13 少女は先に旅立つ。
1日1話投稿中です。
明日も午前6時台の投稿予定となっています。
「ルンちゃん、リっちゃん、先生」
俺たち3人の元に、絶世の美少女がやって来る。
陽光に輝く長い茶髪と、大きな深い黒の瞳。
服装はいつも通りの緩やかなスカート姿だ。
両手足がスラリと長く伸び、少女の魅力で煌めいている。
整った顔立ちだが、その頬と目元は今、真っ赤になっていた。
「とりあえず……先生への挨拶は置いておくとして」
「クーグ! どうしてですか⁉」
「先生は一緒に行くじゃない」
コロコロと笑う少女――姉の姿も、これで当分見納めかと思うとかなり寂しい。
「まずは……リっちゃん」
姉は赤毛の少女に、その穏やかな視線を向ける。
「私が向こうに行っても、ルンちゃんの事よろしくね!
ルンちゃん1人だと色々と心配だから」
「安心してください、クー姉!
私はしっかりしているので、ルングの面倒くらい、いくらでもみてあげますの」
リッチェンの言葉に、ムクムクと反抗心が湧いてくる
「待て、誰が――」
口を挟もうとして、2つの手によって背後から抑えつけられる。
「ルング、2人の邪魔をしてはいけません」
手の持ち主は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、桜色の瞳を細めている。
じろっと睨みつけると「どうどうどう」と、ゆっくり俺の口を解放した。
「師匠、俺の名誉が傷つけられているのに、何故止めるんですか?」
師匠に顔を近づけて小声で話すと、
「名誉もなにも、ただの事実でしょうに」
師もまた同様に小声で返す。
「何が事実ですか。断じて俺は姉さんに心配かけてませんよ?」
……むしろ姉さんの方が、無茶をする割合が多いと思う。
更に加えるなら、リッチェンよりも俺の方が勿論しっかりしているので、少なくとも面倒を見るのは俺の方だ。
「……この前、徹夜明けで『魔法円の複数同時展開の限界に挑戦する』とか言って、倒れかけたのを忘れましたか?」
……痛い所を突いてくるじゃないか。師匠のくせに。
だが――
「それなら姉さんだって『魔術の継続時間の新記録を出す』とか言って、倒れたじゃないですか。
あれ、俺たちのヴァイがなかったら危険でしたよね?」
徹夜明けのノリで魔術の実験をした結果、俺も姉も魔力が切れかけた事故だ。
幸いこういうこともあろうかと、実験場となっている領主用邸宅には、常に魔力を宿したヴァイを勝手に貯蔵しているので、難なく復帰できたのだが。
……それに、そもそもの話。
「あれ、師匠の責任ですよね?
俺たちの徹夜と魔力切れの原因は、師匠の論文に必要な実験を手伝っていたからですし。
倒れる前の魔術実験も、ヘラヘラ笑いながら俺たちをけしかけてましたよね?」
「そ、そうでしたっけ? 覚えてないですねえ」
音のしない口笛を吹く姿は、非常に腹立たしい。
……いずれ危険な実験に付き合わせて、倒れるまでこき使おう。
そう心に誓う。
「――分かりました、クー姉! 私、頑張りますの!」
……あっ。
師匠に抗議している間に姉とリッチェンの話は終わり、訂正する――ツッコミを入れる――ことはできなかった。
「師匠……」
よくも邪魔をしてくれたなという思いで睨みつけようとすると、
「では、私はこれにて……」
すたこらさっさと、師匠が馬車へ逃げていく。
「逃がしたか……」
この恨みは絶対に忘れない。
いつもなら地の果てまで追い詰めるのだが、今日はこのくらいにしておこう。
姉の旅立ちの日でもあるし、その姉が今――
「最後に……ルンちゃん」
……俺の目の前にいるのだから。
「ルンちゃん……こういう時って、何を言えばいいのかな?」
「あのなあ……」
いつもの調子で呑気な姉に、思わず肩の力が抜けそうになる。
姉はそんな俺に不満そうだ。
「じゃあ、ルンちゃんならどんな話するの?」
「そうだな……涙を誘う思い出話とかじゃないか?」
「例えば?」
「例えば……姉さんが3歳の頃」
「うんうん」
「自分の火の魔術にびっくりして、おも――」
本日2度目。
身体強化魔術でも使用しているのかと思う速度で、口を塞がれる。
「ちょっと、ルンちゃん⁉ なんて話しようとしてるの⁉」
姉の両手を、こちらも両手でどかしながら、
「いや、思い出話を――」
「泣けないでしょ⁉ 大体、それを言うならルンちゃんが0歳の頃だって、おもらししてたじゃない!」
「それは、姉さんの火の魔術を消すための、水の魔術だ!」
……よくもそんな昔のことを覚えているものだ。
「大体おもらしで言うなら、リッチェンの方が――」
「何で私に話を振るんですの⁉ 止めなさいルング!」
「リっちゃんのおもらしなら――」
「クー姉まで⁉」
リッチェンの手によって、2人とも瞬時に取り押さえられる。
……さすが、騎士を目指す少女。
根本的な所で、俺たちとは鍛え方が違う。
「ふふふ」
組み伏せられているのに楽しそうな姉の笑い声で、こちらも愉快な気持ちになる。
「……こんな感じで良いんじゃないか? 俺たちは」
「うん……そうだね。悲しいお別れじゃないもんね」
「巻き込まれる私の気持ちになってくださいな……」
疲れ切った様子のリッチェンから解放されると、姉は真っ直ぐに俺を見据え、正面から抱きしめる。
「ルンちゃん、先に行って待ってるよ」
ほんのりと湿った、優しい声。
「前にも言っただろう? 待たずに全力で進め。
それでも俺は、絶対に姉さんに追い付く」
ぐすり
どちらからともなく、鼻を啜る音がする。
しばらくの間、姉弟で抱擁し合って離れる。
姉にも俺にも、涙はなかった。
ただ、皆への挨拶で真っ赤になっていた姉の目元が、更に赤くなっている。
きっと、俺もそうなっているのだろう。
茶髪の少女は、いつも通りの満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、行ってくるね!」
「ああ。すぐに追いかける」
「ふふふ、楽しみに進むね!」
姉はそう言って、笑顔のまま馬車へと乗り込んでいった。
「じゃあ、そろそろお願いします!」
師匠の声を合図に馬車がゆっくりと動き始めると、姉は窓から顔を出して力強く手を振る。
「アンファング村の皆、これまでありがとう!
私、立派な魔術師になって帰ってくるから! 行ってきまあす!」
村中に響く声で、村の少女は自身の決意を表明して、
「「「いってらっしゃい!」」」
少女の村は、彼女の旅立ちを涙交じりに言祝ぐ。
沢山の声を受け止めた空はどこまでも青く、世界を照らす太陽は少女の出発を祝うように、美しく輝いていた。
――9歳編終了です。クーグルンの旅立ち。姉弟の未来に幸あれ!
次回からはルングが10歳になってからのお話が始まりますので、引き続きお楽しみください!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!