5 公爵様は期待している。
1日1話投稿中です。
明日も午前6時台の投稿予定となっています。
「……なるほど。
では、ルング君は魔物の襲撃を危惧して、村に魔術師を派遣して欲しいと。
且つ、君が村を去った後は、教導園での授業をお願いしたいと」
「はい」
この娘にしてこの親あり。
公爵様は俺の言葉と報告書及び陳情書の内容を、恐るべき速度でまとめてしまうと――
「うん、良いだろう」
「え……?」
迷いなく答えを出す。
「……良いんですか?」
……どうして。
疑問――懐疑の念を抱く。
……どうしてこんなにあっさりと認められる?
報告書や陳情書を用意したとはいえ、平民の……それも子どもの要請だ。
それなのにどうして迷わない。
即答できる?
「良いんだよ。私はね、基本的に領民の要望は聞くと決めているんだ。
無論おかしな話は、聞き流したり無視したりするけどね。
今回は叶えるべき要望だというわけだ。
何より、領民の安全がかかっているのだからね」
公爵様は当然だとでも言いたげだ。
……この人、本当に師匠の父親か?
能力や顔立ちは似通っているが、価値観が違い過ぎる。
まともだ。
まとも過ぎる。
……何か裏があるのではと、考えてしまう程度には。
俺の怪しむ気持ちを察したのか、紅の男性から笑みが零れる。
「ふふふ……。
ルング君。君は実に魔術師らしいね。レーリンそっくりだ」
……俺と師匠がそっくりだって?
「ええ……師匠に似てますか?」
聞き捨てならない台詞に、思わず聞き返す。
「ルング、何でそんなに嫌そうな顔してるんですか⁉
尊敬する師匠に似ているだなんて、喜ぶべきところですよ?」
威厳のある公爵様から、立ちっぱなしの王宮魔術師に目を移す。
美人で有能。
しかし雑で怠惰で外道。
……よし、聞かなかったことにしよう。
師匠を無視して、再び公爵様へと視線を戻す。
すると彼は、愉快そうに口を開いた。
「ああ……安心してくれ。
似ているといっても、合理的な部分が似ているという意味だよ。
性格や倫理観といった部分は、むしろ似ないで欲しい……心からね。
それは常々息子にも言い聞かせている」
「お父様? 実の娘とはいえ、言っていい事と悪いことがあると思いません?
というか最近、アンスが私に冷たいのってそれのせいでは――」
「合理的な部分ですか?」
師の言葉を遮り、公爵様に尋ねる。
「うん。君は今、こう考えただろう?
『何もしていないのに、どうして魔術師を派遣してくれるのか』と。
そして、こうも考えたはずだ。
『その代償は何か』とね」
こくりと正直に頷く。
言葉は違えども、公爵様は的確に俺の心理を突いている。
「その感覚が、実に魔術師らしいのさ。
全てにおいて、理があるという価値観。
慈愛よりも合理性を重んじる感覚がね。
ではそんな君を安心させるために、こちらの利益――アンファング村を守ることで生じる利益を、伝えておこう。
まず、魔力ヴァイだ。
知っていると思うが、魔術師は貴族しかいなかったからね。
魔術で作物を育てるどころか、自身で作物を育てる者すらいなかったんだ。
私だって、領地の中に畑はあるが、君たちが魔術でヴァイを育てるまで、『魔術で作物を育てよう』だなんて考えたこともなかった。
だから革命的だったよ、あの魔力ヴァイは。
他の領地も開発に取り組み始めてはいるが、ウチの領地には君たちがいた。
君たちのこれまでの積み重ね――実験と研究の日々。
そのおかげで、我が領地は開発競争において、他領より何歩も先んじている。
