1 少年の成長と軌道調整魔術。
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明日も午前6時台の投稿予定となっています。
優しい陽光が大地を照らし、春の息吹が吹き始めている昼下がり。
領主用邸宅の庭には、2人の少年の魔術が飛び交っていた。
「『炎の槍よ、敵を貫け』!」
紅の髪と瞳を持つ貴族然とした少年――アンスの詠唱と同時に、魔法円が展開する。
……巨大だ。
思わず見上げてしまう程、大規模な魔法円。
一目で、強力な魔術が発動するのだとわかる。
魔法円は空中へと展開した直後、大いなる輝きを放つ。
強く輝くのは魔力の満ちた証。
膨大な魔力が魔法円から感じられた直後に――
灼熱が顕現する。
一見すると円形の柱。
両腕で抱えきれない太さを誇る円柱だ。
しかしその先端は、鋭く尖っている。
槍だ。
炎が模っているのは巨大な槍。
鋭利な部分は槍の刃の先端、すなわち穂先だ。
槍は煌々と燃え輝き、周囲に炎を振りまいている。
中級攻撃魔術『炎の槍よ、敵を貫け』。
顕現した炎槍は、その穂先をこちらに向け、射出される。
放たれた巨槍は獣の様な唸り声を上げ、空を切り裂く。
その軌跡には、足跡代わりの炎が残っている。
存在感と熱量。
速度と威力。
自身の背丈を遥かに超える武具が、高速で迫りくる恐怖。
「『炎の槍よ、敵を貫け』」
しかしそれを振り払い、俺も同様の槍を顕現させる。
アンスの魔法円の情報量が多すぎて見えない部分はあるが、あの槍はおそらく直線軌道を描くはずだ。
自身のそんな予想を元に、アンスの槍の着弾点から、逆走するようにこちらの炎槍を放つ。
……これで槍同士は正面衝突。
互いの威力で消滅するはずだ。
しかし――
「ふふ……」
俺の巨槍が放たれたにも関わらず、アンスの顔にあるのは勝ち誇った笑みだ。
漠然とした不安が、胸中に広がる。
……何故だ? 考えろ。
致命的な読み違い。
放置すれば、即座にこちらの喉元を貫かれる。
そんな予感が確かに在った。
見る。視る。観る。診る。
隈なく世界を観察し、ナニカを探す。
……何だ? 何を見落としている?
アンスと巨大な魔法円を視界で捉えて――
「⁉」
轟!
アンスの槍が1度咆哮を上げ、軌道を変える。
直線の運動には変わりない。
しかし先程の咆哮により、穂先が少し上にずれ、こちらの迎撃の槍とは衝突せず、すれ違う軌道へと変化していたのだ。
「魔法円を、書き換えていたのか⁉」
「よし!」
視界の端で紅の少年が、勝利を確信して握り拳を作る。
しかし――
「させるか。『曲がれ』」
……ほんの少しの、しかし確かな敗北感と共に――
俺は新たな魔法円を展開する。
掌程度の小規模魔法円。
本来なら、恐れる様な魔術を発動できないはずのそれを見て、
バッ
紅の少年は身構える。
……素晴らしい心がけだ。
だが、もう遅い。
アンスが身構えた理由は明白だった。
俺の展開した魔法円の位置がおかしいからだ。
本来の詠唱魔術なら、展開した魔法円から魔術を放つ。
故に魔術師は、魔法円を手元で展開することが多い。
しかし、今回の俺の魔術――魔法円は手元にはない。
魔法円の展開した位置は、槍の穂先。
俺の放った炎槍の穂先である。
鋭い穂先が魔法円に触れ、通り抜けた瞬間――
「何⁉」
アンスが驚きの声を上げる。
発動した魔術は、魔法円に記された術式通りの軌道を描く。
故に俺の発動した「『炎の槍よ、敵を貫け』」は、軌道を変えたアンスの「『炎の槍よ、敵を貫け』」を迎撃できないはずだった。
アンスは、2年の付き合いから、俺の性格を見抜いていたのだ。
俺はアンスと同じ魔術で迎撃してくると。
この魔術なら、直線軌道と判断すると。
寒気すら感じさせる鋭い読み。
だからこその軌道調整。
俺の炎槍をギリギリで躱し、攻撃を先に届かせるための、最低限の魔法円の書き換え。
それが今回のアンスの戦術だったのだ。
しかし――
隅々まで計算され、丁寧に構築されたアンスの魔術を、同様に軌道を変えた俺の魔術が撃ち落とす。
「どうして、君の魔術も曲がるんだ⁉」
驚愕の声が上がると同時に、
ドンッ
轟音が響く。
互いの強大な炎の槍は衝突し、その衝撃は大空へと飛び立ったのであった。
「まさか君が、あの魔術を完成させてたなんて……」
