8 勝利条件。
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明日も午前6時台の投稿予定となっています。
「魔術学校に行く気はない」
姉の嘘のような意志が判明し、喧嘩を売った翌日。
アンファング村の領主用邸宅――その庭には、子どもたちが集っていた。
「ルング! がんばれえぇぇぇぇ!」
「クー姉! がんばれえぇぇぇぇ!」
「「「2人ともがんばれえぇぇぇぇ!」」」
子どもたちの描く喧騒の円の中心には、4つの人影。
2つは喧嘩の当事者である姉弟。
すなわち、俺と姉だ。
そして残りの2つは――
「ええ……では、これよりルングと――」
「クーグの姉弟喧嘩を始めます……どうして私がこんなことを」
審判の村長と師匠だ。
「ルンちゃん、どうしてこんな大事にしたのかな?
いつもなら審判なんていないし、子どもたちもいないじゃない」
姉が声援に手を振りながら、疑問を口にする。
普段の喧嘩であれば、観客などなしにお互いが納得するまで話し合い、時にどつき合うのだが、今日は違う。
「……決まっている。俺の戦略的勝利の証人になってもらうためだ。
それにせっかく魔術を扱うのだから、見てもらった方が勉強にもなるだろう」
「……そう。まあ、勝つのは私だけど」
納得のいかない表情をしながらも、姉はとりあえず頷く。
……姉さんは勘もいい。
この形式にしたことで、何かしらの罠を疑っているのかもしれない。
その証拠に少女は周囲を警戒し、常に見回している。
……まあ、冷静にさせる気などないのだが。
「ああ、もしかして姉さん……自信がないのか?
それは悪いことをした。
負ける姿を年下に見せるのは、恥ずかしいものな。
今の内に降参してくれてもいいぞ?」
「ルンちゃんこそ、よくそんな虚勢を張れるね!
相手は私だよ? 負ける姿を晒すのはそっちだと思うんだけど?」
俺の言葉に姉は熱を帯び、少女の魔力が生き生きと輝きだす。
「それはどうだろうな」
それに呼応するように、こちらの魔力も解放していく。
戦意を徐々に高めていく俺たちに、審判こと村長が口を挟む。
「……とりあえずお前たち、怪我だけはするなよ?
危ない魔術を使用した場合は、レーリン様が介入してでも止めるからな!」
「……え? 私、そんなに体を張らなきゃいけないんですか?」
村長は師匠の言葉をあっさりと流して、話を続ける。
「……それじゃあ、互いに勝利条件の確認だ」
「勝利条件?」
突然出てきた言葉によって、姉の言葉に疑問符が付く。
「ルングから提案されたんだ。
『魔術でひたすら戦うのはキリがないから、互いにこれを達成したら勝ちという条件を決めよう』ってな」
村長の説明に、少女は疑り深い目を向ける。
「ルンちゃん……何を企んでるの?」
「さあな」
ニヤリと姉に向けて笑う。
……これで多少の警戒心を抱かせることができるのなら、儲けものだ。
「……まあ、良いよ。何を考えているのかは分かんないけど、私が勝つからね!
村長! 私の勝利条件は『私がルンちゃんを倒したら勝ち』で!」
堂々と言い放った姉に対抗するように、俺も村長に言い放つ。
「では村長。
俺の勝利条件は『姉さんが居なくとも、村を守れると示す』で頼む」
俺の条件に、村長は顔をしかめる。
「何か……あやふやじゃないか?」
「まあ、姉さんに負けを認めさせるくらいに捉えてくれればいい」
姉はそれを聞いて、声を上げる。
「ルンちゃん、それじゃあ勝負にならないよ?
私は、絶対に負けを認めないからね!」
自信満々に腕を組み、少女はこちらを鋭く睨んでいるつもりのようだ。
……全然怖くないが。
「姉さん、安心していい。それでも勝つのは俺だ」
「そう……それならお姉ちゃんに逆らったことを、後悔させてあげるよ!」
姉は好戦的に、目を大きく見開く。
それを聞き届けると、次は師匠がおもむろに口を開く。
「えっと、私から2人には……特にありま――ああ、すみません! 村長ブーガ!
謝りますから、総任に連絡だけは!」
師は村長の圧に負け、畏まった口調で仕方なさそうに言葉を紡ぐ。
「……王宮魔術師の名に懸けて、あなたたちの戦いの結果を承認します。
ただ、私からの注意としては、やり過ぎないようにですかね」
師からの「やり過ぎない」との言葉。
これは要するに「世界の魔力は使うなよ」という仄めかしだろう。
喧嘩中ではあるが、姉弟で顔を見合わせ、共通の理解を得たとして頷く。
いくら争っているとはいえ、殺し合いをしたいわけではない。
それに、子どもたちにケガさせるわけにもいかないし。
喧嘩――勝負の確認を終えて、互いの視線が交錯する。
憤りはいくらかあった。
姉が俺のことを、村すら守れない甘ちゃんだと思っていること。
姉が1人で村を守っているかのような言い草。
そして、リッチェンの夢を自身の言い訳に利用したこと。
しかし、怒りというのは継続し難い。
その上、更に引っ掛かることがあって、俺の頭はそれに埋め尽くされていた。
……魔術学校に行きたいはずなのに、どうして行かないなんていうのか。
姉はいよいよ始まる俺との魔術戦に心を焦がし、黒色の瞳は胸の炎の高ぶりを表すかのように、煌々と輝いている。
……あんな顔をしている人が、これ以上魔術を学ぶ気がないなんて嘘だ。
魔術を試したい。
撃ち合いたい。
比べたい。
少女の頭にはそれしかないのが明白。
……もしも魔術学校に行かない理由が。
本当に俺が不甲斐ないだけなら、この戦いでその認識を覆したい。
姉が魔術を安心して学べるように。
楽しめるように。
姉の強大な魔力が更に練られ、臨戦態勢へと移行していく。
……本気だ。
少女は今、本気で俺と競おうとしている。
自然と口角が上がる。
……どんな手で攻めてくるだろうか。そしてどんな応手を指そうか。
それまでの疑問や考えは頭から薄れ、これから展開されるであろう魔術の数々が、自身の脳内を占拠する。
……なんやかんや言ったものの、結局俺も魔術が好きであり――
全力の姉との真剣勝負に、心躍らせているのだ。
「この弟子たち……ホント嫌になりますよ」
「まあまあ、レーリン様。合図を」
師は村長に宥められると、手を挙げる。
「2人とも……精々楽しんでくださいね。では始め!」
師の開始の合図と共に、その手は振り下ろされる。
『火の刃よ、焼き切れ』
『風の刃よ、断て』
互いの詠唱魔術の衝突を以って、開始の火ぶたは切って落とされた。
――次回からはいよいよ姉弟の本気バトルです!
新しい魔術がいくつか出てくるので、それもお楽しみに!
本作『どうして異世界に来ることになったのか。』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
ではまた次のお話でお会いしましょう!