10 機を見逃さない肉弾戦。
1日1話投稿中です。
明日も午前6時台の投稿予定となっています。
弟子同士の対決は、高度な魔術戦から始まりました。
無詠唱魔術に初級魔術。
互いが周囲に被害を出さないよう配慮しながらも、隙があれば咎める。
そして時折放たれる、高威力の中級魔術。
子どもたちはその美しさに目を奪われ、村長ブーガは心配そうに見ています。
「大丈夫ですよ……村長ブーガ。
私の弟子たちは、魔術に関してだけは信用できます。
制御を誤って、子どもたちを怪我させるようなことは有りませんよ」
「いえ……まあ、そこは心配してなくて――」
私の言葉を彼は軽く否定して、
「2人は怪我しないのかと思いまして」
虚を突いた言葉を言い放ちました。
……まさかとは思いますが、あの2人を心配してるんですかね?
私の教えた詠唱魔術をみるみる吸収していき、中級魔術を呼吸するかのように放つあの2人を?
魔術に関して、王宮魔術師すら感心してしまうような発想と行動力で、私を引きずり回すあの2人を?
私の驚愕も、村長ブーガはなんのその。
本当に彼らの身の安全を、祈っているようでした。
「……大丈夫ですよ。安心してください。
喧嘩とはいえ、あの2人は色々と弁えています。私の弟子ですからね」
「だから心配というか……」
……失礼な。
その物言いだと、私が諸々弁えていない危険人物のようではないですか。
そんなやり取りをしている間にも、魔術戦はその様相を変えていきます。
クーグは空に。ルングは地上に。
しかしどちらも、身動きを止めています。
見ている限りでは――
……ルングが子どもたちを、人質に取っているんですかね?
呆れた。
ため息を吐きたくなりました。
甘い。我が2番弟子ながら、激甘の判断です。
……そのつもりなら、最初からしておけばいいものを。
おそらく姉との魔術戦を楽しむために、ここまで引っ張っていたのでしょう。
しかし、確実に勝利を掴みにいくのなら、クーグとの魔術戦など考えずに、初手からこうしていた方が、効率は良かったでしょうに。
そしてルングのそんな甘い手への応手は――
「まあ……クーグならそうきますよね」
魔力の輝きがクーグを覆い、少女が白光をその身に宿します。
身体強化魔術。
特殊属性の魔術にして、身体能力を何倍にもする魔術。
全力を振るえて且つ、子どもたちへの被害を考えなくて良い魔術です。
少女は天を流れ降り、地上の弟に対して、必殺の拳を振るいます。
しかし、その弟もさるもの。
少女の恐るべき拳を、同様に輝く拳で迎え撃ちます。
「2人とも、アレ難しいのによくあっさりできるなあ」
村長ブーガは、弟子たちの激突を感心して見守っていますが――
拳と脚。肘や膝。
身体の各部位を弟子たちが振るうたびに、領主用邸宅が震えます。
……あなたたち、本当に魔術師の弟子なんですかね?
繊細で美しかった魔術戦は、打って変わって野蛮な殴り合い――肉弾戦へと、変貌を遂げてしまったのでした。
そして肉弾戦ならば、結果は見えています。
「レーリン様。このままいくと……」
村長ブーガも、同様の結論に至ったようです。
「ええ。このままいけば、クーグが勝つでしょう」
「分かっているのかな? ルンちゃん!」
ミシ
姉の右拳を左腕で受け、受けた腕が悲鳴を上げる。
「くっ!」
お返しとばかりに放つのは蹴り。
姉の胴体を狙い打つ、右脚による蹴りだ。
しかし姉はそれを左腕で受ける。
「接近戦じゃ、私に勝てないよ!」
蹴りを入れた脚が掴まれそうになるのを、
「どうかな? 『種火よ、爆ぜよ』」
「うわ⁉」
種火を起こす魔術で姉を驚かせて、どうにか離脱する。
……やはりこうなるのか。
魔術の腕はほぼ互角。
加えて子どもたちを利用することで、姉の魔術を封じ込め、完封を狙ったわけだが。
……姉さんが、そんなことで諦めるわけなかった。
追い込まれた状況からの転進。
魔術戦が不利と悟るや否や、咄嗟に接近戦へと切り替えたのだ。
その結果が現況――俺には不利な状況である。
仕方ないといえば仕方ない。
俺の肉体は9歳。
それに対して、姉は12歳。
今の年齢で接近戦をすれば、体格差がもろに出てしまう。
筋力、射程距離、体重。
全てにおいて、姉が上回っている。
「姉さんの方が、体重あるものな……」
「ルンちゃん? そんなこと言っちゃダメなんだよ!」
長く鞭のようにしなる蹴りを、どうにか潜り抜ける。
身体強化魔術が元の身体を土台として能力を強化する以上、姉の方がその恩恵も大きく、重ねていうなれば――
「ルンちゃんは、リっちゃんとの組手……逃げ回ってたからね!
