1 新たな計画。
1日1話投稿中です。
明日も午前6時台の投稿予定となっています。
月夜の下、2つの影が対峙していた。
1つは巨大だ。
4足歩行の猪の様な獣。
逆立つ体毛に、落ち着きなく動かされる四肢。
身じろぎ1つで大気が揺れるように感じるのは、その存在感故か。
しかしそれ以上に特徴的なのは、その体躯と比べても長く鋭い牙。
興奮しているのだろうか、獣はその牙で地面を削り上げ、対峙する敵に向けて気を吐いている。
それに対して、向かい合う影は小柄だ。
フリルのついた可愛らしいドレスと、1つ結びにされた赤い髪。
首元に輝くネックレスは、夜に映える赤銅色。
その手には、月光を纏う剣が握られている。
少女だ。
可憐な少女が、巨大な獣と対峙しているのだ。
睨み合い、弧を描きながら、少しずつ互いににじり寄る。
すると、間合いを測るかのようにゆっくりと動いていた2者が、ある位置を境に同時に動きを止めた。
走る緊張感。
夜の静寂が更にそれを助長する。
ダッ
最初に動いたのは獣だ。
先手必勝と巨躯を大きく揺らし、少女に牙を突き立てんと走り出す。
1歩1歩に地が震え、そのつんざくような雄叫びは、敵意に満ちている。
対する少女は、夜の闇に紛れるように静かだ。
自身の命を奪おうとする牙を、落ち着き払って見据えている。
両者の距離が迫り、少女がその牙で貫かれるかと思われた刹那、少女自身が月の輝きを宿す。
ドン
轟音と共に、地上の月が1度瞬いた。
いつの間にか、少女が獣とすれ違っている。
直後に訪れたのは、唐突な決着だ。
獣の首がズレる。
頭部はズシンと先に地に落ち、その重さを誇示する。
頭が落ちた後、体はほんの数歩だけ進み、音を立てて崩れ落ちた。
それを見届け、少女は軽く血振りをして剣を鞘にしまうと、
「お腹が空きましたわ……」
獣との張り詰めた対決とは打って変わって、気の抜けたことを呟いた。
「……魔物の肉は不味いらしいぞ? 村長が言っていたが」
俺の言葉に、魔物を仕留めた少女――リッチェンは答える。
「いや、別に魔物を食べたいというわけではないですの。単純に空腹なだけで」
それを訴えるかのように、くうと少女の腹が可愛らしく鳴く。
「……仕方ない、これをやろう」
そう言って俺が取り出したのは、魔力ヴァイの握り飯だ。
複数のヴァイの葉で包んで、おにぎりの様に握り、持ち歩けるようにしたものである。
……念の為用意しておいたのが、ここに来て役に立つとは。
「そ、それはまさか伝説の……ゾーレ様お手製魔力ヴァイ握りですの⁉」
「母さんの握り飯にそんな名前が付けられているのか?
悪いが……今回は俺のお手製だ。
そもそもウチの母さんの手料理は、そう珍しくないだろうに。伝説って」
「でも、村の皆はそう言ってましたのよ?」
少女はパチパチと瞬きする。
……確かに母さんの料理は美味いが、まさか伝説になっているとは。
今後の村での商売が更に捗りそうである。
赤毛の少女は、まじまじと俺のヴァイ握りを見ている。
「ルングのも美味しそうですわね……頂いても?」
「どうぞ。騎士様」
「まだまだ見習いですけどね」
少女は握り飯をヒョイと手に取ると、ガサガサと包みを開き、パクリとかぶりつく。
「美味しいですわね! すごく良い香り!」
むず痒い絶賛と、幸せそうな笑顔に胸を撫でおろす。
……作った甲斐があるな。
「それにしても、最近魔物の出現が増えたな」
チラリとリッチェンが倒した魔物を見る。
姉が魔術学校へと出発して、早数ヶ月。
月に1度ほど、姉から手紙が届く。
それを読んでいる限り、あの茶髪の少女は忙しく楽しい魔術生活を送っているようだ。
姉の充実した生活に嫉妬した父が、血の涙を流していたのは記憶に新しい。
……閑話休題。
天才の姉が去ったことで、村での生活が落ち着いたかと思えばそんなことはなく。
こちらはこちらで、魔物によって割と忙しい毎日を送っていた。
姉が初めて魔物を滅ぼして以来、年々魔物の目撃情報は増加の一途を辿っていたが、なんと今では月に数体以上村付近に出現するようになっている。
「そうですわねえ」
ただその魔物の襲来が、皮肉にもリッチェンと俺の腕試しの役に立っている。
今回のリッチェンの剣の錆となった魔物は、今月で4体目。
前回は俺が仕留めたので、今回はリッチェンの出番だったというわけだ。
「でも、おかげで村の皆さんにも危機意識が出てきましたし、子どもたちも魔術の訓練に一生懸命なのでしょう?」
「まあ、そうだが……多分あの子たちはアレだぞ?
