3 強引かつ唐突な師匠。
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明日も午前6時台の投稿予定となっています。
アンファング村の属するアオスビルドゥング領は、王都のすぐ隣にある領地だ。
各領地が国全体を支えるため、地域の特色に合った方向性で成長していく中、初代アオスビルドゥング公爵は教育に心血を注いだことから、教育公爵領と呼ばれるようになった領地である。
ちなみに姉の通う魔術学校や、今後リッチェンが通う予定の騎士学校のような各教育機関が領地内に存在しており、噂では諸外国からの留学生も珍しくないらしい。
「師匠、なぜ俺たちは今、こんな所にいるんです?」
コツコツと足音が反響する長い廊下。
白を基調とした飾り気のない空間を、師弟で歩く。
「ルング、さすがにここのことを『こんな』なんて言い方したら、マズいですよ」
先導している師匠の背中から、思いの外怖い台詞が返って来る。
「いや、貶める意味合いは特になかったんですが……。
シンプルで、個人的には好きですし。
では、言い直しましょう。
なぜ俺たちは、アオスビルドゥング公爵邸にいるんですか?」
俺たちは今、教育公爵領の主――アオスビルドゥング公爵の屋敷にお邪魔していた。
貴族の住まいと聞いて、勝手に中世の城のようなものを想像していたのだが、そんなことはなく、どちらかというと村にある領主用邸宅に構造は近い。
……流石に規模は、あの邸宅より随分大きいが。
その公爵邸の廊下を、師弟揃って進んでいた。
「なぜって……ルング言ってたじゃないですか?
魔術師を村に派遣して欲しいんですよね?
だから領主様にお願いしに来た次第です。
……ついでに権力者とのコネづくりも、できるかもしれませんよ?」
こちらを振り向き、パチリとウインクする師匠。
……正気か? この王宮魔術師。
どこをどうしたら昨日の今日で、公爵と会う約束を取り付けられて、あまつさえ平民が直談判できるような段取りを組めるんだ。
……こんなことになるのなら――
この師匠が、早起きしていた段階で、確認しておくべきだった。
今朝のことを思い返す。
早朝、畑でヴァイの世話をしていると、珍しく師匠がやって来たのだ。
「ルング、行きますよ!」
開口一番、師はそう言って強引に俺を連れ出そうとするので、両親にどうにか言伝して出発したのがつい先程。
その後は「付いて来なさい」という、潔さすら感じる師の言に引っ張られ、風属性の移動魔術で王宮魔術師の尻を追いかけること数時間。
朝からの強襲により、その言葉を疑えもせず何も聞けずに付いてきてしまった結果、手ぶら状態で公爵邸にいるという、大ピンチに陥ってしまっていた。
師の勢いに呑まれたことが、今更ながら悔やまれる。
……いや、正確には手ぶらではないか。
俺の両手には、先日師匠に提出した報告書と陳情書がある。
彼女を追いかける際「随分と大きな荷物を持っているな」と思っていたが、どうやらこの書類が入っていたらしい。
恐らくこれを提出しつつ、口頭で公爵に魔術師誘致に関する陳情をしろということなのだろう。
……だとしたら、尚更言っておけよ。
そう思わなくもない。
まあ提出段階で推敲は終えているし、形式としては問題ないはず。
しかし、心配事は尽きない。
……例えば根本的な話として、公爵は平民の話を聞いてくれる人なのだろうか。
そもそも、本人と会えるかも怪しい。
先導する桜色の女性を見つめる。
……俺は、彼女以外の貴族を知らない。
師は常識が欠如している代わりに、人としては割と大らかだ。
姉弟がどんな口を利いても、本気で怒ることはない。
実際、姉は常にタメ口だったが、注意されることは終ぞなかったわけだし。
俺がおいたをしたところで、ツッコんで済ませることも多い。
……単純に興味がないだけのような気もするが、それはこの際置いておく。
俺たちの言葉遣いよりも、師は理屈を優先している雰囲気がある。
理の組み方が、正しいかズレているか。
合理性を優先して、接してくれているように感じる。
……だが、他の貴族もそうだとは限らない。
言葉遣いや態度。
ごまんと存在する礼儀作法。
その1つのミスが、身の安全を脅かすことになるかもしれないのだ。
そんな俺の気持ちも露知らず、師は「久しぶりですが、あまり変わり映えしませんねえ」などと言いながら、手馴れた様子で歩を進める。
「そういえば、公爵様もルングに会いたがってたんですよ?」
「……どうしてですか?」
……更に不安が塗り重ねられる。
清廉潔白な人生を歩んでいても、お偉いさんとの対面は不安になるもの。
そして公爵といえば、かなり高い立場にいるはずだ。
……王族の次くらいだろうか?
そんな人が俺に会いたがっていた?
……恐怖だ。行きたくない。
今からここに、隕石でも落ちてくれないだろうか。
俺のそんな現実逃避を知ってか知らずか、
「そんなに心配せずとも、大丈夫ですよ?
本当ならクーグとも会いたかったと言ってたので、きっと特別家庭教師枠の生徒の様子を知りたかったんじゃないですか?」
師匠は細かく説明してくれる。
……それが本当ならいいが。
どうやら師は、随分公爵様と近しい間柄にあるらしい。
王宮魔術師の仕事関係で、知己なのだろうか。
というか、その話の流れだと――
「……やっぱりこれから公爵様本人に会うんですか?」
「ええ、勿論」
「……本気ですか? お貴族様に接する時の礼儀なんて知らないんですが」
「ルング? 忘れているのかもしれませんが、私もその貴族なんですよ?」
……傅いたりすればいいのだろうか。
それとも、時代劇の様に「ははあ」と言って土下座でもすればいいのだろうか。
「……言葉遣いは、今みたいな感じで良いのでしょうか?」
……避けなければならないのは、問答無用で処される道筋。
もし公爵が狭量な人であれば、俺の態度次第でその理不尽ルートを歩むことになるかもしれない。
可能であれば今の内に対策を。
もし対策が厳しいなら、公爵邸から脱出する選択肢も考えなければならない。
「狼狽えているルングは、珍しいですねえ。
多分大丈夫ですよ。公爵様は一応優しい方ですし。
敢えていうのであれば、その無愛想能面の顔を止めて、ニコニコした方が良いですかね」
「……無理ですね」
……逃げるか。
魔力を練り始める。
三十六計逃げるに如かず。
失礼な態度を取る可能性が少しでもあるのなら、会わない方がまだマシだという合理的な判断の下、逃げる準備を始めるが――
「ルング? 私は逃がしませんし、もう着きましたよ?」
師匠は通り過ぎるかと思われた何の変哲もない扉の前に立つと、俺の返事を待たずに躊躇いなくノックする。
……魔力をその身体に満たした状態で。
王宮魔術師に、俺を逃がす気はなさそうだ。
「入りなさい」
中から低く渋い声が響く。
……もう逃げられないか。
諦念が心に巣食っていく。
「はいはい。王宮魔術師レーリン、入りますよー」
結局俺は、おざなりに入っていく師の後に、
「アンファング村のルング、入ります。失礼します」
張り詰めた気持ちのまま、公爵と対面することになったのだった。
――無事逃げ切れたとしても、会う約束を破った不敬罪にあたるジレンマ。
公爵様を目前にしたルングの運命や如何に。
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!