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8 少年の挑戦

 1日1話投稿中です。

 明日も午前6時台の投稿予定となっています。

 いつも、魔術や剣術の訓練をしている庭。


 指定された時間帯に合わせて、そこで父上たちを待っていると、話を終えたらしい人影がこちらへと向かってきた。


「アンス様! 楽しみですねえ!」


 メイドのメーシェンがご機嫌の調子で呟く。


 ……楽しみ? 何が?


 いつも明るく朗らかな使用人相手に、ほんの少し気持ちがささくれ立つ。


 同年代の天才。

 姉上――王宮魔術師に認められ、父上と母上に将来を嘱望(しょくぼう)されている少年。


 ……ああ、嫌だな。


 何が嫌って、こんな風に考えてしまう自身の了見の狭さが嫌だ。


 すぐにこの場所から逃げ出したかった。


 父上の「会ってみろ」という言葉さえなかったら、私は今日この場に来ることすらなかったかもしれない。


「……アンス様? 疲れてます? 大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫……元気だよ」


 無言の私を心配したメイドからの気遣いも、今回ばかりは苦しい。


 ……早くこの時間が終わりますように。


 ひたすらそう願っている私にとっては。




「アンス! 久しぶりですね! 元気にしてましたか?」


 屋敷から出てきた影の内の1つ。


 黒ローブを羽織った、桜色の麗しき女性が私に呼び掛ける。

 威厳ある父上と並び立っても尚、輝く存在感。

 国を、陛下を、国民を守る頂点たる王宮魔術師が1人。


 レーリン・フォン・アオスビルドゥング。


 憧憬の対象たるその人――姉上に話しかけられて、私の心臓が跳ね上がる。


「お久しぶりです、姉上! 私は元気です!

 姉上こそ、お元気でしたか?」


「ええ。私は王宮魔術師としての仕事をちゃんとやりつつ、元気でしたとも」


 姉上が明後日の方向を見ると、その桜色の髪がさらりと揺れる。

 艶のある髪に、柔らかそうなもち肌。


 ……さすが姉上。


 激務にも関わらず、自身の健康管理は怠っていないみたいだ。


「ああ……それで――」


 そんな姉上が、隣へと桜色の視線を向ける。


「こちらが私の教え子で、ルングです。

 ルング、この子が私の弟のアンスカイトです」


 紹介されたのなら、私もその少年に目を向けなければならなくなる。


 ……氷のような少年。


 私がその子を一目見て抱いた印象だ。


 着込まれた膝丈のシャツとショートパンツに、ウエストコート。

 背丈は私よりも小さく、寝癖が少しはねた頭。

 土汚れの目立つシンプルな靴。


 しかし、そんなことが気にならないくらい、その少年の面立ちは強烈だ。


 どこまでも深い黒の髪に、透き通るような茶色の瞳。

 整った顔立ちではあるのだろうが、それを台無しにする無表情(・・・)


 ……何を考えているのだろう?


 彼と比べれば、更にその隣の父上の方がずっと分かりやすい。


 世界の全てに興味がないかのように淡白な表情――無表情だ。


 感情を排除したその顔は、正に冷徹。

 元々感情という機能がないといわれても、違和感はない。


 恐るべき無機質さ。


 子どもらしさなど、かなぐり捨てている。


 その異常な仏頂面が、整った顔の少年の印象を氷点下未満まで冷やしているのだ。


 そして――


 ……どうして?


 そう思ってしまった。


 厭世的とも見える無表情。

 向上心など備わってなさそうな顔。


 ……魔術にこだわりなんてなさそうな少年。


 どうして(・・・・)こんな子が姉上の(・・・・・・・・)指導を受けられて(・・・・・・・・)――


 ……私は受けら(・・・・・)れないんだ(・・・・・)