絶対に私には勝てないよ!」
……自身の怠慢により、身体操作能力にも差がある。
ならば――
「姉さん! どうして魔術学校に行かないんだ?
あんなに楽しみにしていただろう!」
……心を揺さぶる。
魔術はイメージしたものを現実へと顕現させる技術。
これで少しでも、姉を動揺させられれば――
「……分かってるよ、ルンちゃん! それで私の隙を作ろうとしてるんだね?
勝ちにこだわるその姿勢、嫌いじゃないよ!」
だが、少女は止まらない。
両の手足による高速の連撃は、防御の上からでも重い。
「でも、ちゃんと答えてあげる。
見ての通りだよ! 私にすらルンちゃんは勝てない!
そんなルンちゃんに村を任せるなんて、心配でしょ!」
「甘く見るなよ!」
拳を姉に向かって振るうが、当たらない。
軽快なバックステップで俺の拳を躱すと、姉はそのまま距離を取る。
「甘く見てなんかない。
ルンちゃんは、9歳にしてはすごいと思うよ?
それでも……まだ子ども。
私には及ばない。
ほら、こういうのも気付けないでしょう?」
少女の言葉に、肌が粟立つ。
……気付けないだと?
ふと周囲を見回すと、立ち位置が姉と入れ替わっている。
姉の背後に子どもたち。
それは即ち――
「さあ、どうするの? 『炎の剣よ、敵を討て』」
姉が魔術を全力で放てる位置だ。
視界を覆うのは、炎の大剣。
先程は空中から振り下ろされる軌道だったが、今回は正面からの薙ぎ払い。
躱す時間はないが――
「それはさっき見たぞ! 『炎の嵐よ、我を護れ』」
先程と同様の応手により、再び炎の嵐が大剣ごと周囲を吹き飛ばす。
舞い上がる土煙。
……おかしい。
問題なく中級魔術を掻き消したところで、疑問を得る。
……どうしてわざわざ、同じ攻防を焼き回す?
まさか、何かを仕掛け――
「これは見てないよね?」
姉の声が、俺の思考を遮る。
「何⁉」
爆風により生じた土煙から、魔力に燃える姉が飛び出してきたのだ。
振り上げられたのは、魔力に輝く必殺の拳。
徹底した接近戦の意志を前に、両腕を顔の前で構え、貝のように閉じる。
「ここでやられるわけにはいかない!」
防御の上から放たれる、少女の全力の打撃。
「ぐっ!」
拳の衝撃は俺の構えを崩し、それだけでは収まらず、俺の身そのものを弾き飛ばす。
ボールの様に地面に転がる俺の復帰を、姉は決して待たない。
「わかった? ルンちゃん」
追い討ち。
魔術を使わせる暇は与えないとばかりに、姉が高速で迫る。
殴られた腕は痺れている。
だらりと垂れ下がり、力が入らない。
「これで……私の勝ちだよ」
俺の目に映るのは、蹴りの動作に入る少女だ。
美しい魔力制御と身体の連動。
綺麗な身体強化魔術と体術の融合。
そんな奇跡的――芸術的ともいえる技術を駆使しているのに。
こんなに全力を尽くして、楽しかった喧嘩なのに。
……どうして姉さんは、泣きそうなんだ。
寂しそうな。
後悔しているような。
謝りたそうな。
姉がこんな顔をしていなければ……負けを認めていたかもしれない。
さっさと土下座でもして、仲直りしていたかもしれない。
しかし、これは勝者の顔ではない。
泣き出しそうな顔は認めない。
……最終手段を使うことを決意する。
腹が決まる。
どんな手を使ってでも……俺は勝つ。
「来い! リッチェン!」
ドン!
俺の幽かな呼び声に、観客たちの中から高速の何かが飛び出す。
直後、俺たちの間に割り込んだのは赤い風。
その姿は正に威風堂々。
フリルのついたドレスに、腰に携えた剣。
赤銅色に輝くネックレス。
1つ結びの赤い髪が、自身の起こした風に靡いている。
「ごめんなさいね、クー姉。
我が友人ルングの呼び声に従い、騎士見習いリッチェン参戦いたしますわ!」
赤い騎士が姉の蹴りを片腕で止めて、颯爽と降り立ったのだ。
――本当に手段を選ばない主人公が、僕は大好きです。
子どもだと年齢差がそのまま体格差として出ることも多いですよね。
次回でいよいよ、姉弟げんかも決着です。お楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!