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6 少年の日常

 1日1話投稿中です。

 明日も午前6時台の投稿予定となっています。

 白み始めた空。

 小鳥の鳴き声が、新しい1日の始まりを告げ、木々が少しずつ目覚める早朝。


 それ(・・)はアオスビルドゥング公爵邸全体が、未だ寝静まっている時間帯に始まった。


「『火の刃よ、焼き切れ(フォッゲン)』!」


 薄い朝靄が広がる中、白光が美しい円形を(かたど)る。


 否、円だけではない。

 美しい円には、白く輝く中身があった。

 丸型の各所に配置された文字。


 美しき文様が、展開された円の内部を奔る。


 術式だ。

 魔術を世界へと顕現するための術式が、円の中身を彩っているのだ。


 瞬間的に空中へと描き出された円と文様は、いわゆる魔法円(・・・)である。


 その内部を魔力が満たした途端――


 ボッ


 魔法円から火の刃が生み出される。


 勢いよく燃える刃は術式の(しるべ)に従い、開けた庭へと放たれた。


 刃は10メートル程空間を切り開くと、力を使い果たして消失する。


「ふう――」


 魔術の大本となった魔法円。


 その隣には、1人の少年が立っていた。


 紅の髪と瞳。

 表情は硬いが上品かつ端正な顔立ちに、弦の様に張り詰めた佇まい。


 貴族の子弟だと一目で分かる気品を、少年は持っていた。


 動きやすさを重視したのか、襟のついたシャツと赤のブリーチズ(ズボン)という、貴族にしては珍しい簡素な服装で、彼は汗を流す。


 真剣な面持ち。

 紅の少年はもがく様に、更に魔術を重ねる。


「『火の槍よ、燃え貫け(フォシュトゥリング)』!」


「『種火よ、爆ぜよ(グルーラ)』!」


「『火の矢よ、穿て(フォープン)!』


「『火の盾よ、受けよ(フォートゥン)』!」


 自身の体に染みついている魔術を、彼は次々と発動していく。


 放たれた火の魔術は、立ち込める朝靄の中で強く輝き、公爵邸そのものを照らした。


「『炎の剣よ、敵を討て(フラヴィアーシュン)』」


 ズキリ


 最後に、自身の発動できる最大規模の魔法円を展開させると同時に、疼痛に襲われる。


「くっ!」


 魔力切れだ。


 朝日が昇り始めたはずの世界が、一瞬暗くなり、少年を微睡(まどろみ)へと引きずり込もうとする。


 しかし、ここで意識を手放すわけにはいかない。

 この魔術の制御を失ってしまえば、公爵邸に被害が出てしまう可能性があるからだ。 


 紅の少年は魔法円をどうにか操り、炎の巨剣は無事公爵邸の庭で振るわれる。


 ドサッ


 その結果を確認すると、少年はその場に座り込んだ。

 足元の覚束ない感覚。

 視界が強く揺れている。


「はあはあ……」


 ……気分が悪い。


 頭痛によって生じた吐き気を、何度も息を吸うことにより抑える。


 外気を何度も取り入れていくうちに、少しずつ痛みが引いていく。




アンス(・・・)様! 大丈夫ですか⁉」


 大分痛みが引いてきたタイミングで、()を案じる声が響く。

 声の源に目を遣ると、こちらに駆け寄る1人の少女が見えた。


 公爵家の使用人――メイドだ。

 赤紫色の厚手の生地のワンピースに、肩口にフリルがついた白のエプロン。

 胸元には白の紐リボンが結ばれており、少女の1歩1歩に可愛らしく揺れる。


 そのリボンに負けず劣らず揺れる美しい銀の髪。

 エプロンのフリルにかかるか、かからないかの長さの髪は、朝日を反射し眩く輝いている。


 可憐な銀の少女。

 妖精のような美しさを、その身に宿した少女。


 ……しかし残念ながら。


 その表情は今、切羽詰まった焦りに満ちている。


「……ああ、大丈夫だよ。ありがとう、メーシェン(・・・・・)


 私の言葉を聞いた途端に、少女の焦燥感に満ちた顔が安堵の表情に変わり、そしてまたすぐに心配のそれへと変わる。


 ……コロコロと変わる表情が、とても眩しい。


「いえ、アンス様はすぐに無理をしますから、信じません!

 まだ10歳なのに、どうしてそんな生き急ぐみたいに、無茶するんですか!


 ……立てますか? 肩をお貸ししましょうか?」


 こちらの返事を聞かず矢継ぎ早に告げると、使用人はすぐに寄り添おうとする。


 ……しかし私はもう10歳だ。


 ここまで露骨な子ども扱いは恥ずかしい。


 彼女を手で制し、足に力を入れる。

 足裏が大地を掴む感覚。

 先程の頼りない感覚はもうない。


 視界の暗転も、割れるような頭痛も収まっている。


 ……うん、問題なさそうだ。


「メーシェンは心配性だなあ。大丈夫だと言っているのに」


 本当に真面目で優しい使用人だ。

 しかし、その思いやりが今はとても――


「いえ、心配もしますよ!

 アンス様に体調不良で倒れられでもしたら……私、公爵様たちから大目玉ですから!

 下手したら減給! 一歩間違えればクビですから!」


 ……どうやら彼女の心配や思いやりは、私ではなく自身に向けられたものだったらしい。


 できれば、彼女に感心した私の気持ちと時間を返して欲しいものだ。


 言葉を失った私に、少女は言葉を続ける。


「あれ? アンス様? どうしました?」


 何も言わずに固まっている私を、メーシェンは大きな瞳で覗き込む。

 純真無垢と見せかけて、物欲に塗れた瞳である。


「いや……なんでもないよ」


「そうですか? 苦しかったり、痛かったりしたら言ってくださいよ?」


 ……痛かったのは、体ではなく心の方かもしれない。


「……勿論わかっているよ。大丈夫大丈夫。じゃあ、そろそろ行こうか」


「ああ、ちょっと待ってくださいよ! 根を詰め過ぎですよ⁉

 そんなんじゃ、お友だちできませんよ?

 喧嘩して、2人の仲を深めるイベントもできませんよ?」


「私に友人を作ったり、ましてや遊んだりする暇なんてないよ」


 ……そして、喧嘩で仲を深めるなんてあり得るのだろうか。


 そんな疑問を抱きながら、私は薄情な使用人を置いて歩き始める。


 今日はこれから基礎教育と剣術に、魔術の授業もある。


 私はアンスカイト・フォン・アオスビルドゥング(・・・・・・・・・)


 教育公爵ことアオスビルドゥング公爵家の長男であり。

 最年少の王宮魔術師レーリンを姉に持つ不肖(・・)の弟。


 ……天才で人格者の姉上に追い付くためにも。

 

 公爵家の長男たるもの、無駄にする時間などないのだ。

 ――少年は天才の姉を追いかけています。


 新しい登場人物が出てきました。王宮魔術師レーリンの弟、アンスカイト――アンスです。

 これから数話ほど、彼の視点で話が進む予定ですので、ルングとは異なる視点をぜひお楽しみください!


 本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 ではまた次のお話でお会いしましょう!

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