9 手段を選ばない魔術戦。
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『火の盾よ、受けよ』
詠唱と共に、魔術が発動する。
小さい無数の魔法円が周囲に展開し、顕現するのは拳大程度の火の盾。
地を全力で駆けても、付かず離れず俺の周囲を漂う火の盾はしかし――
ボッ
爆ぜ消える。
「どんな火力をしている」
文句を吐き捨てながら軽く屈むと、消えた盾によって軌道の逸れた火の刃が頭上を通過していく。
姉の魔術――初級攻撃魔術『火の刃よ、焼き切れ』だ。
本来なら、敵の攻撃から術者の身を守る初級防御魔術『火の盾よ、受けよ』も、姉の魔術の火力の前では紙切れも同然。
……正面からまともに受ければ、間違いなくこの魔術戦が終わる威力だな。
想像するだけで恐ろしい。
故に、攻撃に正対するのではなく、姉の周囲を駆け回りながら、角度を付けて攻撃を受け流すことで、どうにか立ち回っている。
「さあさあ、どうしたのかな! 私を倒すんじゃなかったのかな!」
声高らかに挑発する姉は、開始位置から動いていない。
その場から固定砲台の様に、走り回る標的に向けて、ひたすら魔術を撃ち続けている。
「……この程度の攻撃で、俺を倒せるとでも? 全て処理して――む⁉」
「『火の槍よ、燃え貫け』!」
俺が無駄口を叩く合間に、詠唱魔術が無数に放たれる。
迫りくるのは火の槍だ。
しかし、その穂先には恐怖を感じない。
「甘いな。『そよ風よ、吹け』」
……狙いが正確過ぎるのだ。
迫る火の槍は、縦横無尽に宙を駆ける。
魔法円の書き換えから生じた軌道は、蛇を思わせる難解さ。
その飛び回る槍を、狙って撃ち落とすのは難しい。
しかし残念ながら、複雑怪奇な火の槍も着弾点は決まっている。
……攻撃対象。
つまりは……俺自身。
それさえ分かっていれば、事前に手を打つことが可能だ。
いくら高度な技術が使われていようと、それは脅威足り得ない。
燃え盛る複数の穂先は、俺の起こしたそよ風に煽られ、隙間が空く。
「そこだ」
大人がギリギリ通れる空所を余裕をもって通過しながら、牽制として無詠唱魔術を放つ。
しかし、姉もまた俺の攻撃を見落とすことはない。
「見えてるよ、ルンちゃん! 『風よ、運べ』」
姉の直下に展開した土の槍。
不意打ちでよく使用するその攻撃を、少女は見切っている。
発動した魔術の風が姉を包み込み、空へとその細身を運ぶ。
初級移動魔術『風よ、運べ』。
王宮魔術師レーリン様が、アンファング村の行き来に使用している魔術だ。
結果、こちらの土の槍は無情にも、空を貫く。
「やはり当たらないか……」
「そんなの、当たるわけないよ!」
……厄介極まりない。
互いに手の内を知っているからこその、一進一退の攻防。
魔力の使用効率では、こちらが勝り。
魔術の1撃の重さでは、姉が勝る。
すると空中に身を飛ばしている姉の気配が、膨れ上がる。
「これならどうかな! 『炎の剣よ、敵を討て』」
今日1番の規模の魔法円が、空中に咲く。
そこに顕現したのは、炎の大剣だ。
轟轟と燃え盛り、その輝きが姉の顔を赤く照らす。
……熱い。
地上にまでその熱量を届かせるのか。
中級攻撃魔術『炎の剣よ、敵を討て』。
天を覆わんばかりの、巨大な炎の剣を振るう魔術だ。
「そんな魔術を使うとは……殺す気か?」
チラリと周囲を見回すと、賑やかな声が上がっている。
「わああ! すごい!」
「きれい!」
「クー姉、格好良い!」
……子どもたちには被害が出ないよう、威力や規模を調節しているようだが。
よく、こんな高威力の魔術を弟にかまそうと思ったな。
喧嘩中とはいえ、この容赦のなさ。
本当は嫌われているのではないかと、疑問が過ぎる。
そんなことを考えている間にも、炎の大剣は迫り来る。
巨剣故に遅く見えるが、振り落ちる速度は、先程の初級魔術が比較にならないくらい速い。
「逃げきれないか……それなら! 『炎の嵐よ、我を護れ』」