 理不尽な憤りであるのは分かっている。

 非才の私の醜い嫉妬であるのも。


 領主の息子が、領民に対してこんなことをす(・・・・・・・)べきではない(・・・・・・)のも。


 それでも――


「ルング君、私と魔術で手合わせをしてくれないか?」


 挑まずにはいられなかった私を、どうか許して欲しい。




「では、互いに準備はいいですか?」


「はい!」


「……はい」


 私は正面から無表情の少年と対峙していた。



 私の「手合わせをしたい」という提案は、思っていたよりもすんなりと受け入れられた。


 隣にいたメイドは「えっ⁉」と(当然だが)驚いた声を上げたのだが、挑まれた本人であるルング君は即答で私の挑戦を受けた。


 ……心底意外だったのは。


 父上と姉上がすんなり認めたことだ。


 特別家庭教師枠の魔術の天才といえども、領民であることに変わりない。


 そんなルング君(りょうみん)相手に、領主の子どもが勝負を挑むなど、言語道断だと私も思う。


 故に、両名の叱責を覚悟していたのだが――


「2人とも問題ないのなら良いだろう。心ゆくまでやってみなさい」


「いいんじゃないですか? 都合も良い(・・・・・)ですし」


 向けられたのは、穏やかな声色だった。

 むしろ――


 ……少し嬉しそうにしていたのは、何故だろう?


 そんな2人にも、少年は無反応だった。


 最初の調子を変えず淡々と、彼は私を見続けている。


 その魔力の流れは自然で穏やかだ。

 私の挑戦に逸ることも、昂ることもない。


 無為自然。


 ただそこに在るだけの自然体。

 少年はそれを体現していて、それ故に私(・・・・・)は恐怖を抱く(・・・・・・)


 魂――心や感情と魔力は繋がっている。

 私の魔力は嬉しい時に膨れ上がり、悲しい時には萎む。


 心が動けば、魔力も動く。


 しかし彼は今、普通の――自然体のままだ。


 これから魔術戦が始まるというのに、あるがままの魔力。


 それは即ち、魔力を完全な制御下に置いているということだ。


 視線を姉上に向ける。


 魔力の完全制御(それ)を可能とすることが、王宮魔術師の第一歩。

 そんな風にも言われる高等技術を、少年は齢10歳にして実現しているのだ。


 ぶるっ


 ここでようやく、自身が震えていることに気が付いた。


 ……怖い。


 勢いのままに、向かい合ってしまった。

 怪物(てんさい)に、挑んでしまった。


 心臓が痛い。


 彼との立ち合いで、結果が出てしまうのが怖い。


 ……負けるのが(・・・・・)――


 そう考えたところで、自身の傲慢に思わず笑う。

 相手は姉上に匹敵する……あるいはそれを超える魔術師。


 そんな化物に勝て(・・・・・・・・)る可能性があると(・・・・・・・・)私は考えていたのか(・・・・・・・・・)

 

 酷い驕りだ。思考を止めた怠慢だ。


 その気付きをきっかけに、無駄な力みが抜ける。


 ……そうだ。駄目で元々なのだ。


 たとえ絶望的な差があったとしても。


 それで私と天才(かれ)との違いが、少しでも感じられるのであれば、収穫はあったといえるだろう。


 腹が据わる。

 覚悟を決める。


 負けるのが決定的だとしても、全力を尽くすことを誓う。

 

 ……それが、私の挑戦を認めてくれた彼への礼儀のはずだ。

 

 

「それでは、互いに死なない程度に頑張ってください。

 死にそうになった場合は、ルングが治療ということで」


 姉上の仕切りで話は進み、私たちはコクリと頷く。


「では、よーい……始め!」


 その合図に身構えるが、少年は動かない。


 私の出方を無感情の瞳で見つめている。


 ……それなら――


 出し惜しみなどしない。


 初手で……決める!


 放つのは全開の魔術。

 私の扱える魔術の中で、最大威力の手札を切る。


「『炎の剣よ、敵を討て(フラヴィアーシュン)』!」


 大気すらも燃やし尽くしそうな、炎の大剣が顕現する。

 

 描く軌道は横薙ぎ。

 右から左へと振るわれる剣身(けんしん)の丁度真ん中で、少年を捉える軌道だ。


 しかし、敵を薙ぎ払い、焼き斬る中級攻撃魔術を前にしても――


「……」


 ルング君は動かない。


 だが――


 ……違う!


 先程までの無愛想無感情が嘘の様に、少年の瞳が(・・・・・)輝いている(・・・・・)

 それは魔力の輝きでもあり、知的好奇心の輝きでもあった。


 彼は動かず、ただじっと何か(・・)を見ている。


 ……何故だ?