村のためというより、帰ってきた姉さんに褒めてもらいたいだけだと思うぞ?」
魔術の授業の度に「クー姉、クー姉」と姉のことを思いながら練習している姿は、少し狂気じみている。
……何故あんなことになったのだろう。
1番成長した子は、姉から褒めてもらえると言ったからだろうか。
「それでも、強くなれるなら良いと思いますのよ?
力があるに越したことはないですし。
それで……子どもたちは魔物を倒せそうですの?」
心なし、少女の瞳が輝いているような気がする。
ひょっとすると、強そうな子がいるのなら手合わせしたいのかもしれない。
……いや、リッチェンレベルを相手にできる子どもなんて、いるわけないのだが。
「現時点では無理だな。歯が立たないと思う。
将来は……伸び次第といったところだが」
「そうですの……残念ですわ」
……やはりそのつもりだったか。
返答如何では、教え子たちを危険に晒すところだった。
危ない危ない。
俺とリッチェンが、現在10歳。
後数年でリッチェンは騎士学校に、俺は姉の後を追って魔術学校に行くだろう。
その数年で、子どもたちが魔物を狩れるようになるかと言われると、わからない。
「……師匠に、村の守りを固めるために、他の魔術師を派遣できないか聞いてみようかな」
俺たちは、姉を送り出す時に示したのだ。
「村を外敵から守れる」と。
しかし俺たちが村から出た後は、どうなるか分からない。
村長は戦えるだろうが、魔物の出現頻度が増えている以上、手が足りなくなる可能性だってある。
王宮魔術師であるレーリン様は、常に村にいるわけではないし。
いずれ来る旅立ちのために、今から村を任せられる人の目星をつけておいても良いだろう。
快く送り出した姉に、今後安心して過ごしてもらうためにも。
……できればそれが、村の子どもたちであれば言うことはないのだが。
「……それは村長のお仕事でもあると思いますし、父上にも確認してみますの!」
リッチェンの目が、再び危険な輝きを帯びている。
「リッチェン……さては君『新しい訓練相手ができるから楽しみ』とか考えていないか?」
「うっ⁉」
少女は大げさに仰け反る。
どうやら、図星だったらしい。
……やれやれ。
少女は訓練の鬼。
授業や仕事、手伝い等がなければ常に剣を振り、自身を鍛えている。
村長と少女の手合わせは、師匠と俺や、姉と俺の喧嘩と同じくらい村内で人気らしい。
……いや、そこに喧嘩を入れないで欲しいのだが。
「……でも、その発想が出るということは、ルングも同じことを考えているのではなくて⁉」
自身の考えを読まれたのが悔しかったのか、少女は俺も同類認定したいようだ。
強い口調で尋ねる。
「リッチェン、それは違うぞ」
俺はリッチェンの甘い考えを、即座に否定する。
「本当ですの?」
「ああ。俺は訓練だけでなく、実験やレポートも手伝ってもら――」
「やっぱり同じ考えですの! それどころか私よりも、ずっと質が悪いですの!」
などという温かいやり取りをして、笑い合う。
……互いの求めるところはわかった。
後はただ行動あるのみ。
「では、俺が報告書と陳情書を準備しよう」
「それを私は、父上に渡して訴えればいいんですのね?」
固い握手を交わす。
こうして俺たちの「新たな魔術師と騎士を、アンファング村に誘致計画」が幕を開けたのであった。
――新章開幕です。
少し成長した2人の企みはどうなっていくのでしょうか。
次話をお楽しみいただけると幸いです!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!