探す。


 ……何だ? 何を見落としている?


 アンスと巨大な魔法円(・・・・・・)を視界で捉えて―― 


「⁉」


 轟!


 アンスの槍が1度咆哮を上げ、軌道を変える(・・・・・・)


 直線の運動には変わりない。

 しかし先程の咆哮により、穂先が少し上にずれ(・・・・・・・・・)、こちらの迎撃の槍とは衝突せず、すれ違う軌道へと変化していたのだ。


「魔法円を、書き換えていたのか⁉」


「よし!」


 視界の端で紅の少年が、勝利を確信して握り拳を作る。


 しかし――


「させるか。『曲がれ(エーゲン)』」


 ……ほんの少しの、しかし確かな敗北感(・・・・・・)と共に――


 俺は新たな魔法円を展開する。

 掌程度の小規模魔法円。


 本来なら、恐れる様な魔術を発動できないはずのそれを見て、


 バッ


 紅の少年は身構える。


 ……素晴らしい心がけだ。


 だが、もう遅い。


 アンスが身構えた理由は明白だった。


 俺の展開した魔法円の位置がおかしい(・・・・・・・)からだ。


 本来の詠唱魔術なら、展開した魔法円から(・・・・・)魔術を放つ(・・・・・)

 故に魔術師は、魔法円を手元で展開する(・・・・・・・)ことが多い。


 しかし、今回の俺の魔術――魔法円は手元にはない。


 魔法円の展(・・・・・)開した位置は(・・・・・・)槍の穂先(・・・・)

 俺の放った炎槍の穂先である。


 鋭い穂先が魔法円に触れ、通り抜けた瞬間――


「何⁉」


 アンスが驚きの声を上げる。



 発動した魔術は、魔法円に記された術式通りの軌道を描く。


 故に俺の発動した「『炎の槍よ、敵を貫け(フラシュドゥシュ)』」は、軌道を変えたアンスの「『炎の槍よ、敵を貫け(フラシュドゥシュ)』」を迎撃できないはずだった(・・・)


 アンスは、2年の付き合いから、俺の性格を見抜いていたのだ。


 俺はアンスと同じ魔術で迎撃してくると。

 この魔術なら、直線軌道と判断すると。


 寒気すら感じさせる鋭い読み。

 

 だからこその軌道調整。

 俺の炎槍をギリギリで躱し、攻撃を先に届かせるための、最低限の魔法円の書き換え。


 それが今回のアンスの戦術だったのだ。



 しかし――


 隅々まで計算され、丁寧に構築されたアンスの魔術を、同様に(・・・)軌道を変えた(・・・・・・)俺の魔術が撃ち落とす。


「どうして、君の魔術も曲がるんだ⁉」


 驚愕の声が上がると同時に、


 ドンッ


 轟音が響く。

 互いの強大な炎の槍は衝突し、その衝撃は大空へと飛び立ったのであった。




「まさか君が、あの魔術(・・・・)を完成させてたなんて……」


 もぐもぐ


 アンスがヴァイ握りを頬張りながら、弱々しく呟く。


 魔術戦を終えての反省会。

 俺たちは、庭の木陰で腰を下ろして話し合う。


「入学試験までには、完成させるつもりだったからな。驚いたか?」


「そりゃあ、驚くさ。いきなり君の魔術の軌道が変わったんだから。

 せっかく、勝ったと思ったのに……」


 発動し終えた詠唱魔術は、魔術師の意志で制御することができない。

 その常識(ルール)を、魔法円を以って書き換えるのが、新しく開発した軌道調整魔術だ。


 アンスは悔しそうにこちらを睨んでいる。


 しかし、悔しいのはこ(・・・・・・)ちらとて同じ(・・・・・・)


 本来なら、軌道調整魔術なしに、アンスの「『炎の槍よ、敵を貫け(フラシュドゥシュ)』」を、俺の「『炎の槍よ、敵を貫け(フラシュドゥシュ)』」が華麗に撃ち落とす予定だったのだから。