火と風の中級混合魔術。
師の得意とする魔術であり、俺たちの攻撃を防いだ懐かしい魔術だ。
炎と暴風から生じた爆風が、姉の煌々たる大剣を掻き消す。
「やっぱり! さすがルンちゃんだねえ!」
消したはずの大剣以上に輝く瞳が、俺をしかと見下ろしている。
詠唱魔術と無詠唱魔術の応酬により、領主用邸宅の庭が魔力光に染まっていく。
「そらをとぶクーねえ、カッコイイ!」
「ルングがんばれ! にげろ!」
子どもたちの声援が届く。
拮抗した魔術戦。
しかし、状況は俺に有利だ。
戦いには、人となりが出る。
攻撃が得意なのか、防御が得意なのか。
罠を張るのが好きなのか、先手を取るのが好きなのか。
スポーツやゲームと同じように、魔術戦にも性格や気質は反映されるのだ。
それは例に漏れず、姉もまた同様に。
少女は魔術を、自身の感覚に沿って書き換える。
綺麗だと感じるものに。
格好良いと思えるものに。
その結果、直線軌道の火の槍を、空中で屈曲させたり。
ただでさえ規模の大きい中級魔術を、さらに巨大化させたりする。
そんなハチャメチャなことをしながらも、その狙いは正確無比。
自身の敵――今回は俺だが――を討ち、味方には被害を出さないよう綿密に計算している。
危険な魔術と安全の両立。
自身の制御能力をフルに活用した、恐るべき長所だが――
……その長所は時に、弱点ともなり得る。
「くっ⁉」
姉が空中で、攻撃を止める。
……ここか。
「どうした姉さん! もうお終いか?」
俺もまた同様に、地を駆けるのを止める。
しかし、止まっている標的を、姉は撃つことができない。
「あれ? クー姉、どうしたの?」
「だいじょうぶかなあ? おなかいたいのかなあ」
俺の背後から聞こえるのは子どもの声。
高火力、正確無比を誇る優しい姉の魔術。
余波すら届かないよう計算し、制御している姉は疑いなく天才だが。
それは即ち、子どもたちの安全を確信できない攻撃は、仕掛けてこないことを意味する。
……子どもたちは言ってしまえば、体のいい人質にもなるのだ。
「ルンちゃん、この状況まで読んでたんだね⁉
そのために子どもたちを呼んだんだね?」
「ふふふ……何のことか分からないなあ、姉さん。
俺は全力を尽くしているだけだ」
……勝利を得るには、時に覚悟が必要だ。
自らを汚し、泥水を啜ってでも敵を倒す覚悟が。
それも敵は、この上なく天才なのだ。
凡人に手段を選んでいる余裕はない。
審判たちからは、冷めた視線が向けられている。
しかし村長はともかく、師匠にそんな目をされるいわれはない。
「ほらほら! このままでは勝ってしまうぞ?」
俺の放つ魔術に、今度は姉が防戦の状況に陥る。
しかし攻撃と比べて、防御技術は拙い。
その才の大きさ故に、守る機会が少なかったからこその弱点だ。
……このまま圧倒できるか?
そう考えたところで、姉の魔力が燃え上がる。
しかし、魔法円は展開されていない。
……無詠唱魔術か?
徹頭徹尾制御可能な無詠唱魔術なら、被害を出さずに攻撃することは可能だろう。
しかし無詠唱魔術はその分、他の魔術を発動する余裕はなくなる。
下手を打てば、空を飛ぶための『風よ、運べ』すら制御できず、落下することになりかねないはずだが――
ここで姉の様子が、どうも違うことに気付く。
……魔力から魔術への変換がない。
姉からマグマの様に噴き出していた魔力が、その輝きを体内へと収めていく。
華奢な肉体へ集中する魔力。
姉は、煌めく星の如き輝きを帯びる。
……そういうことか!
大火力の魔術が扱い難いのなら、被害の心配なく全力を振るえる魔術を。
すなわち発動した魔術は――
「身体強化魔術か!」
空中から魔力光に輝く流星が、尾を引いてこちらへと落ちて来る。
――手段を選ばない弟と、天才の姉。
両者の戦いはもう少し続きますので、次回もお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!