魔力ヴァイは最早、アオスビルドゥング公爵領の名産の1つなっているといっても、過言ではないのさ。
それだけでも、アンファング村に魔術師を派遣する理由としては充分だ」
姉が思い付きで始め、姉弟で育て上げた魔力ヴァイ。
それがいつの間にか、公爵様に認められる程のものになっていたなんて。
胸の奥に達成感が広がり、目頭が熱くなる。
……これは姉さんに手紙で報告しないとな。
自慢の姉は、ヴァイを我が子の様に可愛がって育てていたから。
きっと大喜びするに違いない。
「だが、それだけではない。
さて、ルング君。
他に私――公爵領にとっての利が思いつくかい?」
公爵様は、俺を試す様に問いかける。
……最初の公爵様による魔力ヴァイの話はおそらく。
考え方の範を示してくれたのだ。
「私ならこう考える――理屈を組み立てる」と。
それを踏まえて、自身の考えを組み立てる。
魔力ヴァイの様に、俺たちの研究したものが、領地の利益になるのなら――
「……もしかして、魔術――魔力に目覚めた子どもたちですか?」
公爵様は俺の答えに、表情を緩める。
「その通りだ。よく気付いたね。
それが2つ目の利益。
魔術は力で、魔術師は国力だ。
その力を貴族以外も――誰でも扱えるようになるのなら、世界が変わる。
魔術の進歩は加速度的に進むだろう。
研究者も増えるだろうからね。
それは間違いなく、領民たちの生活をより豊かにする。
君たちの様に自力で魔物を狩ることのできる存在が育つことで、各村が簡単に自衛できるようになるかもしれないね。
そうなれば、領民が理不尽な理由で死んでしまうことも減るだろう」
公爵様はそこで話を終える。
だが――
……足りない。
公爵様の話には不足がある。
そう思う。
おそらく、わざと言及しなかったのだろう。
魔術は力で、魔術師は国力。
公爵様はそう言った。
国力は、国としての総合的な力だ。
政治や経済、科学技術、そして――軍事。
つまり魔術師が増加するにつれて、(他の能力もだが)軍事力もまた増える。
そして軍事力の増加によって、できることといえば――
……領地あるいは自国の防衛と、他国の侵略。
防衛は良い。
自国の独立を保証するためには、必要だと思う。
……だが侵略に用いられたら?
魔力に目覚めた子どもたちの魔術を使って、他国を蹂躙する。
もし姉さんや村の子どもたちが、そんな風に利用された時――
俺は何を思い、何を為すだろうか。
……少なくとも、大人しくはしていないだろうな。
姉や村の子どもたちのために、自身のできること――やりたいことを。
持てる全力を尽くして、俺は為せる全てを為すだろう。
今、確信できるのはそれくらいだ。
従順か反逆か、あるいはその他か。
俺の行動が、どのような結果を招くかは現時点では分からない。
……まあ、それに。
公爵様は、子どもたちの利用を明言しなかった。
真相は闇の中。
公爵様がそこまで考えていない可能性だってわずかながらあるし、それをする気がない可能性だって十分にある。
……なんにせよ。
公爵様が明言しなかった以上、俺も言及するわけにはいかない。
俺の表情から公爵様は何かを読み取り、満足そうに頷くと、視線を師匠に向け、話を戻す。
「レーリン。アンファング村を守るために動く最後の理由は分かるかい?」
……最後の理由?
もう公爵様に――公爵領に利のある要素はない気がするが……。
しかし、師匠の答えは迅速だった。
「この子たちでしょう?」
師の視線は公爵様ではなく、俺に向いている。
……俺たち?