 浮かぶ疑問符。


 何故彼は、自身に迫る大剣(・・・・・・・)を見ていない(・・・・・・)


 彼の視線の先にあったの私。

 

 あるいは――


 ……私の魔法円を見ているのか?


 展開した中級攻撃魔術の魔法円。


 それを彼はつぶさに、愉快そう(・・・・)に見ている。


 私の魔術が彼を焼き斬ろうとした刹那――彼の口元が下弦の三日月を作る。


 ……笑った⁉


 直後に発動されるのは――


「『火の盾よ、受けよ(フォートゥン)』」


 初級防御魔術だ。


 本来なら、中級攻撃魔術を受けられるような出力はない、小振りな火の盾。


 しかし、その魔術の担い手と魔法円は、それまでの静けさとは打って変わって、常軌を逸した輝きを秘めている。


「何⁉」


 直後の結果の衝撃。


 少年を捉えたはずの剣身――その中心部分――が、火の盾の破裂(・・・・・・)によって消滅したのだ。


 巨剣はぽっかりと中身が削られ、炎の巨剣の(・・・・・)空白が少年(・・・・・)を通過した(・・・・・)


 ……私の『炎の剣よ、敵を討て(フラヴィアーシュン)』が⁉


 こんな防ぎ方があるなんて⁉ 


 でも――


「まだだ! 『火の槍よ、燃え貫け(フォシュトゥリンング)』!」


 ……私はまだ負けていない!


 知り得る魔術を叩き込む!


 そんな私の決意に、少年はもう……無愛想ではなかった。

 弾けるような笑み。

 眩く輝く瞳。


 同性の私ですら、クラリとする程の魅力的な姿。

 どこか見覚えのある(・・・・・・・・・)、魔術を楽しむ探求者の顔だ。


「『火の槍よ、燃え貫け(フォシュトゥリンング)』」


 ルング君もまた、私と同じ魔術で対抗する。

 私の火の槍の穂先は余さず彼の槍に迎撃され、音を立ててその姿を消失する。


「『火の矢よ、穿て(フォープン)』! 『火の刃よ、焼き切れ(フォッゲン)』!」


 自身の持ち得る魔術(てふだ)を、私は切り続ける。


 ……強い、強すぎる!


 当然だ。

 特別家庭教師枠。

 あの姉上と同じ立場であり、姉上に教わることができる実力者なのだから。


 私の放つ魔術を、初撃以外は全て同じ魔術で迎撃される。


 ……力の差は、もう明らかだった。


 なんならそれは初手で気付いていた。

 中級魔術を初級魔術で防がれた段階で、彼我の腕前の差は明白。


 しかし、何故だろう。


 ……楽しい。


 あんなに怖かったのに。

 今のこの戦いに、私は高揚していた。


 その理由は対峙する少年――その瞳。

 ルング君は明らかに格下の私に対して、未だに輝く瞳を向け続けている。


 何が無愛想だ。

 何が無表情だ。


 ……自身の見る目の無さに、笑えてくる。


 少年に対して、淡々とした冷徹な印象はもうない。


「もっと、もっと、もっと魔術を見たい! 戦いたい!」


 彼の輝く瞳は、そう訴えかけてくる。


 ……まるで、おねだりをする幼子みたいだ。


 そんな輝くような瞳で見られたら。

 楽しそうな笑顔を向けられたら――応えないわけにはいかない。


 だって彼は――


「アンス様! 頑張ってください!」


 思考の途中で、メーシェン(メイド)の声が届く。


 私の身を案じながらも、信じる声。


「ふふ……」


 魔術の飛び交う戦場で、自然と頬が緩む。


 ……この場には、応えなければならない相手が2人。


 輝く瞳(ルング君)背を押す声(メーシェン)


 アオスビルドゥング公爵領に住む者たち。

 

 それはすなわち――


 ……私の領民たちだ。


 その想いに応えなければ嘘だ。


 振り絞れ! 

 燃やし尽くせ!


 私は自身に鞭を打つ。


 魔力は残り少ない。


 ……それでも。


 この充実した時間をずっと続けるために……私は魔術を放ち続けた。

 ――少年の本気の挑戦は美しいです。

 この勝負の結果は次回をお楽しみに!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう!

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