もぐもぐ
アンスがヴァイ握りを頬張りながら、弱々しく呟く。
魔術戦を終えての反省会。
俺たちは、庭の木陰で腰を下ろして話し合う。
「入学試験までには、完成させるつもりだったからな。驚いたか?」
「そりゃあ、驚くさ。いきなり君の魔術の軌道が変わったんだから。
せっかく、勝ったと思ったのに……」
発動し終えた詠唱魔術は、魔術師の意志で制御することができない。
その常識を、魔法円を以って書き換えるのが、新しく開発した軌道調整魔術だ。
アンスは悔しそうにこちらを睨んでいる。
しかし、悔しいのはこちらとて同じ。
本来なら、軌道調整魔術なしに、アンスの「『炎の槍よ、敵を貫け』」を、俺の「『炎の槍よ、敵を貫け』」が華麗に撃ち落とす予定だったのだから。
「アンスの方こそ、凄まじい魔力制御だった。
……よく中級魔術を軌道変化させようと思ったな。
初級魔術とは勝手が違うだろうに」
心からの称賛を少年に送る。
魔法円の文様――術式を書き換えるには、高い魔力制御能力が必要となる。
それも、自身の意図したように術式を書き換えるというのは、本来なら幾度もの検証と実験が必要なはずだ。
加えていえば、その書き換えの難易度は、魔術の難易度が上がるにつれて当然難しくなる。
アンスが初級魔術の軌道変化をものにしているのは、知っていたのだが――
「初めて君と手合わせした時の、反省があるからね」
少年は懐かしそうに微笑む。
2年前と比べて、成長した面立ち。
その笑顔は、公爵様によく似ている。
「君が2年前に指摘した『魔術が素直で、軌道が読みやすい』って反省点。
今回は、それを逆に利用しようと思ったんだよ。
ただ、初級魔術だと軌道変化を魔法円から、読まれるだろうからね。
それよりもずっと難易度の高い中級魔術なら、流石の君でも軌道変化を読めないと考えたのさ」
「そりゃあ、次期公爵様ともあろう御方が、そんな危険を冒すとは思わん」
中級魔術の破壊力や規模は、初級魔術と比べて桁違いだ。
それ故に、失敗した時の被害も大きい。
手酷い目に何度もあっているからこそ、その恐ろしさはよく分かっている。
だからこそ、まさかこちらの意表を突くためだけに、中級魔術の軌道変化なんて危険な橋を渡ってくるとは、思いもしなかったのだ。
……あの師匠にして、この弟ありか。
魔術戦はともかく、読み合いや戦術では、完全に敗北したと言っていい。
「……それなら今回は、私の勝ちかな?」
アンスは、イタズラ小僧の笑顔を浮かべる。
「いいや、それは認めない。俺の勝利だ」
じっと互いに見つめ合い、小競り合いのバカバカしさに笑いだす。
「それなら仕方ないね。もう1戦やるかい?」
「もう今のパターンは覚えたぞ? 次で俺の方が完全に上だと理解させてやろう」
「私こそ、君の新魔術は頭に入れたよ。次は負けないさ」
「俺の魔術がそれだけだと思っていたら、怪我するぞ?」
互いに茶化しながら、立ち上がる。
こうして、再びのじゃれ合いを始めようとしたところで――
「貴方たち……何やってるんですか?」
背中越しに、明るさに満ちた女性の声が響く。
本来なら、可愛らしく感じるはずの声色。
ゾワッ
しかし、俺がその声から感じたのは……一種の禍々しさ。
圧倒的な恐怖だ。
アンスの中級魔術以上の威圧感が、背後で蠢いている。
「アンス、任せたぞ」
「ああ⁉ 身体強化魔術はズルいよルング! 私を置いて行くな!」
珍しく命令口調のアンスを置いて、全力で逃げの一手を指す。
しかし踏み出そうとした所で、
「『|炎の嵐よ、敵を捕らえよ《ファブレーム》』!」
アンスと俺を取り囲むように超大型の魔法円が展開し、燃え盛る炎によって、行く手を遮られる。
「ちっ、遅かったか」
「言ってる場合じゃないよ……」
……仕方ないか。
背後のアンスと共に、ゆっくりと振り向く。
庭ごと俺たちを包囲する、炎の嵐。
そして、先程俺たちが座っていた位置には――
「どうして私を差し置いて、遊んでいるんですかねえ?」
怒りに燃える王宮魔術師――レーリン様が、仁王立ちしていたのであった。
――12歳編開幕です。
成長した彼らの様子を楽しんでいただければ、幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!