「アンスの方こそ、凄まじい魔力制御だった。

 ……よく中級魔術を軌道変化させようと思ったな。

 初級魔術とは勝手が違うだろうに」


 心からの称賛を少年に送る。


 魔法円の文様――術式を書き換えるには、高い魔力制御能力が必要となる。

 それも、自身の意図したように術式を書き換えるというのは、本来なら(・・・・)幾度もの検証と実験が必要なはずだ。


 加えていえば、その書き換えの難易度は、魔術の難易度が上がるにつれて当然難しくなる。


 アンスが初級魔術の軌道変化(それ)をものにしているのは、知っていたのだが――


「初めて君と手合わせした時の、反省があるからね」


 少年は懐かしそうに微笑む。

 2年前と比べて、成長した面立ち。

 その笑顔は、公爵様によく似ている。


「君が2年前に指摘した『魔術が素直で、軌道が読みやすい』って反省点。

 今回は、それを逆に利用しようと思ったんだよ。

 

 ただ、初級魔術だと軌道変化を魔法円から、読まれるだろうからね。

 それよりもずっと難易度の高い中級魔術なら、流石の君でも軌道変化(それ)を読めないと考えたのさ」


「そりゃあ、次期公爵様ともあろう御方が、そんな危険を冒すとは思わん」


 中級魔術の破壊力や規模は、初級魔術と比べて桁違いだ。


 それ故に、失敗した時の被害も大きい。

 手酷い目に何度もあっているからこそ、その恐ろしさはよく分かっている。


 だからこそ、まさかこちらの意表を突くためだけに、中級魔術()の軌道変()化なんて()危険な橋を渡ってくるとは、思いもしなかったのだ。


 ……あの師匠(あね)にして、この弟ありか。


 魔術戦はともかく(・・・・・・・・)、読み合いや戦術では、完全に敗北したと言っていい。


「……それなら今回は、私の勝ちかな?」


 アンスは、イタズラ小僧の笑顔を浮かべる。


「いいや、それは認めない。俺の勝利だ」


 じっと互いに見つめ合い、小競り合いのバカバカしさに笑いだす。


「それなら仕方ないね。もう1戦やるかい?」


「もう今のパターンは覚えたぞ? 次で俺の方が完全に上だと理解させてやろう」


「私こそ、君の新魔術は頭に入れたよ。次は負けないさ」


「俺の魔術がそれだけだと思っていたら、怪我するぞ?」


 互いに茶化しながら、立ち上がる。


 こうして、再びのじゃれ合い(まじゅつせん)を始めようとしたところで――


「貴方たち……何やってるんですか?」


 背中越しに、明るさに満ちた女性の声が響く。

 本来なら、可愛らしく感じるはずの声色。


 ゾワッ


 しかし、俺がその声から感じたのは……一種の禍々しさ。


 圧倒的な恐怖だ。


 アンスの中級魔術以上の威圧感が、背後で蠢いている。


「アンス、任せたぞ」


「ああ⁉ 身体強化魔術はズルいよルング! 私を置いて行くな!」


 珍しく命令口調のアンスを置いて、全力で逃げの一手を指す。


 しかし踏み出そうとした所で、


「『|炎の嵐よ、敵を捕らえよ《ファブレーム》』!」


 アンスと俺を取り囲むように超大型の魔法円が展開し、燃え盛る炎によって、行く手を遮られる。


「ちっ、遅かったか」


「言ってる場合じゃないよ……」


 ……仕方ないか。


 背後のアンスと共に、ゆっくりと振り向く。


 庭ごと俺たちを包囲する、炎の嵐。

 

 そして、先程俺たちが座っていた位置には――


「どうして私を差し置いて、遊んでいるんですかねえ?」


 怒りに燃える王宮魔術師――レーリン様が、仁王立ちしていたのであった。


 ――12歳編開幕です。

 成長した彼らの様子を楽しんでいただければ、幸いです!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう!

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