「どういうことですか?」
「どうもこうも、そのままですよ。
クーグとルング。
あなたたち姉弟が目的ってことです」
……それは。
俺たち姉弟が目的ということはつまり――
「公爵様は、幼い子どもがお好み……?」
「そんなわけないでしょう! 人の親にあらぬ風評を立てないでください!」
声を荒げられても、これに関してはちゃんと説明しないのが悪いと思う。
師は呆れた様に続ける。
「つまりですね……ルングたちの価値が高いってことですよ。
平民で初めて魔力に目覚めた姉弟。
それだけでも価値があるのに、独力で魔力や魔術を研究する探究心。
特別家庭教師枠を問題なく受けられる実力。
新種のヴァイや無詠唱魔術を生み出す開発力。
現時点でそんなあなたたちが将来生む利益を考えれば、今の内に取り込む……とまでは言わなくとも、恩を売っておく価値は、十分あると判断できるんですよ」
いわゆる青田買い。
俺たちを援助しておくことで、将来公爵様――公爵領や国の役に立ってもらおうと考えているということか。
公爵様は師匠の言葉に深く頷く。
「そういうことだ。
優秀な魔術師は、確保しておくに限る。
私たちが困った時に、助けてもらえるかもしれないからね。
……どうだい? 納得はできたかな?」
こくり
首を縦に振る。
つまり、今回の俺の要請が公爵領の利益と一致したからこそ、対応してくれるらしい。
魔力ヴァイ。
子どもたちへの魔術指導。
姉弟と師匠での魔術研究。
姉と楽しく歩んできた人生が、実を結んだように思えて嬉しくなる。
そんな俺を見て、公爵様は今日1番の柔らかい笑顔を浮かべた。
「うん、それなら良かった。
魔術師は基本的に、合理性の怪物ばかりだからね。
それも魔術師1人1人に理屈があり、理論があり、道理がある。
自身の内なる法則を証明するために、人生を費やすような輩ばかりさ。
ウチの娘なんて、それが顕著だ。
多分、自分のことを神様か何かだと思っている」
言及された師匠の肩が揺れる。
「ルング君を公爵邸に連れて来ることで、私の注意を逸らそうとしたんだろう?」
「ギクリ」
優しく微笑んでいた公爵様の鋭い眼差しが、師匠を貫く。
すると先程まで渡り合っていたはずの、桜色の魔術師の頬に一筋の汗が流れる。
「ルング君を連れて来ることで、私の連絡を無視したことと、陛下や王宮魔術師総任依頼の仕事を放置して、自身の研究に打ち込んでいたことを、誤魔化そうとしたんだね?」
俺の公爵様への直接陳情を、師は自身の怠慢の隠れ蓑にするつもりだったらしい。
言葉が紡がれる毎に、公爵様の圧力が高まっていく。
「こ、これが公爵様の力……」
「言ってる場合ですか! いや、お父様?
私は無視したわけでは無く、あえて置いていたというか、熟成というか!」
「公爵様、そういえば領主用邸宅に、師匠宛の締め切り書類が多くあったのですが、あの中に――」
「ルング、止めなさい!
それ以上は誰も幸せには――」
「そうだったね、王宮魔術師殿」
俺の言葉を師匠が遮り、公爵様の言葉が桜色の魔術師を踏み潰す。
「お前は今、領主用の邸宅を使ってるんだったね。
いずれ諸々の確認のために、訪問しなきゃいけないね」
「すみません、お父様!
謝りますから! 後生ですから、それだけは!」
壁にもたれかかっていた王宮魔術師は、気付けば正座している。
いつ土下座に移行しても、おかしくない構えだ。
……偉くなっても、頭が上がらない相手。
師にとっては、それが公爵様らしい。
……俺の場合は、姉さんや母さんだろうか。
公爵様はそんな娘を冷ややかに一瞥して、こちらへと微笑みかける。
……なんとなくだが。
最近こんな感じの笑顔を、見た気がする。
「バカな娘は捨て置くとして……さて、ルング君」
落ち着きのある声。
渋みのある声。
人生経験の深さを感じさせながらも、どこか狩人の様な響きが伴った声だ。
「はい、何でしょうか。公爵様」
「早速私から君に、お願いがあるんだけど良いかな?」
威厳のある公爵様は、そう言ってパチリとウインクをする。
その茶目っ気のある姿は、床にひれ伏す王宮魔術師の師に、やはりよく似ていたのであった。
――ルングたち姉弟のこれまでの人生の価値を、ちゃんと公爵は理解していたのでした。
ちなみにレーリンの言っていたアンスは、公爵家長男で次期公爵になります。
次話では彼が……となる予定ですので、お楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!